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車泊で「ご当地マンホール」

北は山形から南は大分まで、10年間の車泊旅はマンホールに名所・旧跡・寺社・狛犬・・思い出の旅、ご一緒しませんか。

ご当地マンホール in 岡山県旧勝田町(美作市)

2022年02月13日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・岡山県

旧勝田郡勝田町(かつたちょう)は岡山県北東部、中国山地に位置した町です。英田郡美作町・作東町・大原町・西粟倉村、勝田郡勝央町・奈義町に。また県を跨いで鳥取県若桜町に隣接。吉井川の支流:梶並川上流にある梶並地区は広大な山林地域で木地屋集落が存在。町の北部には「冒険の続き」をコンセプトとしたトム・ソーヤー冒険村があり、キャンプ・渓流釣りなどを楽しむことができます。「町の木:杉」「町の花:百合」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により、勝北郡勝田村・吉野村・梶並村、吉野郡粟広村が発足。

1900年、郡制の施行により、勝北郡と勝南郡が合併、勝田郡となる。

1940年、勝田村が町制を施行、勝田郡勝田町となる。

1954年、勝田町が吉野村大字豊久田:杉原、英田郡粟広村大字長谷内・馬形・宗掛を編入。

1955年、勝田町と梶並村が合併、新たに勝田郡勝田町が発足。

2005年、英田郡美作町・英田町・作東町・東粟倉村・大原町と合併、美作市となりました。

マンホールには「町の木:スギ」と、釣りの名所「久賀ダム」、「町の花:百合」が描かれています。

小畑大橋親柱の「町の花:百合」

昭和40年(1965)4月制定の町章は「ひらがなで「か・つ」を図案化したものです。」

撮影日:2012年4月23日

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ご当地マンホール in 岡山県旧作東町(美作市)

2022年02月12日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・岡山県

旧英田郡作東町(さくとうちょう)は岡山県の北東部、中国山地に位置した町です。備前市、勝田郡勝田町、英田郡美作町・大原町・英田町に。また県を跨いで兵庫県佐用郡佐用町・上月町に隣接。町域は吉井川支流の吉野川と山家川の谷底平野に集約。中心の江見地区は吉野川水運の物資集散地として、土居は出雲街道の要地として発達。「愛」をテーマに18年の歳月をかけて完成した「バレンタインパーク作東」は、2007年に「恋人の聖地」に認定。高台には教会の尖塔を思わせる「作東タワー」が見えます。「町の木:モミジ」「町の花:サクラ」「町の果実 :ユズ」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により、英田郡江見村・土居村・豊田村・粟井村・吉野村が発足。

1890年、英田郡豊田村内の旧柿ケ原村・国貞村・鈴家村・田渕村・万善村地区が分立し、英田郡福山村となる。

1900年、郡制の施行により英田郡と吉野郡が合併、英田郡となる。

1934年、江見村が町制を施行、英田郡江見町となる。

1949年、土居村が町制を施行、英田郡土居町となる。

1953年、英田郡江見町・土居町・福山村・粟井村・吉野村が合併、英田郡作東町となる。

2005年、英田郡美作町・英田町・大原町・東粟倉村、勝田郡勝田町と合併、美作市となりました。

マンホールには中央に大きく町章を表示、外周に「バレンタインパーク日本の里・作東町」の文字がデザインされています。

昭和33年(1958)5月制定の町章は「作東町のイニシャル「S・T」を図案化したものです」

撮影日:2012年4月23日

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ご当地マンホール in 岡山県旧大原町(美作市)

2022年02月11日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・岡山県

旧英田郡大原町(おおはらちょう)は岡山県の北東部、中国山地に位置した町です。英田郡勝田町・作東町・西粟倉村・東粟倉村に。また県を跨いで兵庫県佐用郡佐用町に隣接。町域は山林で占められ、町の中央部を北から南に流れる吉野川沿いは比較的平地であり、中心部にあった大原宿は、因幡国と播磨国を結ぶ因幡街道の宿場として江戸時代より栄えてきました。また大原宮本地区は『宮本武蔵』生誕伝承地として知られ、関係施設を設置し観光資源として活用しています。「町の木:ケヤキ」「町の花:ササユリ」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により、吉野郡大原村・讃甘村(さのもそん)・大野村・大吉村が発足。

