麦畑

太陽と大地と海は調和するミックスナッツの袋のなかで

工房月旦5月号

2024-08-02 23:35:53 | 短歌記事

 

未来4月号からもう1年間、工房月旦を執筆します。
担当は、紀野・高島・飯沼・江田、各選歌欄です。

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工房月旦5月号    鈴木麦太朗

  崩したる文字にはあれど〈愛〉らしき 
  青墨淡くまろまろとして 萬宮千鶴子 
 淡い青墨のやわらかな感じ、丸みを帯びた
字体、かろうじて「愛」と読める崩し字。書
道作品に魅せられた作者の気分がよく伝わっ
てくる。
  自動ドアにぶつかりそうな3歳児、くら
  い 経験による目測   田島 千捺 
 3歳くらいに見える子供を「3歳児」と断
定せず、その判断理由をていねいに説明する
ことで、そこはかとないユーモアが生まれた。
上句の危うさとの微妙なバランスもいい。
  角砂糖かたちが好きだ熱い湯にほろほろ
  とけていくやりかたも  峰  千尋 
 結句の「やりかた」という表現に立ち止ま
った。角砂糖が自らの意志で溶けていくよう
にも感じられて面白い。また角砂糖を紅茶な
どではなく湯に溶かすという行為に驚いた。
作者はよほど角砂糖の溶けゆく姿が好きなの
だろう。
  酒飲めば饒舌になるこの孫は気の使い過
  ぎ まあそこらへんに  新居 千晶 
 結句に惹かれた。孫をやさしくたしなめて
いる台詞をそのままもってきたのだろう。一
文字の字余りであるが、そこに引っかかりが
あり味わいとなっている。
  冬の蠅まひるまに脚ひき摺りて橇を引い
  てるトナカイ、みたい? 千葉 弓子 
 怪我を負った蠅を独特の比喩で表現した。
蠅とトナカイは容易には結びつかないがその
大胆な飛躍は手柄である。また?マークによ
る読者への問いかけは工夫であり面白い。
  初場所の呼び出しの声のびやかに震災地
  の力士次々呼ばれて   森松さち子 
 力士が土俵入りするときは四股名に続いて
出身地、所属部屋がアナウンスされる。国内
出身の力士であれば都道府県名が唱えられる
ので、ことに震災など災害のあった地域に住
む人びとは勇気づけられるものだ。そんな事
象をこの歌はうまく捉えている。
  鮮やかなる君のサラダはうまかりき「み
  つよしサラダ」とわれら命名す 
              布宮 慈子 
 「みつよし」は名字だろうか名前だろうか。
いずれにしても斯様に命名されるほどのサラ
ダということは相当おいしいのだろう。さら
に「鮮やか」とあるので見た目も優れている
のだろう。食してみたいものだ。
  再雇用の仕事、水泳、孫の世話、バンド、
  自治会、疲れがたまる  岡田 淳一 
 疲れがたまるのは事実かもしれないが、作
者の充実した生活が伝わってきて、むしろ羨
ましく思った。
  ぬいぐるみはくまくまパンダ木の椅子に
  座らせ今日の名前をつける
            しま・しましま 
 二頭のクマと一頭のパンダなのか、あるい
は「くまくま」という名を付けたパンダなの
か、わからないけれどリズムが楽しい。作者
の筆名と響き合っているのも面白い。
  分断の進むアメリカこの秋に高齢・毒舌
  いづれを取るか     服部 一行 
 なるほど納得の「高齢・毒舌」。あの二人
を実に端的に示す言葉である。アイロニーが
効いていて、どうせどちらを取ってもダメだ
ろうという諦念も感じられる。
 最後に、歌は引かないが47ページの坪井燎
さんの作品は相当に攻めていて、面白く読ん
だことをここに記しておく。

 

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工房月旦4月号

2024-07-02 16:55:41 | 短歌記事

 

