「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2006・02・08

2006-02-08 06:30:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から昨日と同じコラムの続きです。

 「中学の高学年になったら会社がありますと教えたい。会社は法人です。皆さんは個人です。法人と個人はどう違うか。法人は有限責任です。よく有限会社とあるでしょう、株式会社は有限会社の一種です。」

 「保証人になって判を捺すな。いくら親友でも判は個人だ。債権者は返せ返せと永遠に迫ってくる、サラ金のことを忘れたか。」

 「人間万事清く正しく美しいばかりではないことを、教科書は暗示または明示しなければならない。証券会社は株屋だと言わなければならない。株屋なら悪事を働くにきまっている。その株屋にそそのかされて買ってソンしたのは欲ばってソンしただけでこれまた被害者なんかではない。
 戦前戦後の教科書が金銭について書かないのは、教育が商人のものでなく武士のものだからである。武士は金銭をいやしむ。武士の子は穴あき銭の落ちたのを見て『オヤおもちゃの刀のつば』と言ったという話が残っている。武士の禄は代々世襲である。貧は士の常で、金銭を阿堵物(あとぶつ)といって蔑視した、それがいまだに残っていて教科書中にオカネ ガ アリマスの件(くだり)がないのである。」


  (山本夏彦著「『社交界』たいがい」文春文庫 所収)
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2006・02・07

2006-02-07 06:25:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から昨日の続きです。

 「戦前の小学校の国語の教科書は『読方(よみかた)』といった。『読み書きそろばん』の読方である。一年生にはハナ ハト マメではじまる読本がながく使われていた。カラス ガ ヰマス スズメ ガ ヰマスと続く。
 初めカタカナから教え、平がなはあとから教えた。私は最後にオカネ ガ アリマスと書けと言った。
 教科書というものは同じことを繰返して教えるものである。歴史は小学生には簡単に、中学生にはややくわしく、高校生にはさらにくわしく教える。
 だから一年坊主にはオカネというものがある、これがこの世を動かしているという予感を与えるにとどめる。ここでいうお金は『現金』である。
 二年では『買物』はどうだろう。売り手がいます、買い手がいます、問屋があります、小売があります。
 三年になったら銀行があります、郵便局があります、預貯金があります、利息があります。銀行と郵便局のちがいは中学ですこし、高校で詳しく教えればいいだろう。
 今は義務教育は中学までということになっているから、一割以上の利息は元も子もなくす恐れがある、その覚悟ならいいが、そうでなければ手を出すな。出したのは欲で、元も子もなくしたからといって被害者ではないと教えよ。」

 
  (山本夏彦著「『社交界』たいがい」文春文庫 所収)
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2006・02・06

2006-02-06 08:35:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「小学中学高校を通じてわが同胞は金銭についての教育を一つも受けてない。これは驚いていいことだと私はかねがね驚いている。金(かね)教育をなぜしないか、早くしたまえと何度も言ったが誰も耳を貸さない。
 古くは保全経済会、ねずみ講、近くは豊田商事、ことにねずみ講はサギだと承知しているはずなのに、いまだによく似たものにだまされている。
 だまされたものの集まりを、新聞は被害者友の会みたいに書くが、あれは被害者なんかではない。欲ばりの仲間の会である。取戻せる見込はまったくない。
 読者のすべてがまかり間違えば手を出す可能性があるものだから、見込があるような記事を掲載するのである。迎合である。
 『株』もまた欲である。底値で買って天井で売るなんて本職にだって出来ない。だから昔は素人は手を出してはならぬと禁じられていたのに出したのだから、二度と出さなければいいのである。」


  (山本夏彦著「『社交界』たいがい」文春文庫 所収)
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2006・02・05

2006-02-05 08:30:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)と山本七平さん(1921-1991)の対談集から。

  「七平 だいたい『愛』という言葉は仏教用語じゃいい言葉じゃないんですよ。これは物集高見(もずめたかみ)さんというあの物好きが一生懸命集めたでしょう。あれを全部調べると、『愛』っていうのは仏教に関する限り、いい言葉ではない。むしろ煩悩なんです。だからあんなのは早く脱却しなくちゃいけないんで、『愛してるわ』なんて言われたら逃げなくちゃ危険だと言うんです。
     あれは煩悩のかたまりだと思ってね。儒教だとむしろ敬天愛人みたいな意味で、もうちょっと意味が違うんです。
     だから、キリシタンは『愛』という言葉を使ってないですよ、あの時代ですから。キリシタン文書には絶対出てない。

