今日の「 お気に入り 」は 、山田太一さんの「 月日の残像 」から 。
備忘のため 、抜き書き 。
引用はじめ 。
「 この間のことで残像もまだ雑多だが 、七月の中旬 、
イスタンブールのトプカプ宮殿の前庭で軍楽隊の行進
に出会った 。
『 トルコ十一日間 』というツアーに参加したのである 。
かねがねトルコを見たいといいながら 、言葉も出来ない
七十代の夫婦が 、頼れる知人もなしに個人で出掛けても
手も足も出ないだろうと ( それはもう行ってみて本当に
そうだった ) 棚上げにしていたのだが 、急にその気にな
ったのである 。
観光の定番だからトプカプ宮殿の前は大変な人だった 。
多くはツアーの人たちである 。日本人は年間十万人ほど
で 、一番多いドイツからの客は二百万人というのだから 、
背の高い白人の男女が多い 。チケットをさし込んで通る
ゲートを入っても 、また人でいっぱいで 、宮殿に至る
中央の道も人で溢れている 。港に豪華客船が停泊してい
て 、そこからのグループも十何組もあるとのことだった 。
急に人込みの先で 、あのトルコの軍楽がはじまった 。
シンバルと太鼓とトランペットとオーボエ ( というのは
西欧の楽器になぞらえてのことで 、それに近いもの 、も
のによっては 、その原型かもしれないのだが ) の力強い
行進曲である 。 」
「 現代の軍装ではなく 、いかにもオスマン・トルコの軍隊
である 。
( 中 略 )
行進の縦の列が 、横に拡がる 。宮殿を背にして 、観光客
と向き合う位置に並ぶと 、ひとまず演奏が止んだ 。いつの
間にか人々の最前列にはユニフォームの男たちがいて観光客
を制している 。ギャグのようにたっぷりと髭をひねり上げ
た楽長が見物人に背を向けてタクトの位置につく 。
それから 、あの曲がはじまった 。向田邦子さんのNHK
ドラマ『 阿修羅のごとく 』のメイン・テーマである 。無
論 、トルコの軍楽隊が日本のテレビドラマのテーマを演奏
したのではなく 、向田さんの方がトルコの軍楽を 、日本の
家族劇に使ったのである 。向田さんではないのかもしれない 。
演出の和田勉さんかもしれない 。あるいは音楽担当のスタッ
フのアイディアかもしれない 。
ともあれ 、テレビドラマの音楽で 、これほど突飛でこれほ
ど秀抜な効果を上げた例を他に知らない 。私にとってこの曲
は『 阿修羅のごとく 』と不可分で 、耳にすると抗いようも
なく加藤治子さん 、八千草薫さん 、いしだあゆみさん 、風
吹ジュンさん 、佐分利信さんの映像が甦ってしまう 。向田
さんの仕草や声音が間近をかすめるような気持になる 。
あくまであのドラマを見た人だけのことだが 、日本人はト
ルコの人には思いもよらない情感でこの曲を聞くことになる 。
その感動があった 。奇妙さが面白くもあった 。そしていく
らかは 、はかないテレビドラマも 、人の心に残るのだとい
う手前勝手な感慨もあった 。それもこれもあのドラマがよか
ったからで一般論にはできない 。失敗した作品だったら 、オ
スマンの軍楽と日本の家族劇の組合せは 、とても無残だった
ろう 。
更に演奏は続いた 。曲が変り 、歌もまざる 。歌も凄い 。
男だけの世界 。太い声の合唱 。力強い太鼓 。高鳴るトラン
ペット 。青年も髭をつけてむしろ中年の強者を装う 。
軍楽隊なのだから当り前だが 、堂々たる強さの誇示 。そし
て華やかな衣裳 。裾長の赤いマントに金色のライン 。紫の
マントに金色もある 。帽子の純白のあしらいも清潔 、正義
を感じさせなくもない 。楽長は鎖帷子のような金属をまとい 、
胸を張り 、剣も見事にそりかえっている 。
臆面もなくためらいもなく『 勇ましさ 』『 男らしさ 』『 強
さ 』『 戦士の美しさ 』の強調である 。とてもとても 、幼な
さ 、未熟 、弱さの魅力などつけ入る隙がない 。
絶えて久しく日本から消えていたものを見ている思いだった 。
人一倍意気地のない私のような男でも 、ここまで女性の冷笑を
気にしないでマッチョを展開したら気持ちがいいだろうな 、と
ふらふらする魅力があった 。
とはいえ 、無論これは現代のトルコの軍隊のなにかを語るも
のではない 。あくまでオスマン・トルコ時代の軍楽隊の再現で
ある 。いい曲ばかりだから式典ぐらいでは演奏されるだろうが 、
いまのトルコ軍がいつもこの軍楽隊に励まされているとは思えな
い 。
しかし 、旅行者の浅い目には 、日本の祭の時代行列のリアリ
ティのなさとは比べ物にならない重厚感 、本当らしさが感じら
れた 。 」
( 山田太一著 「 月日の残像 」新潮文庫 所収 )
引用おわり 。
( ´_ゝ`)
トルコの軍楽隊の行進を 、家族とともに 、東京銀座の街頭で見物
した日のことや 、「 阿修羅のごとく 」の あの場面この場面 を思
い出す 。インパクトある あのメロディー が脳裏に甦る 。なにひと
つ楽器演奏はできないが 、メロディーを口笛で吹くことぐらいは
今でも出来る 。
(* ̄- ̄)
昨日 今日 漸く 秋の気配 。
炎天下 、庭の蜥蜴の背色が綺麗 。
自転車に乗って 、塩辛蜻蛉と並走 。
( ついでながらの
筆者註 : 「 メフテル( トルコ語 : Mehter )とは 、オスマン帝国と
トルコ共和国で行われてきた伝統的な軍楽のことで 、オ
スマン軍楽 、トルコ軍楽とも称される 。また 、メフテルを
演奏する軍楽隊をメフテルハーネ ( Mehterhane ) と言う 。」
「 ジェッディン・デデン Ceddin Deden( 祖父も父も )
NHKドラマ「 阿修羅のごとく 」や ビートたけし主演の中外製薬
『 グロンサン 』 CMで使用され 、日本で最もよく知られたメフ
テル楽曲 。」
以上ウィキ情報 。)