スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

エジプトの民主化運動(2)

2011-02-04 01:25:18 | コラム
エジプトの情勢は刻々と変化している。2週間ほど前から続いてきた民主化を求めるデモ活動が実を結ぶのか、それとも抑えつけられてしまい独裁政権が今後も続くのかは、これからの数日間の情勢展開が鍵を握ることになるだろう。アルジャジーラによって、ライブ報道がネットで見えるだけでなく、スウェーデンのメディアも盛んに情勢を伝えてくれるので、臨場感は非常に良く伝わってくる。朝のラジオ番組も、夕方のラジオ番組でも様々な角度から現地のレポートを伝えている。


スウェーデンの主要メディア(テレビ・新聞・ラジオ)は、それぞれの局が少なくとも2人から3人の記者を送り込んでいるため、報道内容も詳しい。一方で、エジプト国内では情報統制が厳しく、インターネットや電話回線が断続的に切断されているため、せっかく取材した内容をスウェーデンに送信するのに苦労しているようだ。内容の濃い報道をいつも送り続けているスウェーデン・ラジオは、女性のベテラン記者(セシリア・ウデーン)を送り込んでいるが、彼女もしまいには衛星経由の通信手段を確保して、報道を本国に送っているようだ。一方、スウェーデン・テレビのベテラン男性特派員は、今日、取材のためにタフリル広場(自由の広場)に向かう途中に公安当局(もしくはムバラク派の人間)に暴行を受け、刺傷などの重症を負い、病院に搬送された。外国人記者への取締りを強化しているのは、公安警察やムバラク派の人間だけではなく軍隊もだという情報もあり、現にこのスウェーデン人記者に暴行を加えたのは軍だという話もあるが、定かではない。取材したマテリアルを奪われるという事件も多発している。


市民の側についた陸軍兵士

ただし、エジプトの軍隊は今回の一連のデモ活動に対して、非常に興味深いスタンスを保っている。デモ隊をゴム弾や催涙弾で対抗していた警察とは対照的に、陸軍は「中立的な立場を保つ」と当初から表明し、デモを封じ込むような態度は見せず、街頭でも静観を保ってきたからだ。特に、若い将校や徴兵中の若い兵士が民主化・市民運動を積極的に支持するの態度を取り、中には一緒に民主化のスローガンを叫んだり、市民と配給食糧を分け合っている兵士までいる。エジプト軍の中に徴兵中の若い兵士の割合が多いことが、警察と軍隊の間で態度が大きく異ってきた背景の一つであるようだ。しかし、軍隊の中でも様々な勢力が主導権争いをしているらしく、これまでの穏健的な態度がいつまで維持されるのかは不明だ。

一方、エジプト軍が自らの立場を決める上で配慮しなければならないのは、自国の政府との関係だけでなく、アメリカ政府との関係もだ。軍事援助をアメリカから豊富にもらっているエジプト軍としては、アメリカの意向にも耳を貸す必要がある。アメリカ政府はアメリカ政府で、ムバラク大統領と密なる関係を築いてきた建前上、「ムバラクよ、さらば!」と言い放ってしまうことはできない。しかし、かといって民主化運動を潰して世界各国からの批判を受ける羽目になっても困る。だから、ムバラク政権への直接的な批判は避けながらも、一方ではムバラク政権へのチャンネルとは別に、エジプト軍へのチャンネルも確保して市民による民主化デモを潰すことはしないように働きかけているのかもしれない。いずれにしろ、ムバラク政権と軍隊とは一枚岩では全くないわけだ。そして、そこにアメリカ政府がどのように関与するかが非常に重要な鍵を握っている。

他方で、横暴だったエジプト警察や公安警察はここしばらく街頭から姿を消してしまい、それがゆえにエジプト各地では警察がいなくなったことをいいことに犯罪や略奪が横行しているといった報道が流れたが、略奪する暴徒の一部は実はムバラク派の警察官だったという情報もある。混乱をわざと起こして、その責任を民主化デモに負わせたり、デモ活動のイメージを貶めようというのが考えられる動機だ。博物館も略奪の対象となっており、既にミイラが何体か破壊されたというが、すぐに周辺住民が駆けつけて博物館を囲み、貴重な歴史的財産を守ろうと、自らボランティアで警備を始めたという。


破壊されたミイラ

タフリル広場(自由の広場)はムバラク体制を覆そうとする人々で埋め尽くされてきたが、昨日になって変化が訪れた。ムバラク大統領派を名乗る人々が馬やラクダに乗って登場し、デモを行う人々に襲い掛かったり、周辺のビルの屋上に陣取って、石やコンクリートを投げつけたり、銃で発砲するなどして数十人が死傷する事態となった。フーリガン同然の乱暴行為を働く彼らは、どうやらムバラクを支持するために駆けつけたというよりも、ムバラクに雇われてデモを抑えつけにやってきたように思われる。


ムバラク派のフーリガン


彼らとデモ隊との抗争

これから数日間の展開次第では、次の3つのシナリオが考えられるだろう。(1) 中国の天安門事件のように封じ込まれてしまい、その後、再び厳しい反民主化体制が続く、(2)インドネシアやフィリピンにおける80年代の民主化運動のように独裁体制を見事倒し、その後、民主化への道を歩むことになる、(3)70年代のイランのように、民主化運動によって親米の独裁軍事政権を倒したものの、イスラム主義勢力に政権を奪われてしまう。(2)のようになるのがベストだが、(3)のシナリオを辿る可能性もあるだろう(しかし、詳しく読んでいないが、今日のスウェーデンの日刊紙には「その可能性は非常に小さい」とのオピニオン記事があった)。

アメリカよりはまだマシだという思いから、EUがエジプト政府に圧力をかけて欲しいと願いたいが、EUもこれまで及び腰だった。しかし、今日になってEUの主要国が民主化へ向けた暫定政権の樹立をエジプト政府に要求していくことで意見がまとまり、数日内に持たれるEU首脳会談での主要議題にするという情報があったから、少しは期待ができそうだ。EUはEUで財政危機のために、エジプトどころではないだろうし、問題国の国債を大量に購入し、発言力を徐々に高めている中国が、エジプトなどの民主化運動を支持しないように水面下で働きかけている可能性もあるから不安要因もたくさんだ。

しかし、それでもエジプトの人々の粘り強さに期待したい。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