「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2007・11・29

2007-11-29 08:40:00 | Weblog



今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)の著書「完本 文語文」から。

 「 むかし私は『竹の柱に萱(かや)の屋根』というコラムを書いたことがある。私は萱の屋根で結構である。
  門戸(もんこ)を張る気はさらにない、机がなければちゃぶ台でもいい、紫檀(したん)や黒檀の高価な銘木
  (めいぼく)の机の前に坐しても、私に私以上の文章が書ける道理がない。
   結局私は老荘の徒(と)だ。私は武林無想庵を反面教師として拒絶しながら、少年のころの一両年を共に
  過して、やっぱり多くを学んだのである。
   ついこの間私は老子の小国寡民(かみん)が理想だと書いた。国が小さくて民(たみ)が少い、民をして遠く
  へ遊ばせない、舟があっても乗せない、甲冑(かっちゅう)があっても着せない、(略)目の前が隣りの国
  で雞や犬の声が聞えるのに、民(たみ)老死に至るまで相(あい)往来しない。
   二千何百年前の人が今日(こんにち)のことを言い当てている。……民ヲシテ死ヲ重ンジテ遠ク徙(ウツ)ラ
  ザラシム。舟輿(シウヨ)アリト雖(イヘド)モ之(コレ)ニ乗ル所ナク、甲兵アリト雖モ之ヲ陳(ツラ)ヌル所
  ナシ(略)隣国相望ミ雞犬ノ声相聞エテ民老死ニ至ルマデ相往来セズ。
   原文にはこうある。民老死に至るまで相往来せずというのが理想郷なのである。何用あって月世界(げつせかい)へ――と以前私は書いた。」

   (山本夏彦著「完本 文語文」文藝春秋社刊 所収)
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