   夏彦 『慈悲』というのがありましたね。ちょっと違うけれど『おカミにもお慈悲があるぞ』と平次は言っています(笑)。

   七平 それから『御大切』です。

   夏彦 ああ『御大切』。

   七平 これはいい言葉。名訳でしょう?

   夏彦 素晴らしい言葉ですね。今でもまだ死んではいません。『御身御大切に』なんて女の人は辛うじてまだ使っていますね。あれはその名残なんでしょう。よく言っとかなくちゃ(笑)。
    西洋では男女の愛も神の愛も共にラブです。他人を自分のように愛するのがキリスト教の理想ですが、それはできない相談です。できなくてもあきらめないでなおつとめる、祈るところに神がいるのだと言います。愛するという言葉に神が欠けているのを若者は敏感にかぎとって、女がいくら言わせようとしても言わないのです。男が言わないのにはわけがあるのです。あしからず(笑)。」

  (山本夏彦・山本七平著「夏彦・七平の十八番づくし」中公文庫 所収)
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2006・02・04

2006-02-04 06:55:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「 健康な人は本を読まない。そもそも本を必要としない。必要とするのは選ばれた人で、古典だけでいいのである。

  デカルトの時代は読むべき本は少かったが、そのすべてを読んで加えるべきものはなかったという。奇思すでに古人に尽きたり、

 妙想すでに西人に尽きたり、われまた何をか加えんと故人はいったけれども、同じことでも同時代人の口から聞くのはまた別格で

 ある。だから本は出てもいいが、明治大正までの初版五百部か七百部でいい。版元も書店も家業でいい。

  もともと本を読まない野次馬に読ませなければベストセラーにはならないのだから、彼らの気にいる本をつくらなければならない。」


 「 人は済度しがたいほど醜聞が好きである。近ごろのヒットはダイアナ妃騒ぎである。もと王室の醜聞ならこれ以上の醜聞はない。

  あれはマリリン・モンローに次ぐセックスシンボルである。マスコミの餌食である。わが皇室も開かれたものにせよというのは餌食

 になったらさぞよかろうという願望である。

  言論は醜聞ばかりではないというが、ソ連べったり中国べったり北朝鮮べったりもまた別派の醜聞である。灰谷健次郎も相田みつを

 も一杯のかけそばも良心的という醜聞である。」


  (山本夏彦著「『社交界』たいがい」文春文庫 所収)
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2006・02・03

2006-02-03 09:00:00 | Weblog
 
  今日の「お気に入り」は、養老孟司さんの「超バカの壁」(新潮新書)から。

 「 中国や韓国が日本の戦争責任について言い募り、それに対して日本人が反発するという状況が続いて

  います。額面どおりに受け取れば、彼らは被害者としての心情をぶつけているということになります。

  また、戦略として反日を唱えているという説も一般的によくいわれています。

   これに加えて、もう一つ心理的に複雑な問題があるのではないかと思います。実は中国、韓国、北朝

  鮮は、結局過去の大日本帝国というものを、暗黙のうちにまだ一種の理想像として考えているのでは

  ないでしょうか。特に北朝鮮はその典型です。

   彼らは実は昔の日本のような国を理想としている。そのことは冷静に見ればおわかりになるはずです。

  軍事力を増強させて、経済力を強くしようとしています。中国や韓国がやっていることはまさに戦前の

  日本の富国強兵路線です。結局、彼らは日本の真似をしている。本来憎むべき相手をなぞっていると

  いうことが暗黙の引け目となっている。それが、おそらく一連の反日の背景にあるのではないかという

  気がしてならないのです。金正日あたりの本音は多分日本びいきでしょう。

   暗黙の引け目をもう少し噛み砕いていえばこうなります。『我々ほどの立派な者たちが格下と思って

  いたあの日本のまねをしているということが腹立たしい。先に富国強兵をやられちゃって、後追いせ

  ざるを得ない』という気持ちです。当然のことながら富国強兵などという考え方はすでに時代遅れで

  す。そういうナショナリズムは十九世紀のヨーロッパででき上がった国家概念です。それを東アジア

  で相変わらず持ち続けている。この心理的な問題というのは結構大きいと思います。本質はここに

  あるのではないでしょうか。


 
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2006・02・02

2006-02-02 06:25:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、養老孟司さんの著書「超バカの壁」(新潮新書)から。