未来4月号からもう1年間、工房月旦を執筆します。
担当は、紀野・高島・飯沼・江田、各選歌欄です。

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工房月旦4月号    鈴木麦太朗

  ひと匙のクリームだけじゃ足りなくて何
  度もなんども口へ運んだ 吉村 奈美 
 クリームを食すときの様子が描かれている
が単純な情景描写ではないだろう。どこかセ
クシュアルな印象がある歌だ。
  妻の手に触れず過ぎたる年月に庭の松の
  木塀を越えゆく     原   裕 
 奥様と暮らした年月を庭の松の木の成長を
通して表現する手腕がすばらしい。長い年月
が培ったおだやかな愛情が感じられた。
  米袋を巻いた葡萄の木に宿る精霊は今朝
  雪に目覚めて      大田 成美 
 「米袋」という具体がいい。こういう細か
い描写はリアリティを支える柱となる。
  太き幹陣地となして捕虜をとる戦後の子
  どもの開戦ドンは    滝川 順子 
 「開戦ドン」は戦争をモチーフとした鬼ご
っこの様なものだろうか。斯様な遊びを思う
とき、やるせないような懐かしいような複雑
な感慨が生まれた。
  青森県産洗ひ牛蒡の三本をただの袋に縦
  に挿したり       長尾  宏 
 何ということを詠んでいる訳ではないが確
かに感じるものがある。映像が目に浮かぶし
牛蒡の過去や未来にも思いがおよぶ。
  たゆたへど沈まぬ舟を乗り継いではるの
  薄闇くらくらわたる   西谷  惠 
 ただ舟に乗るのではなく乗り継ぐところに
惹かれた。「薄闇」に呼応した「くらくら」
というオノマトペもいい。
  きんちやくに冬のひかりを閉ぢこめてお
  でんはしんと煮えてゆきたり 有村桔梗
 きんちゃくの中身はたまごかはたまた餅か、
分からないけれどそれを「冬のひかり」と美
しく表現した工夫が活きている。
  靴下を脱いだ瞬間ぴんと攣る足を笑って
  やりたい、けれど    田丸まひる 
 「けれど」がこの歌の肝である。そのあと
に続く心情をいろいろ想像した。
  だうだうとジャージの上からスカートの
  高校生の一団が来る   薮内 栄子 
 地方ではよく見られる光景だろう。「だう
だう」が効いていて高校生の集団が迫力をも
って近づいてくる様が伝わってきた。
  冬の木のあひだあひだにひかり射し無風
  のわたしそこに立ちをり 谷 とも子 
 上句のゆったりとした調べがいい。また、
下句の俯瞰的な視点も魅力的だ。
  いきおいよく座った少女に思いのほか右
  の座席は弾まなかった  案納 邑二 
 起こらなかったことをあえて詠み込むこと
で、その映像がむしろ鮮明に目に浮かんでく
るのが面白い。
  つき合いはもう長いから多くても少なす
  ぎても気になる雪よ   河原美穂子 
 雪の多い地域に住まわれている方には共通
する感慨だろう。特に「少なすぎても」に実
感がある。
  暖冬の師走の少女は川べりにトロンボー
  ン吹く脚を広げて    安保のり子 
 結句がいい。管楽器を吹くときは脚を広げ
てしっかり踏ん張らないといい音が出ないの
だろう。情景が目に見えてくる。
  からっぽの心をもって入りなさい足長蜂
  の巣くう車庫には    加川 未都 
 「からっぽの心」から蜂の巣くう車庫へ入
るときの緊張感が伝わってくる。また、「か
らっぽ」は「心」の空虚に加えて「巣」「車
庫」の空隙をも思わせて巧みだ。

 

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工房月旦3月号

2024-06-02 20:05:18 | 短歌記事

 

