智の庭

庭の草木に季節の移ろいを感じる、日常を描きたい。

地主に嫁ぐ、婿入りする、ということ(改変)

2013年10月23日 | 釣り吉さん
私は、サラリーマンの家庭で育ち、

現夫は地主であり、自営業者でもあり、親の代は農家でした。

私は生活を共にして以来、カルチャー・ショックの連続でした・・・・



この地は、元農家、転じて造園業・植木生産卸業という家が、ゴロゴロしている。

周囲のお宅を見回して、夫と同世代(50ー60歳前後)の男性は、母親と同居の独身。

嫁がいない。

結婚できない原因、もしくは、嫁が逃げる原因は、

嫁という他人と「分かち合う」意識が、地主の男性と姑に薄いこと、と推察します。



その世代の男性の親は、大正か、昭和ヒトケタ世代。

昔の伝統的な家族観を有し、息子が結婚したら、親と同居は当然。

農家は長子相続が基本で、残りの子供は「余計な食い扶持」。

兄弟姉妹が平等に扱われることはなく、低い扱いを受けた子に、禍根を遺します。


父親が世を去ると、母親が跡継ぎ以外の弟姉妹に、遺産放棄をさせます。

「分ける」ことは先細り、生計が成り立ちません。

「長男が農業を継いでくれるなら・・」と、他の姉妹も、母の前では黙認しますが、

長男が農業を捨て、「働かなくても金が入る」不動産経営や、切売りを始めると、

その収入を姉妹に分配しない限り、「話が違う」と、兄弟姉妹との関係は険悪になり、縁が切れるケースが多いです。



このように農家は、血を分けた子供でも差を設けて当然で、

まして、他人である嫁に対しては、どこまでも冷たく「嫁の分際」。

子供を産んでも、「嫁は他人」。

嫁が堂々と「根が張れる」時は、舅姑が去り、夫も去り未亡人となって、息子と二人になったとき。

それまで虐げられた分だけ、息子との距離が近く、親子というより「年上の女房」。


こちらで知り合った、地主のお嫁さん、夫や姑に遠慮して、多くを語りません。

ストレスの多い人生だろうと、推察されます。


普通のサラリーマン家庭では、

妻が専業主婦で、夫名義で購入した家であっても、夫婦共有財産という意識が根底にあり、

夫婦喧嘩したくらいで、「出て行けー」との発想は出にくいでしょう。

前夫とはマンションを共同購入しましたが、「出て行け」と互いに言ったことはないです。

地主の家では、身代が傾いて、嫁(もしくは婿)がこれを救いでもしない限り、

土地・家屋は、どこまでも直系血族のもの。



夫は気に食わないと「出て行け!」「いつ離婚してもいい!」といいます。

むろん、この瞬間沸騰湯沸し的性格は、夫の個人的なものですが。

元農家・地主に嫁いだ方たちの 愚痴話を聞いていると、多かれ少なかれ、

根底に、地主根性、つまり、血を分けた身内とも「分かち合わない」排他性が、

他人である嫁に、「冷たい仕打ち」となって現われている。



土地の価値が異常に高い、この日本にあって、

都市近郊の土地を「持つもの」と「持たざるもの」の落差は大きく、努力による逆転は困難。

生まれながら「持つ」ことで、最初から経済的に絶対的に有利に立ち、

「持たざる人」妻・ムコに対して、無意識に、傲慢に振舞う。

「悪い人」ではないけど、「どこか冷たい人達」。



長男に嫁が来ないので、最終的に、その土地資産は、姉妹の子供に渡り、

その子たちは、農業や植木生産業など家業を継ぐ気は毛頭無く、売却して終わり。

働かずして得た金は、すぐ消える・・・

「末広がり」ならぬ「末萎み」。

心を、愛をかけなかった、因果応報・・・でしょう

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