スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

メディアと政府の責任の混同 ― イスラエルによる非難 (2)

2009-08-27 09:10:28 | スウェーデン・その他の政治
前回紹介したタブロイド紙の記事に対して、イスラエルは「反ユダヤ主義(anti-Semitic)の匂いがする」と激しく批判した。ユダヤ人を貶(おとし)めようとするプロパガンダ運動の一環として書かれた事実無根のルポタージュだ!というわけだ。

ヨーロッパ社会には反ユダヤの感情が今でも少しは残っている、と言われる。もちろん地域差もあるので一概には言えないだろうが、それがネオナチ運動のような形で一部の人々の共感を呼ぶこともある。だから、そのような運動が発展してユダヤ人が再び迫害に遭うような事態になることをイスラエルが警戒しているのは、別に不思議なことではないだろう。

しかし一方で、イスラエルは他国から批判を受けるたびに半ば条件反射のように「反ユダヤ主義」という言葉を用いる傾向があることも確かだ。今年初めのガザ侵攻をはじめとするイスラエルによる戦争行為やパレスティナ占領地域における人権迫害、民間人殺害に対しては、国際団体やスウェーデンなどの国々が批判を繰り返してきたが、イスラエル側はanti-Semiticという言葉を何度も使って、批判を退けようとしてきた。ある種の「隠れ蓑」ともいえるかもしれない。

だから、今回のタブロイド紙の記事に対しても、再び同じようなやり方で批判を浴びせようとしている。すでに述べたように、仮に記事の内容が本当に事実無根であったとしても、その責任は新聞社側にあるのであって、スウェーデン政府に非難をさせようとするのはお門違いだ。

(ちなみに問題の新聞の文化欄編集長は、「たしかに事実確認が十分取れたとは言えなかったが、あえて掲載することで、一般にあまり知られていない問題や疑惑を紹介し、社会的議論を起こすきっかけとする価値はあると考えた。だから、通常の報道面ではなく、文化面での論説という形で記事を掲載した」という見解を述べている。)

前回、スウェーデンの外務省が省としての公式見解を作成してホームページに載せるのではなく、ビルト外相が自身の個人ブログにおいて述べている見解にリンクを張ることで済ませている、と書いたが、やはり外務省はそうすることによって「これはそもそも省および政府が関わる問題ではないんだ」ということをアピールする意図があるものとみて間違いなさそうだ。

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風刺画事件のような大きな問題に発展するかもしれない、と書いたが、おそらくその心配はなさそうだ。イスラエル政府は相変わらず、スウェーデン政府が問題の記事と新聞社を非難することを要求してはいるが、他方で、スウェーデン政府がその要求を飲むことはありえない、とも判断しているらしい。だから、政府としてはあまりに頑固な態度を取り続けるのは建設的ではないと考えているようだ。実際のところ、右翼政党に属する外相と副外相が「ビルト外相をイスラエルに入国させない」と言ったときも、外務省や政府としてはそのつもりはない、という声明が直後に出された。

また、本来は些細な問題にもかかわらず、右翼政党に所属するリーベルマン外相がスウェーデンを必要以上に槍玉に挙げて、イスラエル人の愛国心や民族主義を煽ろうとしている現状を指摘する声がイスラエル国内からも上がっている。日刊紙ハーレッツの論説委員は

「民主主義と開かれた社会を標榜しているスウェーデンの政府にメディアの言動の批判をさせるなんて、初めからおかしな話だ。ネタニヤフ首相までリーベルマン外相に影響されてしまっている。反ユダヤ主義という言葉を政治的に利用してポイント稼ぎをしようとする政治家がイスラエルにはいる」

とラジオのインタビューで述べている。