未来4月号からもう1年間、工房月旦を執筆します。
担当は、紀野・高島・飯沼・江田、各選歌欄です。

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工房月旦3月号    鈴木麦太朗

  美しいコンクリートに覆われて人影のな
  い新しい街       加川 未都 
 連作の冒頭の歌。この歌だけを読むと清々
しい都市の風景を想像するが、続く歌を読み
進むと東日本大震災のその後がぐいぐいと迫
りくるように伝わってくる。具体的な取材に
基づく詠みがいい。力作である。
  姿よきラ・フランス鎮座さてわたしどこ
  にナイフを入れれば正解? 安保のり子
 完ぺきな形状の果実を切るときはいくぶん
かの逡巡はあるものだ。そんなささやかな瞬
間の感情をうまく切り取って表現している。
  仲秋の名月見んと外に出ぬ曇天の夜に響
  く虫の音        岡田 淳一 
 一読で状況がよくわかるのがいい。残念な
結果をあざ笑うかのように虫が鳴いていたの
だろう。続く「アシダカグモ」の歌もよかっ
た。いずれも残念で情けない事象を歌にして
いるが、こういう歌は読む者に温かな笑いを
もたらすものだ。
  朴の花支ふる枝に朴の花散りたるのちの
  空はありたり      橋本 牧人 
棒杭に縄わたされて調うはクリーニング
  店ありし空隙      長尾  宏 
 並びで載っている作品に共通点を見出すの
は楽しい。ともにそこに無いものを詠んだ巧
みな歌。橋本作品。朴の花の、咲いている様
と散った後の様が二重写しになって目に浮か
んでくる。リフレインも効果的。長尾作品。
「調う」がよく効いていて、空虚な更地の様
子が伝わってくる。
  感情は見分けがつかずシダの葉がシダの
  あいだを飛びだしている 田島 千捺 
 感情のありようをシダの葉に仮託した歌。
ある感情にさらなる感情が重なってどうしよ
うもない状況に陥ったとしても他者から見た
ら分からないということだろうか。あるいは、
ある感情が止め処なくあふれる様を示してい
るのだろうか。いずれにしてもシダの葉から
は《悲しみ》や《憎しみ》といったネガティ
」ブな感情を連想する。
  くだらない夜を分けあう鳴き声とあくび
  の間くらいの声で    中山 小雨 
 分けあうのだから誰かとふたりで居るのだ
ろう。独特な声の表現からオールのときの気
だるいような狂ったような変な感じが伝わっ
てくる。
  よこがきをたてがきにするそれだけで世
  界が変はる変はればよいが 杉田加代子
 この歌は普遍的な、あるいはある特定の事
象の喩と思われる。確かに同じ事柄を述べて
いたとしてもその書き方の方向により世界は
変わるだろう。結句の願望表現には世界平和
への思いが含まれている様に感じられる。
  骨壺に入れない細かいやつとかは捨てる
  んですか祖母なんですが 田中  赫 
 当然の質問である。たしかに細かすぎる骨
片も祖母そのものである。しかしながら捨て
ざるを得ないことは分かっている。悲しみと
諦めと少しのユーモアが入り交じった味わい
深い歌である。
  ある時は陽だまりに伏す猫になり空に包
  まれ薄目を開ける    秋田  哲 
 家庭菜園を詠んだ連作の四首目。この歌で
は作者は猫になっているが、他の歌では青虫
になり、また他の歌では蛾になっている。さ
らに最後の歌ではディオゲネスにまでなって
いる(ようにも読める)。飛躍した発想が楽
しい。

 

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工房月旦2月号

2024-05-10 10:19:36 | 短歌記事

 

未来4月号からもう1年間、工房月旦を執筆します。
担当は、紀野・高島・飯沼・江田、各選歌欄です。

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工房月旦2月号    鈴木麦太朗

  星ひとつ瞬くツリーその下にそれぞれが
  置く死者のくつした   千葉 弓子 
 クリスマスプレゼントを受け取るための靴
下を示していると思われるが、それを「死者
の」と定義することで一気に謎めいた印象が
立ち上がった。不穏な言葉を使っているのに
何となく温かみを感じるのが不思議だ。
  ストローを口腔あさく?みながら端より
  ほろんでゆく馬おもう  案納 邑二 
 この馬は競走馬と読んだ。多くの競走馬は
レース中や練習中の故障、特に脚の怪我によ
り命を断たされてしまうと聞く。ストローと
競走馬の脚の視覚的イメージが重なるととも
に、ストローの語感はどこか競走馬の名前を
思わせる響きがあって印象深い。
  穢れなき貧乳好きの左翼たち彼らの気持
  ちが少しは分かる    秋田  哲 
  豊かなる胸をボインと呼んでゐた昭和の
  かをる国会議事堂     同    
 連作の少し離れたところに置かれたこの二
首をあわせ読むとき誰もが感じ入るものがあ
るはずだ。それはノスタルジーかもしれない
し、屈曲したアイロニーかもしれない。
  予期せざる娘夫婦の電話から「今日は帰
  省」の予告受けたり   平井 軍治 
 的確な結句の収め方により娘夫婦の突然の
訪問を必ずしも歓迎していない様がよく伝わ
ってきた。この歌は五首連作の二首目。前後
の歌を読むと、そのときの様子が具体的に述
べられている。ひとつの物語を読んでいるよ
うな味わいがあった。
  生きのいい滑子、平茸、ブナカノカ並び
  ゐるなり森林組合    布宮 慈子 
 売店に色々なきのこが並んでいる様子を詠
んだ歌であるが「森林組合」という語の斡旋
がよかった。森の中にきのこたちの組合があ
ってわいわい騒いでいるような、楽しい映像
が立ち上がってきた。
  なめくじの残した糸のきらきらをキレイ
  とキライが行き来する夜 加川 未都 
 おそらく誰かを思う気持ちの喩であろう。
アンビバレントな感情を示す為になめくじの
あのキラキラを持ってきたのは、意外性があ
りながら納得させられた。
  あなたにはこの紺色が似合うだろうPEAN
  UTSの黄の文字のTシャツ 吉村 奈美
 まずパートナーに似合う紺色を提示して次
にその補色である黄色を持ってきて視覚的に
強い印象を与えている。そして最後に、それ
はTシャツであることを答え合わせのように
述べるという構造の歌。一読すると何という
ことは無さそうに感じるが、よく考えて作ら
れた歌である。
  恐竜の卵のなかに座り込みこのまま眠っ
  てみたいのですが    田丸まひる 
 恐竜の大きさにもよるだろうが、大きい恐
竜の卵であればちょうど人がひとり座り込ん
でいる位の大きさになりそうな気がする。そ
んな卵のなかで眠ってみたいという気持ちは
よくわかる。恐竜博物館に出向いたときの歌
のようなので、実際に斯様な展示物があった
のかもしれない。
  寝るまえに波打ち際の音を聞く 人工的
  な・人の手による    田島 千捺 
 波打ち際の音を下句でことさらに説明して
いるのが印象的。ざるのなかで小豆を滑らせ
ている音だろうか。CDか何かの音源と考え
るのが普通だが、枕元で誰かに音を出させて
いるようにも読めて面白い。

