智の庭

庭の草木に季節の移ろいを感じる、日常を描きたい。

青森を旅する、2日目

2015年11月25日 | 国内旅行
弘前2日目の午後は、業界団体主催による「弘前城桜守から、桜の管理方法について伺う」勉強会が弘前城公園であります。

それまでは、自由時間ですので、まずはお寺を訪ねます。

最勝院五重塔

長勝寺と共に津軽藩主ゆかりの建造物で、国指定重要文化財です。

雪の重さに耐えられる様に、柱や梁はどっしりと太いです。


明治期の豪商・藤田家の庭園から、北国の紅葉は色鮮やかで、まさに「錦」




弘前城の三の丸庭園



明治期、津軽家が東京に本拠地を移して以後、荒れ放題になっていた庭園を復興し、桜を場内に植え市民に公開したそうです。


世界を見渡しても、庭園文化をこれほどまでに開花できた民族は、イギリス人と日本人ぐらいではないでしょうか。

衣食住が十分に足りて、平和で富裕でなければ、「庭」に時間もお金もつぎ込めないと思います。

ティータイムと茶道も、余裕がなせる技でしょう。


午後の研修会では、有意義な講話を伺い、更に園内を散策しながら説明を受けます。

このような研修会に出席すると、常日頃から問題意識を持って仕事している人は、質問が出るものです。

また、質問の内容から、その人の意識レベルまで推し量れるものです。


私は、夫と結婚して「裏方・女将さん業」に徹して、現場の一線を退いてはいますが、

現場監督をしていた頃の疑問が浮上してきて、幾つか質問しました。

夫も具体的かつ実践的な質問をしていました。


夜の懇親会では、かって私が知り得た方と、久しぶりに旧交を温めることができました。

私が転職して、この業界の研修会に参加するようになって知り合った同業者であり、その方も積極的に鋭く的を得た質問をする人でした。

その方は今では、会の主催者になり活躍されていました。


自己紹介のコーナーで、夫がトイレで中座しており、妻の私が代わって挨拶し、夫の仕事の特色も宣伝しました。

今回、その方から、夫に仕事の引き合いがありました。

夫もまた、特殊技能に特化して職人(従業員)を育て、この業界で踏ん張ってきた歳月があり、

機が熟したところへ、私が三十代に頑張った仕事の「縁」が活きたのです。嬉しい限りです。


ちなみに、この研修会への参加お誘いがあった時、夫は断りました。

私は、即座に「参加します」と答え、「あきちゃん、出ましょう。せっかくのお誘いですから」

と渋る夫を説き伏せた経緯があります。

自分でいうのも何ですが、「内助の功」です・・・・えへへへ・・・・・


青森を旅する

2015年11月24日 | 国内旅行
11月上旬、5泊6日で青森を訪ねました。

今回は、前半の2泊を弘前、1泊を青森、後半2泊を浅虫温泉にしました。

弘前では、某業界団体の研修会に出席する予定で、前半は半ば仕事です。


さて、当日朝、新幹線のチケットを購入しようと、JRの窓口を訪ねると、

なんと、直近発は満席、1時間後なら空席がわずかに残っている、とのこと。

平日でも、紅葉のシーズンのため混み合い、しかも東北新幹線は全席指定!

知らなかった~~、とぼやきつつも、大宮でランチを楽しむことにしました。


そして、いよいよ「はやぶさ」登場



前は 「秋田こまち」と連結しています。

大宮駅では長野新幹線も到着し、にわか鉄道ファンになって、写真をパシャパシャ撮っている私。


ところで、東北新幹線では、東海道での「こだま」に該当するのが、「やまびこ」。

なんて、素敵なネイミング!

はしゃぎながら、ふと「こだま と やまびこ、そもそも何が違うの???」と夫に質問。

二人してしばらく考え込みますが、答えはでません。


車窓を眺めると、仙台は紅葉の色づきは浅く、盛岡もまだぼんやりで、青森に近づくと晩秋の候となりました。

新青森駅で奥羽本線に乗り換え、弘前へ。

普段、車で生活している私たちは、電車に乗ることが非日常ですのに、しかも見知らぬ土地の単線。

白神山地、八甲田の山々、岩木山、稲刈り終わった津軽平野、りんごの木々に沢山の赤い実が見えます。

旅情が かき立てられます。


夜は、翠明荘で懐石料理をいただきます。

お食事を終えた後、館内を案内していただきました。



明治28年に青森銀行の迎賓館として建立され、贅が尽くされ、

至るところに、鹿児島の「屋久杉」が使われています。

案内された仲居さんに、「鹿児島の島津邸では、秋田杉や青森ひばが、贅沢に使われていましたよ」など会話しつつ



板扉は、南方の楠木の一枚板に 彫刻され、

襖絵も絵師を呼んで描かせ



当時の地方財閥の財力のすごさ、そして、貧富の差に思い至るものでした。

最後、玄関の風よけ室の天井もまた、圧巻の屋久杉の玉杢、

「ご馳走でお腹一杯になり、美術品で胸も一杯になり、ありがとうございました」と辞しました。