「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2007・11・08

2007-11-08 08:50:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「流行は衣裳だけにあるのではない。言語にも思想にもある。」

 「人は長く首をさしのべ、目下流行の説は何かとうかがう。流行の説は、向うからおしかけてくる。逸早くとびついたものは、遅くとびついたものを笑う。いずれにせよ、人は目下流行の説、あるいは近く流行するだろう説しか言わない。それに反対する説を、一人で言うものはない。言えば逆に憫笑される。
 インテリは流行を馬鹿にするような口吻をもらすが、本当に馬鹿にできるものは千人に一人、万人に一人だと知っている。我々は大ぜいが言うことを、共に言う存在である。この世の中は、自分で考える力のあるひと握りの人と、自分で考える力がなくて、すべて他人に考えてもらう大ぜいの人から成っている。
 大ぜいは他人の考えをおうむ返しに言ううちに、自分の考えだと思って、この世は自分の考えと同じ考えの人に満ちているところだと狂喜して、それに反対のものがいると驚くにいたる。驚いてはじめ仲間にしてやろうとして、仲間になればよし、ならないと今度は別の驚きを驚いて『村八分』にするのである。
 千万人といえどもわれ往かんという言葉がある。自分で考えて正しければ、相手がたとい千万人で、自分が一人でも屈しないと訳されて、今も時々用いられるが、千万人も往くなら俺も往こうと訳すのが本当である。
 かくて、大ぜいは大ぜいが言うことを、共に言う自由をもっている。早くまたは遅く同じことを言う自由をもっている。いつまでも言わないものは、助けて言わせ、それでも言わなければ見放す自由をもっている。いずれも自分で進んでしたことだから、強いられた自覚がない。強いられた自覚がないから、彼らはこれを『言論の自由』と言う。死守しなければならない自由だと言う。
 彼らまた我らは、何より流行が好きなのである。そういう存在なのである。そしてこの世は、流行以外のものがないところなのである。」

   (山本夏彦著「笑わぬでもなし」文春文庫 所収)
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