産経:五輪招致とリーダーの姿勢の差 政治部編集委員・阿比留瑠比
> やる意味はあるのか
どちらも、ごく最近まで(あるいは今も)巷間ではよく聞かれる意見である。迂闊なリベラル人士に多いと言えば、正解だろう。
オリンピック開催そのものには賛成なので、会場建設からみの話が膨らむとは思うが、それは別の機会に。
オリンピックそのものについて考えるのは、それはそれで意味があるだろう。オリンピックの目的は平和である。しかしナショナリズムの祭典であるのも事実。戦前のベルリンオリンピック、その次に開かれるはずだった東京オリンピックしかり。民主党が反対だったのも、アンチナショナリズムで理解できる。しかし最後まで反対なのではなく、政権をとると招致サイドに動いた(ロビー活動は低調だったようだが)。
民主党のジレンマである。アンチナショナリズムだが、平和の祭典には賛成。ナショナリズムと平和の祭典が一体であると見れないと、うまくない。
野党時代の鳩山氏は五輪について「時代錯誤的発想」と決め付け、「やる意味はあるのか」と後ろ向きだった。また、民主党東京都連会長だった菅直人元首相も同年2月、こんなセリフを吐いている。> 時代錯誤的発想
「(当時の石原慎太郎)都知事が都政の失敗を五輪で回復しようとするのに、なぜ国会議員が協力しなければならないのか」
政権交代前夜で、飛ぶ鳥を落とす勢いだった民主党の二枚看板がこんな態度では、IOCが求める「国を挙げた熱意」が醸成される道理がない。国民も都民もしらけるのは当然である。
> やる意味はあるのか
どちらも、ごく最近まで(あるいは今も)巷間ではよく聞かれる意見である。迂闊なリベラル人士に多いと言えば、正解だろう。
オリンピック開催そのものには賛成なので、会場建設からみの話が膨らむとは思うが、それは別の機会に。
オリンピックそのものについて考えるのは、それはそれで意味があるだろう。オリンピックの目的は平和である。しかしナショナリズムの祭典であるのも事実。戦前のベルリンオリンピック、その次に開かれるはずだった東京オリンピックしかり。民主党が反対だったのも、アンチナショナリズムで理解できる。しかし最後まで反対なのではなく、政権をとると招致サイドに動いた(ロビー活動は低調だったようだが)。
民主党のジレンマである。アンチナショナリズムだが、平和の祭典には賛成。ナショナリズムと平和の祭典が一体であると見れないと、うまくない。
