スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

中国資本がベストな選択肢か?

2009-05-14 08:11:31 | スウェーデン・その他の経済
SAABの新しい所有者となる資本グループが2つか3つほどに絞られたことを前回伝えた。しかし、その正体についてSAABは全く発表していないため、様々な憶測が飛び交っている。中でも有力視されているのが、中国の自動車メーカー3社、Geely、Changan、Dongfengだ。

実は、SAABが新しい所有者探しを続けているのと平行して、これまでFordの傘下にあったVolvo Cars(ボルボ乗用車部門)も新しい買い手を見つけようと努力しているところなのだが、これらの中国メーカーはVolvo Carsの有力な買い手候補としても噂されている。

その主たる理由は、世界的な自動車不況のなかで資金を比較的潤沢に持っていることが挙げられる。その上、自動車メーカーであるため、それ以外の業種の資本グループの手に渡るよりはよい、という声もある。また、中国人が所有者となれば、現地の官僚機構や市場構造を熟知した現地人の手によって、中国市場での展開が容易になる、との期待もある。Changanに関して言えば、既にVolvo Carsの下請けを行ってきた経験があるため、買収後の経営もスムーズに行くだろう、との憶測もある。

では、中国メーカーにとってのメリットは何かというと、Volvo Cars(以下Volvoと書く)やSAABの高い技術欧米での流通網が手に入ること。それから、Volvoのように既に中国市場で高い評価を受けている「ブランド」を自らのものにできること。

なるほど、両者が得をするWin-win situationというわけか・・・。


Volvo S60(上・下)



SAAB 9-3X


いや、そうではないようだ。中国企業という、世界市場の中でもまだ新参の勢力がスウェーデンの自動車会社を買収することについて、既にスウェーデン国内では大きな懸念の声が挙がっている。

懸念の第一点目は、技術へのアクセス性と違法な模造の問題。スウェーデン国内にある自動車下請企業の業界団体によると、もしVolvoやSAABが中国資本に買われた場合、欧米の下請企業は最新技術を備えた部品をVolvoやSAABに提供しなくなり、両メーカーは技術力の面で競争相手に遅れをとってしまう恐れがあるという。実際のところ、欧米の下請企業は違法に模倣されるのを避けるために、中国の提携企業には最新部品の提供を控えているところが多いらしい。

これがもし現実となり最新の部品が手に入れられなくなれば、VolvoやSAABは一世代遅れた技術を積んだ車を、主に中国市場向けに製造するだけの三流メーカーとなってしまう。この懸念は、VolvoやSAABの労働組合からも寄せられている。

第二点目は、スウェーデンにおける雇用と技術開発の問題。買収の条件としては、スウェーデンでの生産活動を、今後も長期にわたって維持することがおそらく盛り込まれるだろうが、それが果たしてどこまで守られるのか? という懸念だ。技術だけを中国に吸い取られて、あとは捨てられるようなことになっては元も子もない。

スウェーデンの自動車は、その高い安全性が世界的にも有名だが、それはVolvoSAABと、ヨーテボリにあるシャルマシュ工科大学、そしてAutolivなどの下請企業との長年の協力関係の賜物であるという。中国資本の手に渡った場合、彼らがどこまで安全性を重視するのか? 現時点でいえば、中国車は安全性の面で欧米には到底及ばない、という評価が一般的のようだ。そして、ヨーテボリで築かれてきたこの協力関係はどうなるのか、といった懸念は大きい。

そして第三点目は、ブランド価値が低下するのではないか、という懸念。スウェーデン人の自動車市場アナリストによると、中国が一党独裁国であることが、VolvoやSAABのブランド名を傷つける可能性は大いにあるという。昨年も、チベット紛争や人権活動家の迫害が欧米のメディアに流れたときには、中国に対する抗議の声が世界各地であがった。今後も似たような騒動が起き、中国に対する反発が高まることは何度も起こるだろう。そんなとき、VolvoやSAABのブランド名も自ずから低下する可能性は十分にある。

「欧米日の自動車メーカー各社が技術力や価格の面で拮抗しているなか、ブランド名や環境に対する配慮、社会的責任といった“ソフトな価値”がますます重要になっている。だからこそ、恒常的な人権侵害や環境汚染で悪名高い国と一緒くたにされるのは避けるべきだ。」と、このアナリストは語っている。

ブランド名に関して言えば、Volvoというブランドは、売却交渉が現在続けられているVolvo Cars(ボルボ乗用車部門)だけのものではない。いまだにスウェーデン資本であるもう一つのボルボ(Volvo AB:バス・トラック・建設機械・航空エンジン・船舶エンジン)にもかかわる問題だ。この両者が今では異なる会社であることを知らず、同じ会社だと考えている人もたくさんいる。だから、一方のVolvoのブランド名の低下は、もう片方のVolvoにも悪い影響を与えかねない。だから、Volvo Carsの中国資本への売却は、Volvo ABからストップがかかる可能性もある。

以上のような懸念が、スウェーデン国内ではあがっている。VolvoやSAABの売却は、短期的な利点だけを考えるのではなく、熟慮に熟慮を重ねた上で、ヨーテボリ人の納得する相手を選んで欲しいものだ。

幸いにもVolvo Carsの売却に関しては、アメリカのFinancial Times紙が今年3月頃、Fordの内部の情報筋として、スウェーデンの複数の資本グループが連合体(consortium)を形成し、Volvo Carsを買い取る公算が高い、との情報を伝えていた。ただ、この情報もどこまで信憑性が高いのかは定かではない。

SAABの新しい所有者は、早くても6月頃に発表されるらしい。Volvo Carsのほうはそれよりあとになるようだ。