「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

楔 Long Good-bye 2024・05・26

2024-05-26 05:26:00 | Weblog

 

  今日の「 お気に入り 」は 、今 読み進めている

 本の中から 、備忘のため 、抜き書きした 文章 。

 

  引用はじめ 。

  「 甲斐はその日の午後七時ごろ 、西丸下にある
  久世大和守(広之)の屋敷へゆき 、八十島主計
  (やそしまかずえ)となのって 、大和守に面会
  を求めた 。」

  ( ´_ゝ`)

  「 大和守は小姓を一人伴(つ)れただけで出て来た 。
  髪が白くなっただけで 、あのころと殆んど風貌
  が変らず 、六十一歳という年よりはるかに若く
  みえた 。
   大和守が設けの座につくと 、亀谷清左衛門が
  披露しようとした 。大和守はそれを遮り 、よ
  しわかっていると云って 、甲斐を見た 。
  『 久びさの対面だな 、原田 』
  『 おそれながら 』と甲斐が云った 、『 お取
  次まで申上げましたとおり 、わたしは八十島
  主計と申す浪人者でございます 』
   大和守は微笑した 。すると 、眼尻と唇の脇
  に皺がより 、それが年だけの老いを証明する
  かのようにみえた 。
  『 そうであった 』と大和守は云った 、『 う
  ん 、いつぞやどこかで会ったことがある 、い
  やたしかに 、たびたび会ったことがあると思
  うが 、今日はまたなんの用があってまいった
  のか 』
  『 いささか珍しい物が手にはいりましたので 、
  お笑いぐさに献上かたがた 、世間ばなしなど
  お耳にいれたいと存じまして 』
  『 世間ばなし 』
  『 御身分高き方がたには思いもよらぬような 、
  桁外れな話しが世間にはいろいろとございます 、
  お骨休めにもなればと存じまして 、二三御披
  露つかまつりたいのですが 』
  『 よかろう 、が 、まず土産を見ようかな 』」

  ( ´_ゝ`)

  「『 浪人の身で 』と大和守は云った 、『 かよ
  うに高価なものが自由になるとは 、よほど内
  福のうえによき手蔓があることだろうな 』
  『 おそれいります 、内福どころか家政は火
  の車 、いまにも所帯じまいをしかねないあり
  さまでございます 』
  『 所帯じまい 、―― 』
  『 もちろん御存じはございますまい 、これ
  は下世話の申す言葉で 、家計がゆき詰まり家
  主に追いたてられまして 、一家親子がちりぢ
  りに駆け落ち夜逃げなどをすることでござい
  ます 』
  『 しかも 、かようなものを土産にくれると
  いうのか 』
  『 おそれながら大和守さまは 、当代十善人
  のお一人と世評にかくれもございません 』と
  甲斐は云った 、『 御威勢なみならぬ厩橋さ
  まはじめ 、閣老諸侯多きなかにも 、この美
  酒を差上げ 、味と香を篤と味わって頂きたい
  のは 、大和守さまごいちにんでございます 』
   甲斐は両手を膝に置いて 、静かに大和守の
  眼をみつめた 。大和守広之はその眼を見返し
  た 。甲斐の眼は静かだったが 、大和守の視
  線には 、相手の心を読み取ろうとするような 、
  一種の力がこもっていた 。
  『 うん 』とやがて大和守は云った 、『 この
  酒の味と香りは珍重だ 、これを味わいながら
  話しを聞くとしようか 』」

  ( ´_ゝ`)

  「『 まず御覧を願いたいものがございます 』と
  会釈して 、甲斐はふところから 、奉書に包ん
  だ書状を取出し 、小姓に向かって 、『 これを 、
  御前へ ―― 』と云った 。
  『 それには及ばぬ 、そのまま寄れ 』と大和守
  が云った 。 
   甲斐は膝ですり寄って 、その書状を差出したが
  大和守が受取るとすぐに 、元の座までさがった 。
  『 これはどういうものだ 』
  『 まず御披見願います 』
   大和守は杯を置いて 、包んである奉書紙をひらき 、
  中から四つにたたんだ書状を出した 。そうして 、
  燭台のほうへ向けて 、書状を眼からやや遠ざけな
  がら読んだ 。甲斐の眼はするどくなり 、大和守の
  表情の 、どんな変化もみのがすまいとするように 、
  じっと眸子(ひとみ)を凝らしていた 。―― 大和守
  の顔はゆっくりと硬ばってゆき 、下唇がさがった 。
  書状を見る眼は動かなくなり 、その表情には激し
  い驚きと 、怯えたような色があらわれた 。」

  ( ´_ゝ`)

  「『 ではうかがいます 、その証文はどう
  いう意味でございましょうか 』甲斐は
  杯を置いて 、静かに大和守を見まもっ
  た 、『 十年以前 、御側衆であられた
  某侯が 、ひそかに同じ趣意の忠告を与
  えられました 。侯は三十万石分与とい
  う密約のあることを知って忠告をなさ
  れた 、もちろんその証文の他のお一人
  は 、天下に並ぶものなき御威勢のある
  方です 、しかし 、―― いかに御威勢
  並ぶものなき方でも 、六十万石を分割
  し 、御自分の縁辺に当る者に三十万石
  を分与する 、などということができる
  ものでしょうか 』
   大和守は屹と歯を噛みしめた 。すると
  両の頬の筋肉が動き 、唇が白くなった 。」

  引用おわり 。

 この章には 「 楔 ( くさび ) 」という小見出しが

 ついている 。巻き返しの一手になるか 、どうか 。

 物語の切所 ( せっしょ ) 。

 

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