1900年、郡制の施行により、吉野郡と英田郡が合併、英田郡となる。

1922年、大原村が町制を施行、英田郡大原町が発足。

1954年、大原町、讃甘村、大野村、大吉村が合併、新たに英田郡大原町となる。

2005年、英田郡美作町・英田町・作東町・東粟倉村・勝田郡勝田町との新設合併で、美作市となりました。

マンホールには、武蔵の刀の鍔に用いられていた「瓢箪鯰図の鐔」と、武蔵にちなんだ二刀、町章と「美しい自然と水 武蔵の里」の文字がデザインされています。

昭和39年(1964)8月制定の町章は「全体で「大」・「山」・「和」を象徴したものです。」

真庭市社にある「市指定天然記念物・佐波良の大杉」。大原町とは無縁の地なのですが、実は2003年の某ドラマのロケで、武蔵はこの木に吊るされました。「たけぞう!逃げて~」と言いながら、いましめを切るお通さんと武蔵の顔出し。 武蔵に因んだマンホールにこじつけて😆

撮影日:2012年4月14日

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ご当地マンホール in 岡山県旧東粟倉村(美作市)

2022年02月10日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・岡山県

旧英田郡東粟倉村(ひがしあわくらそん)は岡山県の北東部に位置した村です。英田郡大原町・西粟倉村に。また県を跨いで兵庫県宍粟郡千種町、佐用郡佐用町に隣接。村域は中国山地に位置しており、山林と高原で占められています、境界線には駒の尾山(1281m)、山(1253m)、船木山(1334m)、日名倉山(1047m)と1000m級の山々が連なり、氷ノ山後山那岐山国定公園に制定されており、県内最高峰の後山(1345m)は道仙寺が管理する女人禁制の霊山として知られています。「村の木 ヒノキ」「村の花 シャクナゲ」「村の鳥 ウグイス」を制定。

「ベルピール自然公園」には、直径2m、重さ6tに及ぶスウィングベル「リュバンベールの鐘」があり、村のランドマーク的存在として、街灯や橋の高欄など様々な場所にそのデザインが使われています。

明治22年(1889)、町村制の施行により、吉野郡東粟倉村が発足。

1900年、郡制の施行により、吉野郡と英田郡が合併、英田郡となる。

2005年、英田郡美作町・英田町・大原町・作東町・勝田町と合併、美作市となりました。

マンホールには「ベルピール自然公園」の「アーチ型の鐘楼」「リュバンベールの鐘」、「村の花:石楠花」が描かれています。

昭和44年(1969)10月制定の村章は「「東」を簡略化し、図案化、後山と日名倉山を表したものです。」合併協議会資料より

撮影日:2012年4月14日

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ご当地マンホール in 岡山県旧英田町(美作市)

2022年02月09日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・岡山県

旧英田郡英田町(あいだちょう)は岡山県の北東部に位置した町です。備前市、英田郡美作町・作東町、和気郡和気町・佐伯町、久米郡美咲町に隣接。町の北西部を吉井川支流の吉野川が南流し、流域に平坦地がみられ、町の東部と南部は高地。南ウネ山(471m)、妙見山(520m)などの山地をほぼ西に河会川が流れて福本で吉野川に注ぎます。町の東部には1990年11月に「TIサーキット英田」としてオープンし、後に「岡山国際サーキット」となったサーキット場があり、鈴鹿サーキットと並んでモータースポーツの聖地とされています。「町の木:カシ」「町の花:ツツジ」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により、英田郡福本村・河会村が発足。

1954年、福本村が英田郡巨勢村大字尾谷を編入。

1955年、福本村、河会村が合併、英田郡英田町が発足。

1956年、勝田郡公文村字青野・下山・城田・鳥渕・中河内地区を編入。

2005年、英田郡美作町・作東町・大原町・東粟倉村、勝田郡勝田町と合併、美作市となりました。

マンホールには、町章を背景に「町の木:カシ」と、「町の花:ツツジ」がデザインされています。

昭和33年(1958)12月制定の町章は町名をカタカナと漢字の「アイ田」で表し、融和と団結を象徴したものです。」合併協議会資料より

英田町中川に架かる中川小橋の親柱に刻まれた二つの句

【風花の 橋をくぐりて 地に還る】・【金銀の 風を映して 秋の水】

撮影日:2008年8月16日

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ご当地マンホール in 岡山県旧美作町(美作市)

2022年02月08日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・岡山県

旧英田郡美作町(みまさかちょう)は岡山県の北東部、中国山地の南部に位置した町です。勝田郡勝央町・勝田町、英田郡英田町・作東町・柵原町に隣接。町域は丘陵と山林で占められ、町の中心地は吉井川の支流である吉野川と梶並川・滝川が合流する地点にあり、湯原温泉・奥津温泉と並ぶ美作三湯の一つ湯郷温泉が人気。町南東部ではシイタケ、マツタケ、北部では葉タバコ、ブドウが栽培され、一部は観光農園となっています。「町の木:アクラ(クロガネモチ)」「町の花:ウメ、シラギク」を制定。

