麦畑

太陽と大地と海は調和するミックスナッツの袋のなかで

退屈な

2023-12-30 10:29:56 | 短歌

 

退屈な郵便受けに「がん保険見直しませんか」の手紙が届く

世界中のありとあらゆる手続きが無くなるならばそこは天国

火の海を渡れと言われているようでプラス思考の本はおそろし

有線であればマウスはぶら下がる無線であれば行方は知れず

梅干しをふたつに分けてそれぞれのごはんに乗せる秋のひと日よ

しぶとくも瓶の内面にへばりつく海苔の佃煮かき出すあわれ

真逆なるいて座やぎ座の命運よ星占いを疑いやまず

てきとーな時間にとび出す鳩さんよ滝に打たれに行ってください

綿菓子のあまい香りの縁日の銀のピストル欲しくて泣いた

細き枝に真珠のごとき実をむすび何を告げんとする白式部


_/_/_/ 未来1月号掲載歌 _/_/_/
_/_/_/ ニューアトランティス欄 _/_/_/

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

工房月旦10月号

2023-12-30 10:22:03 | 短歌記事

 

未来4月号から1年間、工房月旦を執筆しています。
担当は、さいとう・池田・大島・田中、各選歌欄です。

-----
工房月旦10月号    鈴木麦太朗

  六年を通ひしキルト教室の前をうつむき
  足早に過ぐ       坂井花代子 
 よくわかる。通うのをやめてしまった教室
の前はできれば通りたくないものだ。その日
はどうしても通らざるを得ない事情があった
のだろう。
  加圧され腕がきゆんとときめきてときめ
  き指数が表示されたり  高崎れい子 
 血圧を測っているところだろう。「ときめ
き指数」が圧巻の工夫である。血圧を測るた
びに思い出しそうだ。
  心配をしたのは僕であなたではなかった
  僕は僕が心配      太代 祐一 
 何が心配なのだろうか。つかみどころの無
い歌ではあるが、あえて「心配をしたのは僕
であなたではなかった」と述べることにより
作者の底知れぬ不安感が伝わってくる。
  サクレやレモンの味がしてたはず おぼ
  えてるのは木の匙の味  西村  曜 
 氷菓そのものの味よりも最後にしゃぶる木
の匙の味に焦点をあてることで、読む者が懐
かしさをもって共感する味覚のイメージがよ
り鮮明になっている。商品名の「サクレ」と
味名の「レモン」を等価に扱う手法、私は評
価したい。
  どしゃぶりの中を犬連れて散歩する男の
  傘の傾いている     叶 何時子 
 傘が傾いているのは犬を濡らさないための
配慮であろう。淡々とした描写のなかに温か
みが感じられる歌だ。
  「鯨の死」のニュースでニヤリと笑いた
  る女性アナウンサーをわれは許さず
              橋本 俶子 
 どうして笑ったのだろう。何か理由はあり
そうだが普通に考えれば不謹慎な行為と言え
よう。結句に置かれた作者のつよい言葉が刺
さる。
  朝々にカーテン開ける習いにて今日も開
  けない訳にはいかぬ   池田 照子 
 ごく当たり前のことを述べているだけのよ
うだが一筋縄ではいかない歌だ。もしカーテ
ンを開けなかったらどうなるだろうとか色々
と考えさせられた。
  降るやうで降らずふくらむ空のもとぱち
  んと弾くツリフネの花  北野 幸子 
 は行のやわらかい感じの頭韻にはさまれた
「ぱちん」は印象的。「ふくらむ空」との呼
応もいい。
  干し竿にひかる雨粒それぞれの小さき宇
  宙をいただきながらに  丸山さかえ 
 雨粒ひと粒ひと粒に宇宙をみている。突飛
な発想とも言えるが、そうかもしれないと思
わせる力がある。
  あ人がこんなに明るい人だったのと思え
  る時があってよかった  細沼三千代 
 無口で表情も暗い感じの人と何かの機会に
接したところ、意外にも明るい人だったこと
がわかった。そんな嬉しい驚きを素直に表現
した歌と読んだ。この歌を読む者は皆「よか
ったね」と思うことだろう。
  泥におう水田のなか蓮たちて今朝をえら
  びて白き花咲く     八島 わこ 
 蓮の白く大きな花はたしかに意思を持って
咲いている感じがある。土屋文明の睡蓮の歌
をすこし思った。
  待ちきれない夏を迎えにいくように水場
  を走る赤いスカート   秋本としこ 
 清々しい印象がある。噴水のなかにとび込
んでいく幼い子供が目にうかんだ。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

