スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

IT投資で大失敗!

2009-02-02 18:54:12 | コラム
スウェーデン政府や行政機関が、これまでIT化に積極的に力を入れてきたことは有名だ。インターネットの普及率やIT化の進度は、他のヨーロッパ諸国と比べてもかなり進んでいるようだ。住民は様々な行政サービスを、インターネットを通じて申請できる。税の確定申告にしても、数年も前から(確か2001、2年頃から)インターネット上で行える。引越しに伴って住民票を移すときの申請も、それから住民票の写しに相当する書類の請求もインターネットでできる(これは税務署が管轄)。公共職業案内所の求人検索も自宅のインターネットでできる。

ついでに言えば、これは何も行政機関に限ったことではない。民間銀行のインターネット・バンキングもずいぶん前から普及が始まっていた(税務署のネットでの確定申告のサービスは、税務署が独自のシステムを新たに開発したのではなく、実はこの民間銀行のネット・バンキングにおける個人認証制度をうまく活用したものだ)。

2008-05-06:インターネットによる確定申告

それから国鉄(SJ)でも、ネット上での切符の予約や支払いは、私がスウェーデンに住み始めた2000年の時点で既に存在していた。特別な携帯電話サービスや会員制度に登録する必要は全くなく、ネット上で簡単にでき、とても便利だ。

――――――
とはいっても、IT化が常にうまくいくとは限らない。もちろん、失敗例もある。

実はちょうど今、スウェーデンの社会保険事務所ITスキャンダルの渦中にある。

社会保険事務所といえば、失業給付の一部や育児休暇給付、疾病給付、歯科通院給付、家賃補助金、児童給付など、48におよぶ様々な社会保険や社会給付の申請受付や審査、支払いを担当している行政機関だ。

スウェーデンの社会保障システムは、人生のそれぞれの局面において直面する様々なリスクを想定したうえで、個人の力ではどうしようもないリスクに対処したり、一度失敗しても人生をやり直せるようにしたり、家庭環境や親の経済状態の違いに関係なく国民の誰に対しても同じ機会を保障する制度だと、私は思う。また、育児休暇制度とそれを経済的に保障している育児休暇給付についていえば、少子化対策と社会生活における男女平等の促進において大きな意義を持っている。

だから、社会保障システムの重要な根幹を担う行政機関のひとつである社会保険事務所は、スウェーデン人の生活に密接に関連しているのだ。


しかし、この行政機関は、以前からサービス供給が需要に追いつかず、給付が遅れたり、申請の受理に時間がかかったりと、大きな問題を抱えてきた。社会保険事務所では、組織体系を改編して業務の効率化が図られたものの、あまり効果が上がらず、最近も国の行政オンブズマンが「業務が行政管理法に基づいて行われていない」と改善命令を出していた。

そんな社会保険事務所は、内部のIT化を促進することで、業務の効率化を図ることにした。費用は数億クローナ(数十億円)。これがうまくいけば、申請の受理や審査手続きが大幅に効率アップし、職員の負担が軽減されるはずだった

しかし、結果は大失敗!

そのITシステムは、ドイツのビジネスシステムを真似たものだったらしいが、そもそも行政機関の公的サービスにはあまり適していなかったうえ、システム構築に携わったコンサルタント企業が社会保険庁の業務をあまり熟知しておらず、とんでもないシステムができてしまったようだ。

既になされた投資のうち、1.55億クローナが無駄になったというし、新しいITシステムによって自動的に処理するはずだった業務が、職員にどっさりと覆いかぶさることになり、職員の負担が逆に増えてしまった

私の友人には、これから半年ほど育児休暇を取る予定の若い父親や、育児休暇を現在取っている若い母親が何人かいるが、育児休暇給付の手続きのために社会保険事務所に電話を入れても、「164人待ち」だったとか「40分待ち」だった、とみんな口々に不満を漏らしている。ラジオのニュースを聞いていたら、事務所からの社会給付の支払いが滞ったため、家賃が払えなくなる家庭もあるとか。

