スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

地盤沈下し、生活保護の水準に達した失業保険

2014-08-31 08:01:24 | 2014年選挙
選挙の争点の一つは失業保険の給付水準だ。

スウェーデンの失業保険は、国の社会保険制度には含まれていない。歴史的に失業保険は労働組合が始めたものであり、今でも業種・職能別の労働組合がそれぞれの失業保険基金を管理し、加入も任意である。しかし、面白いことに、失業保険手当の給付水準や給付条件は国が決めており、さらに、各労働組合が管理する失業保険基金には、社会保険料を財源とした補填が国から支払われているため、実質的には国の社会保険制度の一部だとみなすこともできる。

さて、失業保険手当の給付水準は、失業前の給与の80%に設定されている。しかし、支払額の上限が設けられているため、失業前の給与がある程度、高い人はその上限額の手当しか受けることができない。支払額の上限は現在、1日あたり680クローナ(10,200円)。平日のみの支払いなので月に換算すると14,960クローナ(224,400円)である。つまり、月給が18,700クローナ(280,500円)を超える人は、×80%をするとこの上限額である14,960クローナを超えてしまうため、手当の額は失業前の給与に比べると80%以下となってしまうのである。

現在の問題点は、この上限額が過去12年間、ずーっと据置きされてきたことである。本来なら経済全体の平均的な給与水準の上昇に合わせたスライド制を適用するべきところであるが、現在の制度では、必要性と財政的余裕に応じて時の政権がその都度、政治判断をして引き上げることになっている。しかし、2002年に当時の社会民主党政権が最後の引き上げをして以来、同じ水準のままなのである。

この12年の間に経済は成長し、給与水準も上昇してきたから、失業者しても手当がこの上限に達してしまい、失業以前の給与の8割以下の手当しか受けられない人が増えてしまっている。

しかも、この12年の間に、物価水準は22%しているため、上限手当の実質的な購買力はその分、目減りしていることになる。

そして、なんと今年ついに、生活保護の給付水準に追いつかれてしまったのである。

生活保護の給付水準は物価上昇に合わせて毎年更新され、引き上げられている。生活保護は「妥当な生活」を送るのに必要とされる額が支給され、その額は家族構成や住んでいる自治体の物価水準によって異なる。例えば、ストックホルムでは、一人暮らしだと月10,805クローナ(162,000円)、3歳と15歳の子を持つ母子・父子家庭だと11,742クローナ(176,000円)だ(これに加え、親の所得水準に関係なく児童手当が給付される)。

生活保護は補助金であるため非課税で、所得税は掛からない。これに対し、失業保険手当は社会保険給付であるため、所得税が課税される。所得税率は自治体によって異なるが30%だと仮定しよう(ごく平均的)。先述の通り、失業保険手当の上限は14,960クローナであるため、税引き後の手取りは10,472クローナ(157,000円)となる。だから、失業保険手当の支払い最大額が、生活保護給付よりも低くなってしまったのである。


生活保護給付の目的は、セーフティーネットを提供することである。つまり、まず勤労による自活を試み、それが難しいなら各種の社会保険制度、例えば、育児休暇保険や失業保険、疾病保険などの受給を試みて、それでも経済的に困窮してしまった人が、最後の頼みの綱として利用する制度である。したがって、生活保護制度の活用は、勤労による自活に遅かれ早かれ復帰するまでの短期的なものであるべきだ。

だから、最後の頼みとなるべき生活保護よりも、失業保険手当が低いのは非常に大きな問題である。実際のところ、現在11.5万人いる生活保護受給者のうちの半分が、失業による経済的困窮を理由に受給している。彼らの大部分は、本来なら失業保険によって保護されるべきであろう。しかし、失業保険手当の上限が長い間、据置きされたために、その実質的な水準が低すぎ、そのためにそれだけでは生計を立てることができない人が増えているのであろう。

また、失業保険そのものの受給資格がない人も多くなってしまった。2006年秋に政権についた現在の中道保守連立政権は、失業保険の給付条件を厳格化した上に、社会保険料を財源に各失業保険組合に移転される補填額を大幅に削ってしまった。そのために各失業保険組合は保険料を引き上げざるを得なくなり、せっかく高い保険料を支払っても、いざ失業した時に受給資格が無かったり、受給額があまり多くないなら、割に合わないと考えて失業保険から脱退する人も増えてしまった。(その後、政権側は失敗を認めて補填額を増額し、各失業保険組合は保険料を引き下げることができたが、それでも2011年11月の時点で加入率は70.2%までしか回復しておらず、政権が交代した2006年秋の82.8%という水準と比べるとまだ低い)

失業者のうち失業保険から手当を受給している人の割合
を見てみると、2006年の初めは70%だったが、2011年11月にはなんと36%にまで減少している。

失業保険の目的は、失業にともなって生活条件が大きく変化することを防ぎ、新しい仕事を見つけるまでの期間の生活保障を行うことである。だから、手当の水準は基本的に失業するまでの給与水準に比例(8割)させることが基本原則である。しかし、現在はその原則がほとんど成り立っていないのである。


だから、各党は選挙キャンペーンの中で、失業保険の給付上限を引き上げることで、なるべく多くの失業者がそれまでの給与に比例した(8割の)給付を得られるようにすべきだと主張している。上限の引き上げ幅は各党によって異なるし、失業期間とともに給付水準をどのように引き下げていくかも異なる。また、そのために掛かる国庫負担額と、それをどのように捻出するのか(増税、もしくは、他の政策分野の支出カット)をきちんと示し、それがテレビの選挙番組などでしっかりと議論されている。

唯一の例外は、現在の中道保守連立政権の中核をなす穏健党(保守党)である。彼らはこの期に及んでも「失業保険手当の上限を引き上げる必要はない」と主張している。そもそも、2006年秋に政権を獲得した時の選挙スローガンが「働くことが割に合う社会」「社会保険の給付漬けを減らすべき」というものであり、そのために社会保険の手当の給付条件を厳しくしたり、手当の水準と勤労所得の手取りとに差をつけるような制度改革を行ってきた。だから、今でもこの党にとっては、失業保険手当の上限引き上げに対する優先順位は低いのである。

しかし、現政権の政策のために、失業保険が本来の機能がうまく発揮しなくなり、生活保護の受給者が増えてしまったのは非常に皮肉なことである。