片脚を伸ばしたアマガエルを見てから模様が気になって、捜したわけではないけれど、目についた3匹を撮った。
皆、じっとしていて、撮るのに何の苦労もない。
今まで、きゃつらの擬態模様は留まっている場所を巧妙に転写しているものと思い込んでいたけれど、違うのではないかと感じる。
3匹とも、いる場所の模様とは違いすぎる。
この模様は、じつは生まれつきのそれぞれのアザのようなものではないだろうか!?
平温ではわからないが、体温が上がると浮き出てくる『おしろい彫り』という刺青が、女体に施してあって・・・なんていう官能小説を読んで興奮したことを想い出す。
そういった具合に模様は決まっていて、体色だけを変化させているのではないだろうか?
もしかしたら、模様部分と地の部分を塗り分けることはできるのかも知れない。
そうして、模様は消し無地一色にもできるのかも知れない。
捕まえてきて実験観察をしてみたいけれど、持続的余裕がない。
じつは暇なので気を入れたらできるだろうけれど、思いつきと行き当たりばったりの興味に流される生活なので無理か・・。
誰かが夏休みの観察記録にでもしてくれたらいい。
私は、そこに意識はあまりいかなくて、
目の前の対象から目が離せない。
嬉しがるだけで、自分の来し方にフィードバックしない。
sukeboさんは哲学的だけれど、私はいくつになってもアウトドア派です。
ほんとに青春時代はあとから・・・赤ちゃんの頬手足・・・昔はボクたちも・・・
きゃつらの擬態模様は・・・・
解からないから「神秘」と逃げるのでしょうね?
「言葉では表せない」とはカイコウ健は物書きとして言わないと!