そんな大混乱にある社会保険事務所。しかも、問題のIT投資を決定した当時の長官は、問題が明るみになる前の昨年末で辞職。今の長官は新しく任命されたばかりだ。今、政府に掛け合って、9.5億クローナの追加予算を計上してもらい、滞っている業務を少しでも進捗させようと必死だ。

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9 コメント

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Unknown (里の猫)
2009-02-03 06:05:42
社会保険のIT化スキャンダルは今大騒ぎになっていますね。ラジオで聞いたんですが、どこかの機関のアンケートで、一般人にどの役所を一番信用するか、どこを最低と思うかという質問をしたところ、国民に一番信用のあるのが、何と税務署。最下位が社会保険所だったそうです。
税務署は30年かけて粘り強く、役所をコントロール中心システムからインフォメーション中心のシステムに変えていったのが成功したのだそうです。確かにここの税務署は電話をかけると、実に親切、丁寧、分かりやすい。それに比べると、社会保険所はコントロール・システムから抜け出す努力をしなかったため、すべてがものすごく複雑になってしまったそうです。
社会保険所の人が「国民からお金を取りあげる所が一番人気があって、お金を出してあげる所が一番人気がないのは、なぜなんだろう!」とつぶやいたとか。
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Unknown (まー)
2009-02-04 19:19:18
すごく面白いです。里の猫さん(佐藤さん、どこで聞いていい川からないので、この場をお借りして良いでしょうか?恐れ入ります。^^)、その表現、つまり

税務署は30年かけて粘り強く、役所をコントロール中心システムからインフォメーション中心のシステムに変えていったのが成功したのだそうです。

この、税務署のコントロール中心からインフォメーション中心システムに変えていったということ、どういうことなんでしょう・・・?興味しんしんです。^^

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Unknown (hiro4)
2009-02-04 23:12:33
何か典型的なシステム構築の失敗例のようですね。
業務を熟知していなかったと言うのも問題ですが、設計時に現場の意見も吸い上げられなかったのでしょう。
知人の会社で、社内用の業務ソフトを外注したのですが、出来上がったものは妙に使いづらいものだったそうです。開発中にトライアルも無かったそうで・・・・・。

まあ、こういったことはよくあることのようでこんな諷刺画ある位です。

顧客が本当に必要だったもの
http://psychoblue.com/blog/06/06/20/1310.html
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Unknown (Yoshi)
2009-02-05 10:45:26
里の猫さん

>社会保険所の人が「国民からお金を取りあげる所が一番人気があって、お金を出してあげる所が一番人気がないのは、なぜなんだろう!」とつぶやいたとか。

これは、面白い指摘ですね。

例の世論調査をしたのは、ヨーテボリ大学政治学部に付随のSOMかもしれませんね。
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Unknown (Yoshi)
2009-02-05 10:50:38
hiro4さま

