植草先生が推察する
三浦和義元社長死亡の深層 !!
苦難の実体験者だけに
その信憑性に一目を置く必要がある!!
三浦和義元社長サイパン逮捕劇については、2度拙稿でも扱った。『ロス疑惑識別検証!!三浦和義は真犯人か?!!』と『こういう見解も一理ある!!』とである。
前者は、心証的に『ああ、やっぱりな!』という思いも確かにあった。それに江頭の動画と重ね合わせて面白く感じられて、投稿したモノである。日本とアメリカは主権が違う。時効がない。そこをどうして見誤ったか、と言う思いもあって、三浦元社長も年貢の納め時か、と、実感したのが事実である。
後者は、思い起こせば、昨今のアメリカは、本当に自由の国かと思い当たることがあったので、投稿したモノである。それはユダヤレビュー法の存在である。手放して賞賛出来ない問題があると改めて認識した時の投稿である。
この度の植草先生の見方は、そのいずれにも属さない、斬新なモノである。真相は検証すべき情報は、メディアに依るしかないので分からないが、先生の掘り下げは先生の実感に基づくモノで、傾聴に値する。
ましてや、この度の自殺騒動、これははっきり言って一つのショックであることは間違いがない。個人的に三浦元社長に面識はないし、印象と言えば、メディア報道によってすり込まれたモノ以外ない。それを度外視すれば、全く、公平な立場煮立つべき者である。ロス地裁の判断も、殺人罪には一事不再審の原則を適用したことは、むしろ、喜ばしい判断と感じていた。これから、真相が判明すると期待もした。それが自殺とは!??。
不自然である。残念である。真相究明が待たれる。
いずれにしても、推測の域で人の罪科を判断することは危険である。これは本当に難しいことであるから、公正な捜査と公正な審理を尽くさねばならない。それが、自殺とは、一切が闇に閉ざされることであるから、断じて防がなくてはならない事であった。
とすれば、自殺、又は他殺であれ、三浦元社長のサイパン逮捕劇が何を意味し、彼が亡き者となって何を意味するかとの推察は改めて必要な真相(深層)究明が必要になる。その意味で、植草先生の視点は斬新で、瞠目の記事であると感じた。
【転載開始】三浦和義元社長死亡の深層
植草一秀の『知られざる真実』
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-a257.html
ロサンゼルス銃撃事件で米当局に逮捕された三浦和義元社長(61)の自殺が報じられた。三浦元社長が逮捕されたのは、2008年2月22日金曜日だった。
この直前、2008年2月19日に海上自衛隊イージス艦「あたご」が、千葉県の漁船「清徳丸」に衝突し、「清徳丸」が船体をまっぷたつに切断され、乗船していた2名の漁師が死亡する事件が発生した。
自 衛隊によるインド洋での米軍への給油活動を定める旧テロ特措法は、2007年11月1日に有効期限が切れた。海上自衛隊はいったんインド洋から撤退した。 政府が2007年10月17日に提出した法案は2007年11月13日に衆議院で可決されたが、2008年1月11日に参議院本会議で否決された。
福田政権は同法案を同日再可決して法律が成立し、自衛隊によるインド洋での給油活動が再開されることになった。日本国内では、政府が衆議院の数の力に頼り、参議院の決定を無視して給油法案を可決成立させたことに対する批判が渦巻いた。
海上自衛隊のイージス艦衝突事件は、こうした状況下で発生した。インド洋での給油活動を日本に強制しようとしていた米国にとって、最悪のタイミングでの事件発生だった。
事件が発生したのは火曜日だった。日本のメディアは連日イージス艦事件をトップニュースで伝えた。石破防衛相の引責辞任も当然の流れになった。週末の情報報道番組はイージス艦事件、給油法の是非をめぐる論議一色に染まることが確実な情勢だった。
そこに、突如降ってわいたニュースが三浦元社長のサイパンでの逮捕だった。テレビ報道はイージス艦事件報道から、三浦元社長逮捕報道に全面転換した。単なる偶然とは考えられない。
三 浦氏の逮捕は、一事不再理の原則から判断して、明らかに無理筋だと考えられる。三浦氏は常識的な法律解釈からすれば、当然釈放されるべきものであったと考 えられるが、早期に釈放すれば、不自然な逮捕の背景に対する疑惑が取りざたされる可能性が高かった。米国は三浦氏を早期に釈放できない状況に追い込まれた と考えられる。
時間をかけて審理しても、有罪立証するには、あまりにも無理があり過ぎたと考えられる。釈放もできず、有罪にもできない、難しい情勢のなかで、三浦氏自殺の突然の報道が伝えられた。
私 の2005年の裁判における第2回公判で、事件の不自然な多くの事実と疑惑が明らかにされた。疑惑を伝える大規模な報道が予想されたが、公判当日の朝、突 然、国松元警察庁長官狙撃事件の容疑者が逮捕された。報道はこの逮捕報道に完全に占領された。結局、逮捕された容疑者は勾留期間を経過して、証拠不十分で 釈放された。事件発生から長い年月を経た段階での逮捕で、結局、証拠不十分とされた逮捕は、不自然さを象徴するものだった。
三浦元社長はテロ特措法の犠牲になったのではないだろうか。政治権力は恐ろしい存在であることを知っておかなければならない。【転載終了】