旧キャッチフレーズは「スポーツといで湯の町 岡山県東の玄関口 美作町」

明治22年(1889)、町村制の施行により、英田郡倉敷村・豊田村・楢原村、勝南郡湯郷村・豊国村が発足。

1900年、郡制の施行により、勝北郡と勝南郡が合併、勝田郡となる。

1890年、豊田村の一部(柿ケ原村・国貞村・鈴家村・田淵村・万善村)が分立、英田郡福山村となる。

1896年、 倉敷村が町制を施行、英田郡倉敷町となる。

1918年、倉敷町が改称、英田郡林野町となる。

1949年、湯郷村が町制を施行、勝田郡湯郷町となる。

1953年、林野町、豊田村、楢原村、勝田郡湯郷町・豊国村が合併、英田郡美作町が発足。

1954年、英田郡巨勢村下倉敷地区・海田地区・粟広村田殿地区を編入。

1956年、勝田郡公文村安蘇地区・岩見田地区を編入。

マンホールには、「町の花:白菊」と「町の木:アクラ」、町章の中に「町の花:梅」が描かれています。

湯郷地区のマンホールには、温泉発見の元となった「二羽の白鷺」と「町の花:梅」。鷺の足元には「吉野川」、中央に町章がデザインされています。

吉野川:鷺湯橋のレリーフ「二羽の白鷺」

昭和36年12月制定の町章は「カタカナで美作町の「ミ・マ」を描いたものです。」

貞観二年(860)、薬師如来の導きによって温泉を発見した『円仁法師』

吉野川:鷺湯橋のレリーフ「湯郷丑湯祭り」

「湯郷温泉 ゆかりの歌碑」

【此の山の 道のかきりと思ひしに かつまたのみ湯 遠くなりけり】

【何となく 塩垂山のさされ水 暮れゆくままに 音添うるなり】

【白妙の三雪もさえて渡る日の 影のとかなり かつまたのみ湯】

撮影日:2008年8月16日

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ご当地マンホールとマンホールカード第17弾 in 岡山県美作市

2022年02月07日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・岡山県

美作市(みまさかし)は岡山県の北東部(旧美作国)に位置する市です。2005年3月31日、勝田郡勝田町、英田郡美作町・大原町・作東町・英田町・東粟倉村が合併、美作市が誕生しました。備前市、和気郡和気町、久米郡美咲町、英田郡西粟倉村、勝田郡勝央町・奈義町に。また県を跨いで東は兵庫県宍粟市、佐用郡佐用町。さらに北は鳥取県八頭郡智頭町に隣接。市域の大半は丘陵と山林であり、市の中心である林野地区は古くから交通の要衝として発達し、戦国時代の頃から吉井川を往来する高瀬舟による物資の輸送が活発に行われていました。市内には京阪神の奥座敷として人気の「湯郷温泉」、「剣聖:宮本武蔵の生誕地」、F1が開催された「岡山国際サーキット」などが人気を集めています。「市の木:梅」「市の花:カタクリ」を制定。

キャッチフレーズは「人・自然・暮らし輝く元気なまち~真の豊かさを求める愛の美作市~」

マンホールには、中央に市章を挟んで向かい合う二羽の白鷺と、「市の木・梅」がデザインされています。

新たなマンホールには、「三歩(さんぶ)太郎」の足形をモチーフにした足湯に入る「白鷺」、「湯郷からくり時計」、「女子サッカー」がデザインされています。

「三歩太郎の足形・足湯」

「湯郷からくり時計」

2005年6月30日制定の市章は「美作市の基本理念「人・自然・暮らし輝く元気なまち、真の豊かさを求める愛の美作市」をイメージして、頭文字の「M」の緑は豊かな自然、その上に青く広がるのは青空、中央の赤い丸は太陽を表現している」公式HPより

美作国建国1300年イメージキャラクター『かたみくん』。初代美作国司であった「上毛野朝臣堅身(かみつけぬあそん かたみ)」がモデルです。

撮影日:2008年8月16日~

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マンホールカード、義姉から届きました。

2022年8月6日、第17弾として全国34自治体で35種類(累計623自治体872種類 )のマンホールカードの配布が 開始されました。「美作市」のマンホールカードは、「湯郷温泉旅館協同組合」でいただけます。

