菊池渓谷・秋
財宝は地獄の家苞
=いくら財産を蓄えても、結局は死ぬときの置き土産に
なるにすぎない。蓄財をするのも空しいものだということ=
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「敵は恩人」
日本の昔の武士というのものは、大義名分に生きることを人生のモットーとしておったために、どんな場合があっても敵を愛していた。敵を憎むという行為をけっしてしなかったんだ。
つまり、早い話が、自己の存在は相対的のものがあってはじめて、その存在を確保できるという、大変難しい話だけれども、物理の反射作用というものが自己存在を意識的に確実にせしめる。
もっとやさしい言葉でいいましょう。相対するものがいなかったら、自分は孤独ですぜ。孤独だったら、自分の存在というものの価値は、誰が一体これを定めてくれるかってことです。
剣豪宮本武蔵が日本六十余州、ただ一人の剣客だと言われに至ったのも、佐々木小次郎という強い相手があってこそでしょう。そうすると、武蔵の強さを知らしめた小次郎は、なるほど敵対の言葉をもちうると同時に、武蔵にとっては、武蔵の強さを証明してくれた恩人になりますよ。こういうことを考えてみたときに、これをただ単に、そうした力と力との勝負のこととして考えちゃいけないのよ。
人生の出来事のすべてに対しても、自分の人生の前にあらわれたものは、みんなこれを、自分というものの価値意識のために必要な、相対的な尊いものだと、こう考えるのが一番いいんです。
写真:熊本県・菊池渓谷秋「緒方弘之写真集」
菊池渓谷の秋。紅葉が綺麗です、写真は緒方弘之さんの
「素晴らしい自然」から菊池渓谷・秋 です。
「デパートでの会話」
久しぶりにデパートの地下、食品売り場に行きました。
綺麗なたらこが、本当に美味しそうで
大好物です。
スパゲティーに入れた。たらこスパでも・・・
これ、買って行こう
店員さんに
「これ、いくらですか?」と聞いたら
店員さんド・・・ドヒャー
「これは、たらこ・・・です」 と言われた。
「じゃぁ~たらこは・・いくらですか?」と・・・
店員さんと大笑い・・面白い方ですね・・・だって!
私にしたら、店員さんの方が面白いと思ったのに
先を越された。トホホ