未来4月号から1年間、工房月旦を執筆しています。
担当は、さいとう・池田・大島・田中、各選歌欄です。
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工房月旦9月号 鈴木麦太朗
ステンレスのスプーンですくう定食のス
ープは熱しきょう五月尽 さかき 傘
何ということを述べている訳ではない。ス
ープが熱かったというだけである。斯様な些
事を歌にまとめる事こそ短歌の醍醐味と言え
よう。自然な感じで「す」の頭韻を使ってい
るところなど心憎い。
大杉に着生したるセキコクの花の白さを
またしても言う 北野 幸子
言ったのは作者か他者か、どちらとも取れ
るがどちらでもいい。結句の「またしても」
が効いていて四句までに述べている叙景を強
く印象付ける役割りを果たしている。
わが庭を蛇が横切り行きしよと人らの騒
ぐ春となりたり 谷口ひろみ
春のうららかなイメージからは遠い事象を
述べることで一種のねじれを生みだしている。
読む者の心をざわつかせるいい歌だ。
ざぶざぶと活字を浴びるように読むこれ
は私のために読む本 紺野ちあき
連作の中の一首として読むとより味わい深
いがこの一首だけでも十分な感慨がある。好
きな本の活字が滋養として体に沁み込んでい
く様が映像として目に浮かんだ。
イメージのやうに動けぬ身を嘆く君のう
しろをわが歩きおり 森 由佳里
「嘆く」を終止形と取るか連体形と取るか
で読みは分かれるが後者と取った。おそらく
夫婦であろう。ふたりのゆっくりとした歩み
が見えてくる。むろんこれは人生の歩みにも
つながる。
なんかもう疲れたにょろね、と蛇じゃな
く蛙に話しかけててこわい 氏橋奈津子
松本人志演ずるガララニョロロ巡査を思い
起こした。九月号で槐さんが同じことを書い
ておられたが私も記しておきたかった。
いつまでも生きてることを想定にそそと
始まる夜の断捨離 新井 きわ
断捨離は死を想定して行うものという印象
があるが、いつまでも生きることを想定する
と希望が湧いてやる気が出てきそうだ。「始
める」ではなく「始まる」と自身を客観的に
みる詠み方は面白いと思った。
入り切らず横に寝かせて本立てに押し込
めてある「謹呈」の本 赤木 恵
謹呈の本のありようをうまく表現している。
自ら選んで買い求めたものではないのでちょ
っとぞんざいな扱いになっているのだろう。
むろんちゃんと縦にして置いてある謹呈本も
あるのだろうけれど。
一粒の錠剤夫に与えんと小さき握り飯食
べさせる朝 松原 槇子
錠剤は何らかの食べ物とともにのまさなけ
ればならないのだろう。「小さき握り飯」と
いう具体が効いていて作者の労が伝わってく
る。
靴屋のおじさん九十七歳ベスト着て店番
の椅子に深く眠りぬ 叶 何時子
その人物が九十七歳と知っていること、お
じいさんと呼んでも失礼にはあたらない年齢
の方をおじさんと呼んでいることから、作者
はその人物をよく知っているのだろうと推測
した。のどかな、絵になる光景だ。
ブヨブヨで変な匂いのアスパラもワイン
がつけば白い貴婦人 岡田 淳一
たしかに缶詰のホワイトアスパラは独特の
臭みがある。「ブヨブヨで変な匂い」は言い
過ぎかとも思ったが下句を活かすには効果的
な形容だ。