車泊で「ご当地マンホール」

北は山形から南は大分まで、10年間の車泊旅はマンホールに名所・旧跡・寺社・狛犬・・思い出の旅、ご一緒しませんか。

松箒(まつぼうき)橋梁・美作河合駅 in 岡山県津山市

2021年12月23日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・岡山県

津山市加茂町山下、JR因美線美作河井駅~知和駅間に架かる石造りの鉄橋「松箒(まつぼうき)橋梁」。橋梁と橋を通る列車との風景は鉄道ファンにとって絶好の撮影スポットと言う事で、列車運行の時刻が近づくと大勢の撮り鉄さんが集まってくるとか・・

確かにこのロケーションに一両電車が加われば、被写体としては完璧!撮り鉄でない私たちでも必死でデジカメを向けると断言できます😀

道路を跨いで尾根から尾根に高さ100m近い円柱橋脚橋桁が渡る姿は、もうそれだけで圧巻。・・・ああ、本当にあと30分待てば電車が来ると誰かが言ってくれたら、絶対に最後の予定をキャンセルするのに。

因美線最後の駅は「美作河合駅」。途中に見かけた「矢筈城址」の文字に心を惹かれましたが立ち寄るには調査不足。もしかしたら、いつか立ち寄れる日もあるかもしれません・・好奇心はそれまでお預け。

津山市加茂町山下(旧苫田郡上加茂村山下)にある「美作河合駅」は、岡山県の最北端に位置する駅として知られています。昭和6年(1931)9月12日 - 因美南線 美作加茂駅 から当駅間延伸により終着駅として開業。翌年に智頭駅までが開通したことで、途中駅となりました。

単式ホーム1面1線を有する地上駅。かつては島式ホーム1面2線と留置線1本を有する合計1面3線の駅でしたが、1997年に行き違い施設が撤去され停車場となりました。

駅の南西には、かつて除雪車の向きを変えるために使用されていた手動の転車台が存在し、2009年2月に近代化産業遺産の認定を受けています。

深さ1.5m、円の直径12.4m、枕木の幅2.1m。この規模の転車台は、愛知県犬山市の「明治村」と青森県中泊町の「津軽鉄道津軽中里駅」の二基があり、完全な形で残っているものは「美作河井駅」のものが唯一といわれているそうです。

かつて鳥取方面からの除雪車を折り返すために使われた転車台。使用されなくなって以降は、草木に覆われ土中に埋まっていたのですが、2007年4月に全国から集まった鉄道ファンによって掘り起こされたと言う、エピソードつき。発掘作業に目を輝かせてこの線路に降り立った彼らの高揚した息遣いが聞こえるような気がします。

転車台の向こうに見えた矢筈城址の看板。何とこの駅は難攻不落の山城として有名な矢筈城の登城口になっているのです。

美作国と因幡国に勢力を有した『草苅衡継』が、天文元年(1532)から翌2年にかけて、加茂町山下から知和にまたがる標高756mの矢筈山に築いた、岡山県内最大の中世山城「矢筈城」。美作河井駅から急峻な登山道で、本丸まで約2時間弱だそうです。・・・・・とてもではありませんが無理😠、登山道が急峻で無かったとしても、絶対に!!無理!😠!

JJR因美線の駅舎巡りは「美作河井駅」で終了。こうしたのどかな駅舎を訪ねて巡るのは童心に帰ったようで心が弾みます。そう言えばこの時より三年前の4月、鳥取県智頭町を訪ね因美線智頭駅に立ち寄っていました。画像を見直してみると、なんとなく不思議な気分です。

実は加茂町域を走る因美線の電車、美作河井駅からの帰路にもう一度見る事が出来ました。ところが不意打ちだったのでこんな風に遠くからしか写せず、頑張って走ったご亭主殿は、無残にも車体の一部のズームアップという残念な結果に😅

それにしても、全く同じ一両電車なのに都会のビルがバックだと、途端に趣が失せてしまいます。電車にしてみれば「何でやねん!!」と、ぼやきの一つもこぼしたくなる所😅

訪問日:2015年4月24日(智頭駅のみ2012年4月14日)


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