最後に申します。あなたがたはみな、心を一つにし、同情し合い、兄弟愛を示し、あわれみ深く、謙遜でありなさい。
悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのだからです。 Ⅰペテロ 3: 8,9
私たちがイエス様の救いをいただいたのは、何のためだったでしょうか。
私たちがイエス様からいただいたものは、「窮屈で煩わしいもの、自分が望まない嫌なこと、呪いのような束縛、人から嫌われる考え方」等々悪いものを受けたのでしょうか。
そうではありません。私たちが受けたのは、「罪の赦し、永遠の刑罰からの救い、新しい喜びと平安の人生、希望の未来、まわりの人に分かち合う祝福」等々です。
イエス様からいただいた祝福を、私たちが次の人々に伝えて行くのです。
もし、あなたがたが善に熱心であるなら、だれがあなたがたに害を加えるでしょう。いや、たとい義のために苦しむことがあるにしても、それは幸いなことです。彼らの脅かしを恐れたり、それによって心を動揺させたりしてはいけません。
むしろ、心の中でキリストを主としてあがめなさい。そして、あなたがたのうちにある希望について説明を求める人には、だれにでもいつでも弁明できる用意をしていなさい。
ただし、優しく、慎み恐れて、また、正しい良心をもって弁明しなさい。そうすれば、キリストにあるあなたがたの正しい生き方をののしる人たちが、あなたがたをそしったことで恥じ入るでしょう。もし、神のみこころなら、善を行なって苦しみを受けるのが、悪を行なって苦しみを受けるよりよいのです。 Ⅰペテロ 3:13~17
イエス様が教えてくださっている良い生き方とは、善を行って苦しみを受ける道です。それを悪い道だと嫌がってはいけません。
兄弟姉妹と心を一つにして兄弟愛を示し、侮辱に対しても祝福を与えるように勧められています。それはまさにイエス様のご生涯です。イエス様が私たちに祝福を受け継がせるためには、多くの苦しみを経なければなりませんでした。私たちも次の人に祝福を継承するためには多くの苦しみを経なければならないのです。
また、朽ちることも汚れることも、消えて行くこともない資産を受け継ぐようにしてくださいました。これはあなたがたのために、天にたくわえられているのです。 Ⅰペテロ 1: 4
私たちはなくならない資産をいただいています。目に見えない祝福こそ私たちが受け継いでいるものです。このことを心から信じて受け入れ、主に感謝ましょう。