国道122号沿いの音楽喫茶 『ドルフィン』

さぁ、音楽を聴け!
コーヒーは自分で沸かして用意して…
そんな仮想の音楽喫茶

マイルスの何度目かの分岐点

2010年04月17日 | マスターの独り言(曲のこと)
1968年5月17日。
ある1人のピアニストが新たな階段を上ることになった。
その日、スタジオに行くと
それまで弾いたことのないエレクトリックピアノが…
そしてリーダーから一言
「今日からお前、これを弾け」

あまりのことに当然ながらそのピアニストは面食らってしまったのだが、
次に面食らってしまうのは僕たちだ。
初めて弾いたエレピでの演奏があまりにも上手すぎる。
ちょっとは戸惑ったり、上手くいかなかったり
常人ならばあるだろうが、そこはそれ。
とても初めてだとは思えない。
まぁ、エレピとはいっても鍵盤で演奏するのは変わらないわけなのだが…

そのピアニストは、ハービー・ハンコックで、
リーダーとはマイルス・デイヴィスである。
そしてそのとき録音されたのが、
『マイルス・イン・ザ・スカイ』の1曲目「スタッフ」である。
冒頭からハービーの重く濁った感じのエレピが聞こえてくる。

エレピは通常のピアノよりも「もわ~ん」とした音だ。
ピンと張りつめたような音ではない。
何を狙ってマイルスはエレピを使ったのかは僕は全く想像もつかないのだが、
単なる流行りだからというわけではないだろう。
このアルバムからマイルスはエレキ路線を走ることになるのだが、
それは単に新し物好きといった感じではなく、
時代のもつ流れをジャズに的確に組み入れようとするマイルスなりの進化が見て取れる。

6分間もの間、同じテーマを繰り返し、
飽きがきたところでふっとマイルスのトランペットがソロを取り始める。
マイルスの統制の取れたソロから一変
ウエイン・ショーターのリズミカルなソロになるころには、
いつの間にか催眠術のようにメロディーが耳にこびり付いている。
そして背後には初めてのエレピを弾きこなすハービーと
おそろしいほど勢いのあるトニー・ウィリアムスのドラムが支えている。

正直このアルバムはマイルスがコンセプトを考えたのかもしれないが、
実際に演奏で主導権を握っているのはトニー・ウィリアムスだろう。
フリー系に走っていたトニーにとっては、
例えエレピだろうとアコースティックであろうと関係なく
自分のエネルギー尽きるまでスティックに全てを込めて叩きまくる。
あまりにもはっきりしすぎるドラムは、
間もなくマイルスと袂を分かつことを表しているかのように
進む方向性の違いを感じさせる。

ハービーもまた「スタッフ」でのエレピ体験が
その後を決めてしまったようで、
マイルスの元を離れる前の手みやげとしては大きなものを受け取ったようだ。
やがてマイルスのエレキジャズ時代が始まり、
世間一般の考えるおしゃれなジャズから
様々な音が洪水のように混じり合い、
溶け合いながら生まれていくジャズへと変わっていく。