開くとき

2023-12-04 23:49:01 | 短歌

 

開くとき雨のにおいがするという村にひとつのグランドピアノ

いっぽんの傘にふたりが入るときどうあがいても濡れる半身

乾電池のぎっしり詰まった冷蔵庫ある信仰のゆきつく果てに

香りたつ蚊取り線香のぐるぐるをまるく納めて缶静かなり

犬だけがうろつくことはまずなくて橋を渡ってゆくひとと犬

面白き雑誌であれば時わすれ立ち読みのひとみな石になる

誰も彼も一度は思っていただろうとっとと変身すればいいのに

何らかの後ろめたさのあるごとしエンドロールがすこぶる速い

マヨネーズと唐辛子って神ですね夜の夜中に噛むするめいか

ややこしき国交のこと思うときあれだけひどき耳鳴りは消ゆ


_/_/_/ 未来12月号掲載歌 _/_/_/
_/_/_/ ニューアトランティス欄 _/_/_/

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

工房月旦9月号

2023-12-04 23:46:21 | 短歌記事

 

未来4月号から1年間、工房月旦を執筆しています。
担当は、さいとう・池田・大島・田中、各選歌欄です。

-----
工房月旦9月号    鈴木麦太朗

  ステンレスのスプーンですくう定食のス
  ープは熱しきょう五月尽 さかき 傘 
 何ということを述べている訳ではない。ス
ープが熱かったというだけである。斯様な些
事を歌にまとめる事こそ短歌の醍醐味と言え
よう。自然な感じで「す」の頭韻を使ってい
るところなど心憎い。
  大杉に着生したるセキコクの花の白さを
  またしても言う     北野 幸子 
 言ったのは作者か他者か、どちらとも取れ
るがどちらでもいい。結句の「またしても」
が効いていて四句までに述べている叙景を強
く印象付ける役割りを果たしている。
  わが庭を蛇が横切り行きしよと人らの騒
  ぐ春となりたり     谷口ひろみ 
 春のうららかなイメージからは遠い事象を
述べることで一種のねじれを生みだしている。
読む者の心をざわつかせるいい歌だ。
  ざぶざぶと活字を浴びるように読むこれ
  は私のために読む本   紺野ちあき 
 連作の中の一首として読むとより味わい深
いがこの一首だけでも十分な感慨がある。好
きな本の活字が滋養として体に沁み込んでい
く様が映像として目に浮かんだ。
  イメージのやうに動けぬ身を嘆く君のう
  しろをわが歩きおり   森 由佳里 
 「嘆く」を終止形と取るか連体形と取るか
で読みは分かれるが後者と取った。おそらく
夫婦であろう。ふたりのゆっくりとした歩み
が見えてくる。むろんこれは人生の歩みにも
つながる。
  なんかもう疲れたにょろね、と蛇じゃな
  く蛙に話しかけててこわい 氏橋奈津子
 松本人志演ずるガララニョロロ巡査を思い
起こした。九月号で槐さんが同じことを書い
ておられたが私も記しておきたかった。
  いつまでも生きてることを想定にそそと
  始まる夜の断捨離    新井 きわ 
 断捨離は死を想定して行うものという印象
があるが、いつまでも生きることを想定する
と希望が湧いてやる気が出てきそうだ。「始
める」ではなく「始まる」と自身を客観的に
みる詠み方は面白いと思った。
  入り切らず横に寝かせて本立てに押し込
  めてある「謹呈」の本  赤木  恵 
 謹呈の本のありようをうまく表現している。
自ら選んで買い求めたものではないのでちょ
っとぞんざいな扱いになっているのだろう。
むろんちゃんと縦にして置いてある謹呈本も
あるのだろうけれど。
  一粒の錠剤夫に与えんと小さき握り飯食
  べさせる朝       松原 槇子 
 錠剤は何らかの食べ物とともにのまさなけ
ればならないのだろう。「小さき握り飯」と
いう具体が効いていて作者の労が伝わってく
る。
  靴屋のおじさん九十七歳ベスト着て店番
  の椅子に深く眠りぬ   叶 何時子 
 その人物が九十七歳と知っていること、お
じいさんと呼んでも失礼にはあたらない年齢
の方をおじさんと呼んでいることから、作者
はその人物をよく知っているのだろうと推測
した。のどかな、絵になる光景だ。
  ブヨブヨで変な匂いのアスパラもワイン
  がつけば白い貴婦人   岡田 淳一 
 たしかに缶詰のホワイトアスパラは独特の
臭みがある。「ブヨブヨで変な匂い」は言い
過ぎかとも思ったが下句を活かすには効果的
な形容だ。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする