麦畑

太陽と大地と海は調和するミックスナッツの袋のなかで

休まねば

2019-06-04 01:50:21 | 短歌

 

 

休まねばならぬひと日というものがありて休みぬ冬のひと日を

切りそろえられてまあるい生け垣をなでつつゆけりゆるき歩みで

二年分の記帳をすればカシャカシャと印字されたりわが営みは

百円のハンバーガーとコーヒーにいともたやすく誘われたり

ケチャップの甘たるい味たしかめて食めばパリリとピクルスは鳴る

背表紙をしばしながめているところ岩波文庫はこころやすらぐ

楽器屋がたしかあったと思ったがただそこにある壁のきたなさ

レターパックライトに詰め込む刺繍糸妻の母へと送らんとして

がん保険見直しませんかという電話切りて思いきわれの残生を

このゆうべの家族四人の糧となる五分搗き米の二合を研がな


  ※ ルビ  誘(いざな)  4首目


_/_/_/ 未来6月号掲載歌 _/_/_/
_/_/_/ ニューアトランティス欄 _/_/_/

 

 

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三月集を読む・2

2019-06-04 01:46:01 | 短歌記事


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三月集を読む・2    鈴木麦太朗

  生徒総代すでに敗戦を予言せりされど
  無言なり配属将校   稲葉 健二 
 今年で戦後七十四年。かの戦争の実体験
の歌はあと十五年も経てばほぼ詠まれるこ
とは無くなるでしょう。こういう歌は大切
に読み継いでいかなければならないものと
心より思います。掲出歌は戦争も終わりに
近づいた頃の出来事と思われます。学校の
講堂で生徒総代が敗戦を示唆する演説をす
る。本来ならば何らかの咎めを受けてもお
かしくない状況なのに配属将校は何も言わ
ない。往時の状況がありありと見えとくる
優れた記憶と記録の歌と言えましょう。
  朝の道の羊雲いつか晴れてゆきけふの
  ひと日のよき予感する 桜井登世子 
 石川啄木の《何となく、/今年はよい事
あるごとし。/元日の朝、晴れて風無し。》
という歌を想いました。啄木は元旦にその
一年のよい事を思っていますが、桜井さん
は羊雲が晴れてゆく様を見て、そのひと日
がよくなるだろうことを予感しています。
啄木の歌も好きなのですが、桜井さんの歌
は一日一日を大切に生きようという実感が
こもっていてとても素敵だと思いました。
  厚咲きの菊咲ききりて鉢にあり尊厳死
  協会の会報届く    伊吹  純 
 上の句と下の句の付かず離れずの感じが
絶妙な一首です。「菊」「咲ききり」はほ
のかに死を内包しており、それを「尊厳死
協会の会報」でゆるやかに受け止めていま
す。このような言葉から受ける印象ととも
に、完全に咲ききってあとは散る他はない
菊の花弁や、尊厳死協会会報の表紙にあり
そうな微笑む老夫婦の写真などの映像が浮
かんできて、それが歌に重層的な深みを与
えています。
  ま青なる天こうこうと渡りゆく見えぬ
  飛行機の音を目で追う 川上 重明 
 たしかにこういう事はあるなあと思わせ
る歌です。それをさらりと歌にするのは簡
単そうでなかなかに難しいものです。上の
句の堂々とした詠みから一転、四句目でお
やっと思わせて、結句でしっかりとまとめ
ています。さりげない技が効いています。
「こうこう」という擬態語も良いですね。
何か伸びやかで明るい印象があります。
  百歳は三万六千五百日。目ざして小さ
  き鏡餅買いぬ     前川 明人 
 こうして日数を具体的な数字で示される
ことで、人生百年は案外短いものかもしれ
ないなあと思わされました。感じ方は人そ
れぞれなので、この数字を見て人生は長い
なあと思う方もあるいはいらっしゃるかも
しれません。「小さき鏡餅」が良いですね。
鏡餅は鏡開きのとき食べて無くなってしま
うものなのですが、毎年毎年積み重なって
ゆき、それが百歳をめざす前川さんの人生
を反映しているようにも思えました。
  鏨もて親が彫りたる墓じるし苔生して
  尺に満たざる小石   桑田 靖之 
 幼くして亡くなった桑田さんの同級生を
偲んで詠まれた六首の、最後に置かれた歌
です。一連の中でわが子を亡くした母親の
姿がありありと描かれており、ぐっと胸に
迫るものがありました。一歳で亡くなった
私の父の姉の墓が、長きにわたり尺に満た
ざる小石だった事なども思い起こしました。
  楽しみて開く段ボールは妹より甲斐の
  富有柿ころ柿その他  押山千恵子 
 下の句の転がるようなリズムが楽しい歌
です。柿自体よく転がりますが、柿の他に
入っているものもすごく転がりそうな気が
します。かぼちゃとか栗とか、たぶん信玄
餅も入っていることでしょう。もちろん妹
さんからの手紙も入っていて、それがいち
ばんの楽しみに違いありません。

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