「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2006・02・15

2006-02-15 06:30:00 | Weblog

 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「それ者という言葉は花柳界が滅びると共に死語になった。玄人のことである。芸娼妓のことである。素人と玄人の区別がなくなったのは、何より貧乏がなくなって、皆が皆高校大学へ行くようになってからである。貧乏はいつまであったか。高度成長というより東京オリンピック(昭和三十九年)までといったほうが早分りである。それまでは早く戦前に返りたいと言ったが、以後はもう戦後ではないと言った。戦前に追いついて追いこしたからである。
 戦前は貧乏人の子だくさんで、子は六人も七人もいたから、食べさせるだけで精いっぱいである。小学校は義務教育だから仕方がない、卒業を待って男の子は口べらしにすぐ奉公に出した。女の子は『おしん』のような守っこ(子守)に出した。
 すこし器量がいいと芸者の下地っ子に三年か四年、百円か二百円の前借で年季奉公に出した。数え十六になると芸者にした。その時はまた改めて前借できたから、女の子が生れると喜ぶ親があった。慶(桂)庵または女衒(ぜげん)といって毎年娘を買いにくる周旋人がいたからそれに頼んだ。」

   (山本夏彦著「『社交界』たいがい」文春文庫 所収)
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