 「仕事というのは、社会に空いた穴です。道に穴が空いていた。そのまま放っておくとみんなが転んで困るから、そこを埋めてみる。ともかく目の前の穴を埋める。それが仕事というものであって、自分に合った穴が空いているはずだなんて、ふざけたことを考えるんじゃない、と言いたくなります。」

 「最近は、穴を埋めるのではなく、地面の上に余計な山を作ることが仕事だと思っている人が多い。社会が必要としているかどうかという視点がないからです。余計な橋や建物を作るのはまさにそういう余計な山を作るような仕事です。もしかすると、本人は穴を埋めているつもりでも実は山を作っているだけということも多いのかもしれません。
 しかし実は穴を埋めたほうが、山を作るより楽です。労力がかかりません。
 普通の人はそう思っていたほうがいいのではないかと思います。」

 「人生の価値は金を稼ぐことだと思っている人もいるでしょうが、私は何となく、世の中の穴を埋めることだろうと思っています。世の中に穴が空いていると、何かみんな困るから、それなりに、それを平らにすることだと。仕事で埋めるのか、学問で埋めるのか、それは人それぞれでしょう。
 学問がすべてだと言っているのと、お金がすべてだと言っているのは同じです。『何々がすべて』という考え方は大方怪しいと思っておいたほうがいい。愛がすべてというのも同じようなものです。この手の言い方こそが一元論から来ているのです。お金がすべてなのではありません。『俺にとってはお金が大事だ』と言っているだけのことです。」

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香鑪峰の雪 2006・02・01

2006-02-01 10:30:00 | Weblog

 今日の「お気に入り」は、中唐の詩人白居易(772-846)の「重題(重ねて題す)」と題した詩と「対酒(酒に対す)」と題した詩の二篇。原詩および読み下し文はともに、中野孝次さん(1925-2004)の著書「わたしの唐詩選」(文春文庫)からの引用です。

 重題        重ねて題す  白居易

  日高睡足猶慵起   日高くして睡(ねむ)りたるも猶起きるに慵(ものう)し
  小閣重衾不怕寒   小閣に衾(ふすま)を重ねて寒を怕(おそ)れず
  遺愛寺鐘欹枕聽   遺愛寺の鐘は枕を欹(そばだ)てて聴き
  香鑪峯雪撥簾看   香鑪峯の雪は簾(すだれ)を撥(かか)げて看る
  匡廬便是逃名地   匡廬(きょうろ)は便(すなわ)ち是れ名を逃るるの地
  司馬仍爲送老官   司馬は仍(な)お老を送るの官為(た)り
  心泰身寧是歸處   心泰(やす)く身寧(やす)くば是れ帰処(きしょ)
  故郷何獨在長安   故郷なんぞ独り長安に在らんや

 対酒       酒に対す  白居易

  蝸牛角上爭何事  蝸牛角上何事をか争う
  石火光中寄此身  石火光中 此の身を寄す
  隨富隋貧且歡樂  富に随(したが)い、貧に随って、且(しばら)く歓楽せよ
  不開口笑是癡人  口を開きて笑わざるはこれ痴人

 「対酒」についての中野孝次さんの明解な現代語訳は次のとおりです。

 かたつむりの角の上にも似た小さな狭い世界で、いったい何を争っているというのか。政権争いなどまことにくだらぬこと。君も僕もいずれこの天地の間、火打石を打ち合わせた火花のように瞬時を生きる身ではないか。富んだ者も貧しい者もそれなりに束の間のこの人生を楽しもうではないか。口を開けて笑えるような愉しい日を持たぬやつはバカだ。 
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