大倉記念館の近く、伏見区東柳町に門を構える「真言宗醍醐派:辨財天長建寺」。元禄12年(1699)伏見奉行建部内匠頭政宇が中書島開発の際、深草大亀谷の即成就院から塔頭多聞院を分離して創建。一般に「島の弁天さん」と親しまれています。

朱色の竜宮門と言うのはかなり珍しい気もしますが・・どうなんでしょう?

ご本堂の近くに奉納されていた石・・・、見方によっては蛇の頭のようにも見えます。近くに説明のようなものがあったと思ったのですが、それらしい画像が無いところを見ると勘違いかも・・

伏見の観光名所としては五本の指に入るという「寺田屋」。幕末の歴史ファンには圧倒的な人気を博している観光地ですが、正しくは寺田屋跡というのが正解。

ちなみに「寺田屋」の建物には、事件当時の「弾痕」「刀傷」、さらに「お龍が入っていた風呂」まであり、まるで当時そのままの建物のように説明されています。が、実際には事件の舞台となった「寺田屋」は、鳥羽・伏見の兵火で焼失。現在の建物は後の時代に、当時の敷地の西隣に建てられた事が公式に結論づけられています。単なる記念館としてみる分には問題ないのですが、偽者を本物とするのは如何なものでしょう。

実際の「寺田屋」の旧跡地は、旅籠寺田屋の西隣にあり、そこには懐手の竜馬像が申し訳のように建立されています。何とはなく憮然と佇んでいる私の耳に「こんまかことは、かまんき~」と苦笑いする竜馬さんの声が聞こえた気がします。

伏見区には、明治期に建てられた歴史的な建造物が幾つか残されていますが、「稲荷駅のランプ小屋」もその一つ。明治12年8月18日、旧東海道線が京都から大津駅まで開通したときに誕生した「稲荷駅」。このランプ小屋は開業当時、駅舎等の石油ランプ灯具の整備・保管や油類の保管に使用されたと言われており、国鉄最古の建物として「準鉄道記念物」に指定されています。

伏見区下油掛町の一画に建立されている「我国に於ける 電気鉄道事業発祥の地」。側面には「明治廿八年二月一日京都電気鉄道株式会社は京都市下京区東洞院通東塩小路踏切(旧東海道線) 南側から伏見町油掛通まで電気鉄道を我国において初めて開業した」と刻まれています。

上の碑が建てられているのが、「煉羊羹発祥の店」と言われている老舗の和菓子店「駿河屋本店」。人気のお店らしく玄関前には数人が並んでいました。

伏見区東浜南町にある「モリタ製作所伏見工場」。その敷地内には明治35年頃の建築とされる「旧京都電燈伏見発電所」が残されています。煉瓦・切妻造りの美しい建物なのですが・・残念ながら事前予約か何かが必要だったらしく、門の向こうに僅かに建物の一部を見ただけ。

深草田谷町にある煉瓦造り二階建ての建物は、明治41年(1908)建築の「旧第十六師団司令部」。昭和23年(1948)に学校法人聖母女学院の「聖母女学院本館」として払い下げられました。敗戦国の軍の建物を、勝者の宗教系の学校にしてしまう。心の中の小さな棘が、ふいに頭をもたげて胸を刺していきます。


「旧第16師団司令部庁舎」は、2016年2月25日に、国登録有形文化財建造物に指定されました。

伏見の町屋で見かけた鍾馗さん、顔立ちが随分と穏やかですが、こう見えて悪霊退散のエキスパートなんです。

歴史的な建造物と思われるお宅の一画に祭られていた石仏様。人様の敷地内と言うこともあり、軽く手を合わせて撮影させていただきました。

京都に限った事では有りませんが、意外な場所に色々な碑が建立されています。と言っても歩きだからこそ見つかるもので、中々写真に残せる機会は少ないのが現実。左は「北山上役行者鷲峯山道・京道」。北山上鷲峰山金胎寺は1300年前に『役小角(えんのおづぬ)』によって開かれたと伝えられている古刹。道標からさほど離れていない場所で見かけた「観月橋」の親柱。何故ここにあるのかは不明。


すっかり文字が色あせてしまった一枚の壁掛け看板。「大日本最上の丸天醤油」。丸天醤油と言えば兵庫県たつの市に本社を置く醤油メーカーですが、こうした歴史の「モノ」が残されている事にちょっと感動。

酒造会社の建物なのか、それとも何かのお店なのか・・人物の後に看板らしきものが見えていますが、仔細は分からずとも、いかにも伏見の一画らしい風景。

【♪かっぱぱ~~ かっぱぱ~~ 河童黄桜 かっぱぱ~~】のCMソングでお馴染みの黄桜酒造。地ビールと日本酒のテーマパークという事でとても賑やか。

建物内には、かって酒蔵だった頃の名残も残されており、それなりに面白いものや興味深いものにも出会えました。

で・・ついつい目が行ってしまう飾瓦。随分と立派なえびす様ですが、何時ごろのものかは不明。

町歩きの楽しさは普通の暮らしの中に垣間見える、ちょっとしたあれこれに出会える事。と言っても、そこは普通に暮らす他人様の生活圏なのだという事、くれぐれも心に留めなければと思います。
訪問日:2006年09月02日