大町市八坂、横瀬バス停横に「大黒天像」一基。「矢下氏子中」の刻
大黒天像とバス停標識の間に、赤子を抱いてあやすお坊様像。髪の毛が無いからお坊様・・・もしくは尼様かも。情報が無いので詳細は不明。
「握手肩抱き双体道祖神」の拓本標識
大町市八坂大平、村営保養センター明日香荘への坂道下の覆い屋に「双体道祖神」二基。「大黒天像」一基。
覆い屋と「双体道祖神」
覆い屋の向かって左手の「握手双体道祖神」「嘉永二年(1849)酉十一月吉日 矢田川村北 之沢矢下梨ノ川 帯代十五両」の刻。お顔の感じからさしずめ熟年の男女神でしょうか。いつまでもこんな風に寄り添って生きてゆければと思います。
覆い屋向かって右手の「握手肩抱き双体道祖神」。「明治二十年(1887)亥一月吉日 矢下北ノ沢村中 帯代五円」の刻。目鼻立ちがいかにも逞しそうな男女神。頬を寄せ合い、しっかりと肩を抱く手にも力が入っています。
七福神の一座で、五穀豊穣・開運・出世の神様とされる大黒天。
「明治 吉日」の刻はかろうじて読み取れるのですが、それ以上は不明。
村営保養センター明日香荘入り口
大町市八坂舟場、金太郎参道前の覆い屋の中に「双体道祖神」四基。
多分・・・「祝言双体道祖神」
男女神の持ち物が今ひとつ判然としません。
「握手双体道祖神」。女神が男神の手をしっかりと握りしめています。
雨の降る中、急いでの撮影だったので、ブログ掲載の為に見直すまで全く気が付きませんでした。一応調べた所・・・「交合型双体道祖神」と分類されているそうです😅
大町市八坂石原満仲、道路から一段高い土手の上に「地蔵堂」「二十三夜塔」「石仏」「青面金剛像」「地蔵菩薩」「双体道祖神」各一基。
「酒器祝言双体道祖神」「 弘化三午(1846)十一月吉日 金十両帯代 」の刻。長い年月が女神のお顔から表情を奪ってしまいましたが、二人の睦まじさは消える事はありません。
小さな赤子を膝に抱くのは「子安観音」もしくは「慈母観音」。とても美しいお顔の菩薩様ですが、詳細は不明。
「二十三夜塔」と「石仏」
「青面金剛像」には「享保二十年」の刻。穏やかな笑みを浮かべられる「地蔵菩薩像」。
撮影日:2016年4月17日
ありがとうございます😊
こんなにいろいろ行かれてすごいなと
毎日思って見ています。
急に寒くなりましたので、お体お気をつけて
お過ごしくださいね😊
今、キミーさんのブログを読みました。
キミーさんのブログは一番のお気に入りなので、つい
しっかり読もうと後回ししてしまって・・
お声がけいただいていたのに、気づかず、
すみませんでした。
井沢さんの本、お持ちなのですね!!
こんなすぐに井沢さんの読者が、と嬉しくびっくりしました😊
男系天皇制のこと、真剣に憂慮されているコメントは勉強になりました。
tibinekoさんが発信されている、日本の道祖神などの風景の大切さが人々に伝わると良いのですが。
健康を害されているのですね。
ご夫婦で少しでも楽に過ごされますように。
日本を真剣に案じておられるtibinekoさんの話をまた伺いたいです。
いつも優しい言葉をありがとうございます。
「有難そうな石仏」って言われたら、石仏のお顔も更にありがたく見えてきますよね。
物言わぬ石仏に変わってお礼申し上げます(⌒∇⌒)
日本と言う国はとても不思議な国で、何にでも神様がいるよと教えられてきました。
暮らしの中に神も仏も共に混在し、かって人々はそれをごく当たり前の事として生活してきたと思います。
宗教による諍いが起こり始めたのは、「吾こそ唯一の神(仏)」と声高に主張し始めた故だと思います。
基本的に、万物全てに神は存在しているというのが私たちのスタンスなので、野に佇む仏も、何千年と生きて来た木々にも、足元の花にさえも神は宿っていると思っています。
そうして出会うべくして出会えた人の心の中には、神仏がいると信じています。
まかろんさんとの素敵な出会いにも、心から感謝しています。