2022年に設置開始されたマンホールには「2羽の白鷺」と「梅の花」がデザインされています。

「本デザインを施したマンホール蓋は美作市カラーマンホール設置第1弾として、湯郷温泉街に設置しました。 湯郷温泉は美作三湯(みまさかさんとう)の1つで、多くの旅館が立ち並ぶ岡山県を代表する温泉地です。 湯郷温泉の由来は今から1200年ほど前、慈覚大円仁法師が西国巡礼の際に、白鷺が足の傷を癒しているのを見て、温泉を発見したと伝えられており、別名で「鷺の湯」とも呼ばれています。 その由来から、2羽の白鷺がデザインされています。その周囲には旧美作町の町花である梅の花、中央には、美作市の市章も描かれており、今後さらなる美作市の発展を期待しています。」

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ご当地マンホール in 岡山県旧美星町&旧芳井町(井原市)

2022年02月06日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・岡山県

旧小田郡美星町(びせいちょう)は岡山県西南部、吉備高原南端に位置した町です。井原市、高梁市、総社市、小田郡芳井町・矢掛町に隣接。町名は美山川と星田川の一字ずつからの合成地名。町域は吉備高原上のなだらかな平坦面にあり、産業は農業が主体で、トマト、キャベツなどの輸送園芸、畜産が行われています。美山川には国指定名勝の鬼ヶ嶽の渓谷があり、紅葉の名所として知られ、また町名にちなみ「天文の町」を自認、1993年には「美星天文台」が開設されました。「町の木:アカマツ」「町の花:ツツジ」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により、小田郡富成村・美山村・宇戸村、川上郡日里村が発足。

1890年、富成村が改称、小田郡堺村となる。

1954年、美山村、堺村、宇戸村、川上郡日里村が合併、町制を施行し小田郡美星町が発足。

マンホールは見つけられませんでしたが、上水道関連の蓋には「美星天文台」がデザインされています。

昭和35年(1960)1月制定の町章は「美の文字を飛び立つ鳥に造形し、美星町の力強い飛躍・発展を願いました。また、円形は町民の円満融和を表しています。」合併協議会資料より

美星町のマンホール画像は岡山在住の義姉から送られてきました。

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旧後月(しつき)芳井町(よしいちょう)は岡山県の西南部に位置した町です。井原市、高梁市、小田郡美星町に。さらに県を跨いで広島県福山市、神石郡神石高原町に隣接。町域は高梁川支流の小田川上流域にあり、その大半が丘陵と山林で占められています。吉井地区には岡山県の特別名勝で、高梁川上流県立自然公園の一部である「天神峡」や、共和村上鴨の鴨川の左岸山腹にあ「蛇ノ穴 (鍾乳洞) 」などが知られています。「町の木:モミジ」「町の花:ヤマツツジ」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により、後月郡芳水村・足次村・明治村 ・三原村 ・下鴨村・山村・上鴨村が発足。

1900年、下鴨村、山村、上鴨村が合併、共和村が発足。

1904年、芳水村、足次村が合併、後月郡芳井村が発足。

1924年、芳井村が町制を施行、後月郡芳井町となる。

1954年、芳井町、明治村、共和村、三原村が合併、新たに後月郡芳井町となる。

2005年、小田郡美星町と共に井原市に編入合併しました。

マンホールはたまたま見つけられた自治体名のある水道関連の蓋が一枚だけ。

昭和43年(1968)10月1日制定の町章は「よしい」を図案化したもので力強い団結と和をひろげ大きく発展しようとする姿を表しています」合併協議会資料より

撮影日2009年9月20日

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ご当地マンホール in 岡山県井原市

2022年02月04日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・岡山県

井原市(いばらし)は岡山県の南西部に位置する市です。2005年3月1日、後月郡芳井町、小田郡美星町を編入。笠岡市、総社市、高梁市、小田郡矢掛町に。さらに県を跨いで広島県福山市、神石郡神石高原町に隣接。高梁川支流の小田川の流域で谷底に水田が開け、南部は丘陵、北部は吉備高原に囲まれて盆地を形成。近世には山陽道の七日市宿、高屋宿の宿場町として、明治以後には白ネル、デニムなどの布地や製品を生産。戦後のデニム・ブームには国内生産の75%を占め、その後生産量は減少したものの、その品質の高さから、欧米を中心に今も多く輸出されています。また、「中国地方の子守唄」発祥の地として、さらに2005年に合併した旧美星町が日本で初めて制定した「光害防止条例(1989年11月29日制定)」を引き継ぎ「日本初の対光害専門条例を制定した市」としても知られています。「市の木:クロマツ 」「市の花:サクラ」「市の草花:パンジー、ペチュニア」を制定。

