上発地村から

標高934mぐらい日記

遥かなる雲南の旅 十四幕(勐拉ぶらぶら旅)

2018年05月14日 | Weblog
市を一通り見てS氏との集合場所に向かう途中、屋台で何か食べているS氏に偶然出くわした。
「それは何だい?」と聞くとどうやら本人もよくわからず注文したらしく「多分トウモロコシの粉をふかしたようなものだと思うんだが…」と曖昧な答え、美味いかどうか訊いたらかなり不味いらしく最後まで食べ切れなかった。なんでもかんでも食べてみればいいってもんじゃない、中には口に合わないものだってある。一緒になって市場をもう一回り。青いテントのところに人だかりができていたので覗いてみたら日本でもたまに見かける実演販売をしていた。売っていたのはなんの変哲もないフライパン、どうしてそんなに人が熱心に見ているのかは謎。S氏はほとんどサクラじゃないかと言っていたけどそんなに雇ってたらもうからんだろ。その他にはちょっとHなセクシービデオを売っている店や漢方薬系の店、一番ビックリしたのは金平の町で手作り虫よけ帽子を売っていたおじさんが、ここでも同じ帽子を売っていたことだ。移動の手間賃を考えてもかなりの売り上げがないと厳しいと思うのだがそんなに売れてる気配はない、他人事ながらおじさんの商売を心配してしまった。
S氏はせっかくだから屋台で昼間っから酒でも飲みながら、焼肉でも食べてのんびりやろうじゃないかということになり、タイ族のおばちゃんがやってる屋台に腰掛け。香辛料がべったり塗られている豚バラ肉を炭火で焼いて、ぼくはツボレグビール、S氏はコップ白酒っていう感じで昼飲みに突入した。S氏は完全にこの市の雰囲気を最後まで楽しもうとするモードに入っている。こういう時はもう一人は手綱を引く役割の人間がいないと危ない。そういうのを俺にしては珍しく察知し(本来は行っちゃうタイプなので)抑えの役回りに徹した。そこの店には先客の二人連れの若い兄さん達がいて、もう朝から飲んでるらしくいい感じに仕上がっていた。水色の半袖サッカーウエアを着たイケメン兄さんと厚手のピーコートを着込んだちょい禿兄さんの二人組で、酔っているせいもあって席に座るとすぐに酒をおごってくれて、彼らが注文した焼きたてのつまみの肉を僕らに進めてきた。禿兄さんは正面の見えるところの髭は綺麗に剃ってあるのに顎の部分だけ異様に長く剃り残してある。そういうのがおしゃれなのかただの不精なのか判断しかねたが、彼にはよく似合っているスタイルだった。イケメン兄さんはたしかに男前なのだが、どうも酒にやられるタイプ(俺と同じ)のようで一緒に飲んでいる時もフラフラして、S氏と絡み合いながらご機嫌な様子だった。なんか僕らがきて変なスイッチが入ったらしく、向かいの同じような露店の飲み屋の店主のねえさんにプロポーズしてくるといって乗り込んでいった。勢いに任せて行ったものの相手にされなかったようで敢え無く撃沈、諦めきれず無理やり肩を抱こうとするも、ものすごい剣幕で怒られて僕らの席にスゴスゴ戻ってきた。合コンや結婚相談所も無い田舎では、出会いを求めて都会に出てくるも実を結ぶっていうのはなかなか難しいようだ。昔は閉鎖された村の中で、長老の仲人で若い男女が引き合わせられるっていうのが昔の少数民族の婚約のスタイルだったんじゃないかって勝手に想像しているのだが、自由恋愛っていうのは一見いいようにみえても、男女双方にとっては婚期を遅らせる一つの原因になってるんじゃないかとも思う。それは日本もまた同じなのだろうけど…
俺はどうもこの空気にどっぷり浸かることができず、一足早く宿に戻って一息つくことにした。S氏はもう少し残って兄さんたちと交流を深めるらしかった。なんかあったらメールしてくれと言い残し一人宿に戻った。
