週刊「東洋経済」誌の「さらば!スキルアップ教 教養こそ力なり」を読んで、いろいろと考えてしまいました。
英語、IT、会計は小手先のスキルであり、教養こそがこれからの「学び」という趣旨のもの。
本当にそうでしょうか?
小職自身もリベラルアーツは絶対に必要だと考えます。
日本人として、国際人として、文学、歴史、芸術、哲学、音楽・・・等学び続けることは必須です。
東洋哲学や西洋哲学を学ぶことにより世界が広がります。
日本文化の代表とも言える歌舞伎、能、源氏物語や和歌・俳句などの古典文学、武道や武士道、現代文化のアニメやマンガ・・・。
日々の生活をより豊かにしていくためにも、学び続けることが理想だと思います。
何年か前、友人の米国人から、「What do you think about MURASAKINOUE?」と聞かれて、戸惑ったことがありました。
昔、受験勉強で得た断片知識をごまかしごまかし説明したのですが、紫の上を外国人に説明するためには、それ相応の「教養」が必要です。
京都大学の瀧本氏は、最近の著書の中で「貴族の学問、奴隷の学問」といったことを書かれていました。
今回の東洋経済にも掲載されているのですが、リベラルアーツは貴族的な学問、簿記や経営などの実用的な知識は奴隷が学ばなければならない学問・・・といった内容でした。
同氏は、外資系のコンサルティング会社を経て大学教員になった方ですが、「奴隷の学問」の世界にいる私にとっては、今回の東洋経済の特集と同様、ものすごい違和感を感じたのでした。
ポリスに住まう貴族たちには、現場で日々精神、体力をすり減らしながら、生産活動を行っている名もなき人々の気持ちや苦労は理解できないのかもしれません。
現場で文学や歴史の話をしても、直接的には何も生み出さないのです。
効率性、効果性を一義とします。
日々の小手先の知識よりも教養こそが大事ということを言われても、どこか違う世界のことのように思われます。
弾の飛び交う戦場で、源氏物語を読める人は何人いるでしょうか?
また、就職氷河期の真っただ中にいる若人、職を追われた中高年・・・。
彼彼女たちは、やっばり「小手先の知識」を学ぶでしょう。
簿記や経理、ITやバソコン・・・資格や検定・・・、そういった「奴隷の学問」を学ぶ方が、今日明日を生きるために、どうしても必要だと思います。
トム・ピータース氏が言うように、「努力しなければ、中国人やインド人に仕事を奪われてしまう」という時代になっていると思います。
中国、韓国、インドなどでは、かっての日本人がそうであったように命がけで学んでいるのです。
米国への留学生も日本人は減少の一途をたどり、中国では日本の五倍以上の留学生をアメリカに送り込んでいます。
リベラルアーツも大事。
でも教養では飯が食えないという現実。
ドラッカー理論もリベラルアーツ。
教養がなければ、マネジメントできない・・・。
かってのローマ帝国のように、長期的な衰退、落ちぶれていくワビ、サビをワイン片手に楽しむ・・・という高尚な趣味!?もありだと思います。
今回の一番の驚きは、日本を代表する経済誌が、これからは「教養」だと断言したことに尽きると思います。
欧州の信用不安、リーマン、3.11以降厳しい局面に置かれている日本・・・。
財界や政界、現場まで必死になってのサバイバルを続けています。
経済誌として、そこに提言するのが「さらば!スキルアップ教」「教養こそ力なり」であるとしたら、それは経済の現実から目をそらし、仕事にどっぷり浸かり教養を身につける時間もなかった小職を代表とする奴隷たちに教養を身につけろ!というのであれば、それは少し違うような気がします。
3.11以降、「日経ビジネス」誌は、日本のトップ100シリーズやニッポンの底力シリーズで経済誌としてデキルことを模索探索し、何とか日本経済を元気にしよう、日本を復興しようという姿勢が見え、わたし自身も勇気づけられました。
編集長の宣言も載り、その想いに心を打たれました。
わたし自身、そのような経済誌を真剣に読み続けたいと思います。