 

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工房月旦1月号

2024-04-04 19:05:25 | 短歌記事

未来4月号からもう1年間、工房月旦を執筆します。
担当は、紀野・高島・飯沼・江田、各選歌欄です。

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工房月旦1月号    鈴木麦太朗

  四十年庭に咲きたる木犀をわたしの義理
  のおとうとと思ふ    有村 桔梗 
 長く庭に咲いている木犀を血縁のない親族
である「義理のおとうと」と捉えたところに
立ち止まらざるを得なかった。近過ぎず遠過
ぎず、触れることの許されないもの。何か特
別な思い入れのある樹だったということだろ
うか。
  着物姿のコーヒー店のママさんのきりき
  りしやんとして桔梗さく 高田 芙美 
 言葉の斡旋が行き届いた文句なくいい歌。
的確で個性的なオノマトペは心地よく、その
音韻から「桔梗さく」を導き出しているのも
うまい。むろん桔梗の有り様はママさんの立
ち姿につながっている。
  映画観て髪を切つては昼を食べ洋服見て
  は買はずに帰る     薮内 栄子 
 行動の羅列が面白いのと同時に調子を整え
るように挟み込まれた副助詞の「は」が効い
ていて、読んで心地よい歌となっている。結
句のウイットもいい。
  いつまでも夏日は続きピーマンと茄子を
  たくさんもらう十月   黒川しゆう 
 昨今の地球沸騰化を捉えた歌と言っていい
だろう。収穫のよろこびのなかにピーマンと
茄子が限りなく増えていくイメージを孕んで
いて恐ろしさもある。
  みつしりと中身のつまつた白雲のふちを
  焦がして月あらはれる  峰  千尋 
 食べ物、具体的に言えば目玉焼きが夜空に
浮かんでいるような描写が楽しい。「みつし
りと」「ふちを焦がして」といった句がうま
く作用して歌を魅力的にしている。
  洋画家の昼寝は長く、客来れば叩き起こ
  すのも私の役目     河原美穂子
 作者はギャラリーの案内の仕事をしている
のだろう。ギャラリーと言えば清閑とした場
所という印象があるが、裏ではこういった事
も起こっているという事実をありのままに提
示している。現場を知らないと出来ない貴重
なリアリティの歌である。
  シャーベットグリーンにふくらむカーテ
  ンの菩提樹は抱くははそはの母
              千葉 弓子 
 作者の母親はたわむれにカーテンに身を包
んでみたのだろう。上句の「シャーベットグ
リーン」という色名の軽やかさと下句の重厚
な感じとの対比が印象的だ。また、菩提樹の
大きな樹形と母のイメージとの呼応も効いて
いる。
  上は横、下には縦の縞縞の珍妙なれどき
  ょうは在宅       安保のり子 
 さても面妖なる生き物かな、と思ったが最
後の「在宅」で合点がいった。たしかに上下
ちぐはぐな服装でも外出しなければ大丈夫だ。
  日曜の雨はひとしくふりそそぐ隣のあな
  たに遠くのわたしに   吉村 奈美 
 言うまでもなく下句の対句がこの歌の要諦
である。物理的にはパートナーと隣り合って
いるのだが心は離れている(と感じている)。
精神的にももっと寄り添いたいという願望が
あるのだろう。
  受け取れるトレイを持ちて店内へ睨みを
  利かせ踏み出す一歩   服部 一行 
 マクドナルドに出向いたときのことを詠ん
だ連作の三首目。静かな席を選んで作業(お
そらく作歌)をしようとしているのだろう。
「睨みを利かせ」に実感があってその情景が
ありありと目に浮かんでくる。

 

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