面白いですね。みんなそれぞれの立場から、適当に空想を膨らまして・・・
「顧客への請求金額」で笑ってしまいました。

今回の社会保険事務所にしても、設計時のコミュニケーション不足で、設計者が勝手に解釈してシステムを作ってしまったのかもしれませんね。で、コンサルが実際の10倍くらいに値段を吊り上げて、請求したのでしょうか。
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Unknown (里の猫)
2009-02-05 11:09:19
まーさん。
ヨシさんの場所をお借りして答えます。
これは、考え方、視点を変えるということのようです。税務署であまりよい例を思いつかないのですが、最近はラジオ・テレビ局がやって、当たった例があります。
視聴料の徴収はこの国でもなかなか大変で、テレビ局も苦労しているのですが、昔のインフォメーションは、味もそっけもない声で「来週は下記の地方でペイリングを行います。」と言って、街の名前が流れます。その後「貴方はまさか視聴料を払うのを忘れていないでしょうね」というのだったのです。最近のはなかなかしゃれています。普通の格好したおばさん(またはおじさん)が、例えばスーパーのレジのところに来て、「貴方はxxさんですか」と聞きます。レジの若い男の子が「はい?」と答えるとその辺にウロウロしていた5-6人の男女がいきなり歌いだします。実にきれいなヴォーカルで「xxさん。ありがとう。視聴料を払ってくださって。あなた方のおかげで、テレビはなりたっています。本当にア・リ・ガ・ト」というような歌です。最後に普通の声で「ありがとう(タック)」といって、さっといなくなります。レジの男性はぽかーんとして、「ど、どういたしまして」なんて返事をしています。それだけ。このアンサンブルはあらゆるところに現れます。図書館、ジム。普通の家では、ドアのベルを鳴らして、入り口で歌います。年取った白髪のおじいちゃんなんか、感激して泣いちゃったり。それをお隣で日向ぼっこしながら見ていた夫婦がゲラゲラ笑ったり。全部、何も知らない普通の人の反応なのです。
これでも分かるように、「払いなさい」ではなくて、「払ってくれてありがとう」にしたことです。命令してコントロールしようとするのではなく、視点を変えただけで、インフォメーションの作り方が全く変わるのです。
税務署のインタビューでは、責任者が「一番苦労したのは、古くから働いている人の態度を変えることだった」といっていました。「新しく入ってくる人が、先輩の態度や考え方を受け入れる速度は、管理側が丁寧に教えるより何倍も速いのです」といっていました。
ヨシさんの記事にも(08年5月6日インターネットによる確定申告)申告最終日には職員が車で投函する人を助けていた、とありますが、ほんとにちょっとしたことなのです。
税務署のお知らせは、とても分かりやすい言葉で書いてあり、外国人の私でも大抵一度読めば理解できます。その他のお役所でも大体とても親切ですが、国鉄はいまひとつ。日本のJRのほうがサービスは行き届いていると思います。日本に視察に行ったら、とアドバイスしたくなります。
長くなってすみません。5680
もし、もっと何かあったら、私のブログ(里の猫の文字をクリックすると入れます)までどうぞ。
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Unknown (まー)
2009-02-05 12:01:49
ヨシさん、この場をお借りしました。ありがとうございました。
里の猫さん、うんと面白かったです。そうですね、国鉄のサービス、日本に研修にきたらいいかもしれませんね。それにしても、その視聴料の徴収にまつわるお話、パソコンの前で、「うっそー」と叫んで笑ってしまいました。いやあ、それは知りませんでした。ところで、それで、その徴収率はあがったのでしょうか?この先は、里の猫さんのHPの方にこんど時間ができてからお邪魔することにしますね。
ヨシさん、重ね重ね、ありがとうございました!ここはヨシさんのまれに見る素晴らしいサイトというだけでなく、いろんな方の見方にも接せられて、うれしいです。
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デンマークとスウェーデンのIT政策 (mika)
2009-02-17 23:36:47
デンマークのborger.dkというウェブに関する記事を書いていたところ、その記事を読んだ友人に紹介されて、スウェーデンの今の本記事を拝見させていただきました。足跡だけ残すのも申し訳ないので、コメントさせて下さい。
スウェーデンもデンマークも電子政府指標では、1,2位を占めていて、一般的には、電子政府が「促進されている国」であるといえるでしょうけれど、スウェーデン(もちろんデンマークでも)では、特に重要な社会保険事務所での失態は、大きなスキャンダルになってしまうのでしょうね。
ただ、他の方も言っていましたが、国の政策の問題というよりは、世界中に共通するITシステム導入の際の問題が、起こってしまったという点で、やはりスウェーデンの電子政府における優位性は、まだまだ揺るぎないと思われます。
それにしても里の猫さんのコメント、「社会保険所の人が「国民からお金を取りあげる所が一番人気があって、お金を出してあげる所が一番人気がないのは、なぜなんだろう!」とつぶやいたとか。」、視点を変えることの重要性、いい点付いていますよね。
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Unknown (Yoshi)
2009-02-18 09:48:19
私も似た見方をしています。
今回のような失敗はどこでも起きることなんでしょうね。生活していて、多くの場面でインターネットが活用できるのは、とても嬉しいことです。新しい技術の開発だけでなく、既存のシステムをいかに効率よく利用するか、という面でも、スウェーデンでは進んでいるな、と感じます。
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