「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

阿修羅のごとく Long Good-bye 2023・09・05

2023-09-05 05:00:00 | Weblog

 

  今日の「 お気に入り 」は 、山田太一さんの「 月日の残像 」から 。

  備忘のため 、抜き書き 。

  引用はじめ 。

  「 この間のことで残像もまだ雑多だが 、七月の中旬 、

   イスタンブールのトプカプ宮殿の前庭で軍楽隊の行進

   に出会った 。

   『 トルコ十一日間 』というツアーに参加したのである 。

   かねがねトルコを見たいといいながら 、言葉も出来ない

   七十代の夫婦が 、頼れる知人もなしに個人で出掛けても

   手も足も出ないだろうと ( それはもう行ってみて本当に

   そうだった ) 棚上げにしていたのだが 、急にその気にな

   ったのである 。

    観光の定番だからトプカプ宮殿の前は大変な人だった 。

   多くはツアーの人たちである 。日本人は年間十万人ほど

   で 、一番多いドイツからの客は二百万人というのだから 、

   背の高い白人の男女が多い 。チケットをさし込んで通る

   ゲートを入っても 、また人でいっぱいで 、宮殿に至る

   中央の道も人で溢れている 。港に豪華客船が停泊してい

   て 、そこからのグループも十何組もあるとのことだった 。

   急に人込みの先で 、あのトルコの軍楽がはじまった 。

   シンバルと太鼓とトランペットとオーボエ ( というのは

   西欧の楽器になぞらえてのことで 、それに近いもの 、も

   のによっては 、その原型かもしれないのだが ) の力強い

   行進曲である 。 」

  「 現代の軍装ではなく 、いかにもオスマン・トルコの軍隊

   である 。

    ( 中 略 )

   行進の縦の列が 、横に拡がる 。宮殿を背にして 、観光客

   と向き合う位置に並ぶと 、ひとまず演奏が止んだ 。いつの

   間にか人々の最前列にはユニフォームの男たちがいて観光客

   を制している 。ギャグのようにたっぷりと髭をひねり上げ

   た楽長が見物人に背を向けてタクトの位置につく 。

    それから 、あの曲がはじまった 。向田邦子さんのNHK

   ドラマ『 阿修羅のごとく 』のメイン・テーマである 。無

   論 、トルコの軍楽隊が日本のテレビドラマのテーマを演奏

   したのではなく 、向田さんの方がトルコの軍楽を 、日本の

   家族劇に使ったのである 。向田さんではないのかもしれない 。

   演出の和田勉さんかもしれない 。あるいは音楽担当のスタッ

   フのアイディアかもしれない 。

    ともあれ 、テレビドラマの音楽で 、これほど突飛でこれほ

   ど秀抜な効果を上げた例を他に知らない 。私にとってこの曲

   は『 阿修羅のごとく 』と不可分で 、耳にすると抗いようも

   なく加藤治子さん 、八千草薫さん 、いしだあゆみさん 、風

   吹ジュンさん 、佐分利信さんの映像が甦ってしまう 。向田

   さんの仕草や声音が間近をかすめるような気持になる 。

    あくまであのドラマを見た人だけのことだが 、日本人はト

   ルコの人には思いもよらない情感でこの曲を聞くことになる 。

   その感動があった 。奇妙さが面白くもあった 。そしていく

   らかは 、はかないテレビドラマも 、人の心に残るのだとい

   う手前勝手な感慨もあった 。それもこれもあのドラマがよか

   ったからで一般論にはできない 。失敗した作品だったら 、オ

   スマンの軍楽と日本の家族劇の組合せは 、とても無残だった

   ろう 。

    更に演奏は続いた 。曲が変り 、歌もまざる 。歌も凄い 。

   男だけの世界 。太い声の合唱 。力強い太鼓 。高鳴るトラン

   ペット 。青年も髭をつけてむしろ中年の強者を装う 。

    軍楽隊なのだから当り前だが 、堂々たる強さの誇示 。そし

   て華やかな衣裳 。裾長の赤いマントに金色のライン 。紫の

   マントに金色もある 。帽子の純白のあしらいも清潔 、正義

   を感じさせなくもない 。楽長は鎖帷子のような金属をまとい 、

   胸を張り 、剣も見事にそりかえっている 。

   臆面もなくためらいもなく『 勇ましさ 』『 男らしさ 』『 強

   さ 』『 戦士の美しさ 』の強調である 。とてもとても 、幼な

   さ 、未熟 、弱さの魅力などつけ入る隙がない 。

    絶えて久しく日本から消えていたものを見ている思いだった 。

   人一倍意気地のない私のような男でも 、ここまで女性の冷笑を

   気にしないでマッチョを展開したら気持ちがいいだろうな 、と

   ふらふらする魅力があった 。

    とはいえ 、無論これは現代のトルコの軍隊のなにかを語るも

   のではない 。あくまでオスマン・トルコ時代の軍楽隊の再現で

   ある 。いい曲ばかりだから式典ぐらいでは演奏されるだろうが 、

   いまのトルコ軍がいつもこの軍楽隊に励まされているとは思えな

   い 。

    しかし 、旅行者の浅い目には 、日本の祭の時代行列のリアリ

   ティのなさとは比べ物にならない重厚感 、本当らしさが感じら

   れた 。 」

   ( 山田太一著 「 月日の残像 」新潮文庫 所収 )

    引用おわり 。

  ( ´_ゝ`)

    トルコの軍楽隊の行進を 、家族とともに 、東京銀座の街頭で見物

   した日のことや 、「 阿修羅のごとく 」の あの場面この場面 を思

   い出す 。インパクトある あのメロディー が脳裏に甦る 。なにひと

   つ楽器演奏はできないが 、メロディーを口笛で吹くことぐらいは

   今でも出来る 。

    (* ̄- ̄)

   昨日 今日 漸く 秋の気配 。

   炎天下 、庭の蜥蜴の背色が綺麗 。

   自転車に乗って 、塩辛蜻蛉と並走 。

 

  ( ついでながらの

    筆者註 : 「 メフテル( トルコ語 : Mehter )とは 、オスマン帝国と

         トルコ共和国で行われてきた伝統的な軍楽のことで 、オ

         スマン軍楽 、トルコ軍楽とも称される 。また 、メフテルを

         演奏する軍楽隊をメフテルハーネ ( Mehterhane ) と言う 。」

        「 ジェッディン・デデン  Ceddin Deden( 祖父も父も )

         NHKドラマ「 阿修羅のごとく 」や ビートたけし主演の中外製薬

         『 グロンサン 』 CMで使用され 、日本で最もよく知られたメフ

         テル楽曲 。

        以上ウィキ情報 。)

 

 

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