キャッチフレーズは「美しい自然、息づく文化、笑顔でつながるひと、元気発信都市いばら」

明治22年(1889)、町村制の施行により、後月(しつき)郡井原村・高屋村・出部村・県主村・木之子村、東江原村、神代村、西江原村、山野上村・青野村が発足。小田郡稲倉村・大江村

1896年、井原村が町制を施行、後月郡井原町となる。

1900年、東江原村、神代村が合併、後月郡荏原村が発足。

1922年、高屋村が町制を施行、後月郡高屋町となる。

1925年、西江原村が町制を施行、後月郡西江原町となる。

1942年、井原町、出部村が合併、改めて後月郡井原町が発足。

1953年、後月郡井原町、西江原町、高屋町、荏原村、木之子村、県主村、青野村。山野上村と、小田郡稲倉村、大江村が合併、井原市が発足。

マンホールには「子守唄の里」と「市の草花:パンジー」「市の木:黒松」「市の花:桜」がデザインされています。(井原駅前通りに設置)

倉敷マンホールサミット展示蓋

井原市は西日本有数のぶどうの産地としても有名で、消火栓・仕切弁には、市のシンボルの他に「葡萄」がデザインされています。

昭和28年(1953)12月11日制定の市章は「井原の「井」の字を井枠の四角でつなぎ、中央に「原」を片仮名で図案化し、市民の和による団結と飛躍を象徴したものです。」公式HPより

井原駅前通りに設置されている方位盤。描かれているのは扇の的を射る『那須与一』。井原市野上町余次には『荏原那須氏』が、その祖『那須与一』をしのんで建てた供養墓「伝・那須与一墳墓」があるそうです。

井原市井原町にある「井原市立田中美術館」。隣接する田中苑に建立された2m余りの「鏡獅子のブロンズ像」は井原市出身で近代日本を代表する彫刻家『平櫛田中』が、六代目尾上菊五郎をモデルに約20年の歳月をかけて完成。今にも見得を切って動き出しそうな迫力に圧倒されます。(画像提供:義姉)

撮影日:2009年9月20日

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ご当地マンホール in 岡山県旧川上町(高梁市)

2022年02月03日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・岡山県

旧川上郡川上町(かわかみちょう)は岡山県の中西部、吉備高原に位置した町です。川上郡成羽町・備中町、小田郡美星町、後月郡芳井町に。さらに県を跨いで広島県神石郡油木町に隣接。町域は成羽川の支流:領家川と三沢川が浸食した谷筋と、高山・七地などの波浪状の緩やかな高原面で構成。また北西部にある上大竹の神野を中心に石灰岩台地が展開し、大賀デッケンや名勝磐窟渓、高原上の孤立峰弥高山などがあり、地学の町としても知られています。特に「大賀の押被(おしかぶせ)」は地質学上珍しい地層構造として、国の天然記念物に指定されています。「町の木:アカマツ 」「町の花:かっこう花(レンゲツツジ)」「町の鳥:キジ」を制定。

旧キャッチフレーズは「マンガ文化の町 川上町」

明治22年(1889)、町村制の施行により、川上郡手荘村・大賀村・高山村が発足。

1950年、手荘村が町制を施行、川上郡手荘町となる。

1954年、手荘町、大賀村、高山村が合併、川上郡川上町が発足。

2004年、高梁市、川上郡成羽町・備中町、上房郡有漢町との対等合併により新・高梁市となりした。

マンホールはありませんが、仕切弁・消火栓に町のキャラクター「きじ丸」をデザインしたものが、吉備川上ふれあい漫画美術館付近に設置されています。

きじ丸通り商店街アーケードの「きじ丸」

昭和29年(1954)8月2日制定の町章は「川上の文字を図案化し たもので、ひとつの円を中心に固い団結がさらに大きい円に広がりゆく、円満な町政のもとで、ぐんぐん伸びゆく川上町のねがいをあらわしたもの。」合併協議会資料より

「町の鳥:きじ」をモチーフにした川上町イメージキャラクター『きじ丸』。 漫画美術館のシンボルキャラクターとして活躍しています。

1988年から漫画での町づくりを推進。1994年4月29日には、漫画文化の情報送受信基地として「吉備川上ふれあい漫画美術館」を設立。町おこしの一環として、漫画家『富永一朗氏』を名誉町民として、毎年「吉備川上漫画グランプリ」を催しています。1995年には、青森のねぶた祭りをヒントにした「マンガ絵ぶたまつり」も誕生しました。

ちなみに『富永一朗氏』の代表作として有名な「チンコロ姐ちゃん」って、知ってますか? 何とも奇抜なネーミングですが、意味は「小さくて、コロコロしている若い女性」なんだそうですよ😄

撮影日:2010年8月11日

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