宿にはテラスがあってそこにも洗濯物を干しておいたのだが、厚手のジーパンまですっかりカラッと乾いていた。俺はビールとつまみを買い込みテラスで風に吹かれながらチビチビやり、持ってきた一冊目の本を読了した。中国奥地のホテルのテラスで日本の小説を読むっていうのはちょっと不思議な感じがしたが、本来は観光地巡りばかりせずに、ロケーションのいいホテルでゆっくり過ごすっていうのが上級者の旅の楽しみ方なんだろう。一旦日本での出来事をすべて忘れて、もしくはごちゃごちゃになってどこになにがあるか分からなくなった引き出しの中身を一旦外にひっくりして自分を中を空にしないといけない。そうしないと何にも入らなくなってしまうし、どこに何があるのかすらわからなくなる。いらないものは捨て、必要なものをまた引き出しに入れなおおしていつでもさっと出せるようにすればいいのだ。ただS氏のようにいらないだろうと思って捨てまくってしまい、日本に戻ってから、あれはどうしたっけこれはどこにしまったっけ?みたいになると日常生活に支障をきたすので気を付けなければならない。日本では最低限必要なものが中国の奥地よりは多いのだ。
テラスでのんびりしていたら、交流を深めたS氏が帰ってきた。豚バラ肉のスパイス漬けが美味しかったらしくもう一枚注文してみんなで美味しくいただいてきたと言ってご満悦だった。白酒も大分いただいて楽しんだようだ。一休みしたらまた町に出て、近所の村にでも散策に出かけてみようということになった。街はまだ朝市の余韻が続いていて、美しい青いワンピースを着たタイ族の女性が一本のサトウキビを小さく切り分けて売っていたり、首からかけたピンクの紐状の飾りが美しいヤオ族の女性が真剣な眼差しで鍬(くわ)の柄を選んでいたりするのは素敵な光景だった。
輪タクをつかまえようと街はずれの橋の袂(たもと)までいくとなにやらまた人だかりができている。覗いてみると、タイ族の女性が織った黒の麻の反物をヤオ族の女性が品定めしながら買っているところだった。しっかり手作りで織られたそれは本物の風格があり、実際その反物で彼女たちの民族服が作られているような大人気商品のようだった。S氏はここでついに敏腕バイヤーの血が騒いだらしくタイ族の女性と値段交渉していた。しかし大人気商品らしくほとんど売れてしまい、残っている品もヤオ族の女性が抱え、S氏は競り負けてしまったようだ。まあ日本人が商売目的で買うよりは、地元の女性が普段着ている服の素材になったほうが本来の目的に合っている。
麻織物の買い付けに失敗した僕らが次に遭遇したのは苗族のおばばがなにやらお香を焚きながら呪文のようなお経のようなモノを唱えて若い女性におまじないをしているところ。女性は体の調子が悪いのだろうか、浮かない顔をしておばばに全身にお香(薬草を焚いたようなモノ)燻りかけられていた。どっちかっていうと病院へ行ったほうがいいと思うのだが、スマホを片手に祈祷されてるその女性もgoogle禁止の中国で自分の病状の検索ができなかったのかもしれない…
橋を渡り街はずれまで歩いてきたところで輪タクを捕まえた。歩いてくる途中「温泉7km」という看板があったのでそこにでも行ってみようかということになった。二人で乗っていると途中荷物を重そうに担いで歩いていたヤオ族のおばさんに運ちゃんが声をかけた。ここでも相乗りさせられたのだがこういうのは悪くない。S氏がおばさんと交流を試みたのだが彼女があまり社交的じゃなかったため失敗に終わってしまった。おばさんは途中の分かれ道で輪タクを降り山道を登って行った。おばさんの暮らしぶりにも興味あったのだがいちいち引っかかっていたら時間が足りない。僕らは当初の温泉を目指しそのまま座席に座ってじっと我慢していた。輪タクから眺める景色は日本の田舎と雰囲気が似ている。温泉が出るところっていうのは日本的なのかもしれないと思いながらいざ勐拉温泉へ

  次回へつづく





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