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車泊で「ご当地マンホール」

北は山形から南は大分まで、10年間の車泊旅はマンホールに名所・旧跡・寺社・狛犬・・思い出の旅、ご一緒しませんか。

ご当地マンホール in 福井県旧金津町(あわら市)

2016年05月27日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・福井県

旧坂井郡金津町(かなづちょう)は福井県北部、福井平野と加越台地にまたがって位置した町です。坂井郡芦原町・坂井町・丸岡町に。また県を跨いで
石川県加賀市、江沼郡山中町に隣接。主集落は九頭竜川の支流竹田川に臨み、古くから福井県の北の玄関口として栄えてきました。越前の北の玄関であり竹田川を利用した船運の川港として発展してきた宿場町をルーツに持ち、県下でも有数の製造品出荷額を誇る産業と農業の町です。「町の花&木:梅」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により坂井郡金津町が発足。

1954年、金津町、吉崎村、伊井村、坪江村、細呂木村が合併、改めて坂井郡金津町が発足。

1955年、坂井郡剣岳村を編入。

1955年、芦原町大字新用・大字馬場の区域を編入。大字坪江・大字川上・大字乗兼・大字堀水・大字里竹田の区域が丸岡町に編入する。

2004年、坂井郡芦原町と合併、あわら市が発足。

マンホールには町章を中心に、全体に桜の花がデザインされています。(金津神社近くに設置)

町の花木:梅」がデザインされた側溝蓋

昭和39年(1964)10月1日制定の町章は「町村合併 10年を記念して、「カナツ」を図案化したもので、町民の融和と町の将来の向上発展を象徴したものである。」合併協議会資料より

撮影日:2012年6月15日


ご当地マンホール in 福井県旧芦原町(あわら市)

2016年05月25日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・福井県

旧坂井郡芦原町(あわらちょう)は福井県の北部、福井平野北部に位置した町です。坂井郡三国町・坂井町・金津町に。さらに県を跨いで石川県加賀市に隣接。えちぜん鉄道が通じる中心の芦原は明治時代に芦原温泉が涌出したことで温泉街として大きく発展。温泉街を中心に、北に丘陵地畑作地帯、南には水田地帯が広がる観光と農業の町です。美しい海と静かな湖、優れた泉質の温泉、太陽をいっぱい浴びた農作物など、自然の恵みにあふれています。「町の木:松」「町の花:花菖蒲」「町の鳥:白鷺」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により坂井郡芦原村が発足。

1935年、芦原村が町制を施行、坂井郡芦原町となる。

1955年、芦原町、本荘村、北潟村が合併、改めて芦原町が発足。

1955年、大字竹松、大字西今市、大字藤沢、大字玉の江の区域を三国町に、大字新用、大字馬場の区域を金津町に編入。

2004年、坂井郡金津町と合併、あわら市が発足。

マンホールは中央に町章のある規格蓋です

「町の花:花菖蒲」と中央に「町章」がデザインされた側溝蓋

昭和59年(1984)7月1日制定の町章は「芦原温泉開湯100周年、町制施行50 年、町村合併30年を記念して制定。町名の片仮名の「ア」をシンプルにデザイン化したもので、円は町民の融和、団結及び湯けむり(観光)を、内部は植物の芽を意味し、成長及び緑あふれる田園都市を象徴したもの。」合併協議会資料より

中央に旧町章がある、カラータイプの規格蓋

昭和8年(1933)5月9日制定の旧町章は「温泉に瑞鳥が舞い降りてくる姿を表したもの。芦原村章として制定され、町制施行後に初代の町章として継承された。」Wikipediaより

あわら温泉街に設置されている「財産区」の文字がある仕切弁。

「町の木:松」「町の花:花菖蒲」がデザインされたカラータイル

撮影日:2012年6月15日


ご当地マンホール in 福井県あわら市

2016年05月24日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・福井県

あわら市は福井県の最北端に位置し、福井平野から加越台地にかけて広がる市です。2004年3月1日、坂井郡芦原町と金津町が合併して発足しました。西は坂井市、北東は石川県加賀市に隣接。九頭竜川以北に広がる水田地域、野菜・果樹生産が盛んな丘陵地域、里地里山の風景が広がる山間地域、越前加賀海岸国定公園に指定されている日本海の海岸線と福井県内第3位の大きさを誇る北潟湖、140年の歴史を誇るあわら温泉など、多様で豊かな自然環境に恵まれたまちです。「市の木:梅」「市の花:花菖蒲」「市の鳥:白鷺」を制定。

キャッチフレーズは「ゆうゆうと 人が輝く いやしと創作のまち」

マンホールには中央に大きく「市の花:花菖蒲」、下部に「あわら」「おすい」の文字がデザインされています。

あわらし市のプラスッチック製小型汚水枡には、下水道マスコットキャラクター「スイスイ」がデザインされています。

2004年3月1日制定の市章は「あわら市の「a」をデザイン化したもの。山並みをバックに緑(自然)に囲まれ黄色く輝くあわら市を表現。黄色は人、まち、農産物の輝きを表し、ゆったりと円弧を描いて上っていく緑のラインは、人、自然、産業が調和し着実に発展してい
く様を表現している。」
公式hpより

「市の花:花菖蒲」がデザインされた側溝蓋

あわらおもてなしキャラクター『湯巡権三』。頭に湯桶をかぶり、年中浴衣姿で、あわら市のPRに駆け回る五人兄弟の三男。ほかに『長男・ピエール』『長女・艶子』『次男・健二』『四男・忠四』がいますが、メインはやっぱり権三君らしい・・・

撮影日:2012年6月15日


ご当地マンホール in 福井県旧三国町(坂井市)

2016年05月17日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・福井県

旧坂井郡三国町(みくにちょう)福井県の西北端に位置した町です。南は福井市・坂井町、東は坂井郡芦原町に隣接。町域の南から北に九頭竜川が流れ、河口付近で竹田川と合流。西部は九頭竜川河口周辺の日本海に面しており、かつては北前船の拠点として栄えてきました。港付近の狭い路地には昔ながらの町並みが今も残されています。これらの川をはさみ、西南部に広がる砂丘地には「テクノポート福井」。その後背地では砂丘地農業と米作が盛んで、北東部には、肥沃な米作地帯、丘陵地畑作地帯が広がっています。さらに、海岸線一帯は東尋坊、雄島、越前松島などの優れた自然景観に恵まれており、一帯は越前加賀海岸国定公園に指定されています。

また日本海中央部まで向かう甘エビの底引き網漁やズワイガニ、カレイ、ハタハタなどの沿岸漁業が行われ、海岸付近ではサザエ、ワカメ、ウニ、アワビなどの素潜り漁が盛んです。「町の木:黒松」「町の花:紫陽花」「郷土の花:らっきょうの花」「町の鳥:かもめ」を制定。

旧キャッチフレーズは「夢みくに21 ーのびやかに、確かな未来の創造ー」

明治22年(1898)、町村制の施行により、坂井郡三国町・新保村・雄島村・加戸村・浜四郷村が発足。

1954年、三国町、新保村、雄島村、加戸村が合併、改めて坂井郡三国町が発足。

1955年、坂井郡芦原町竹松・西今市・藤沢・玉江地区を編入。

1957年、坂井郡浜四郷村横越・下野・西野中・山岸・黒目・米納津・沖野々地区を編入。坂井郡坂井村石丸・野中・油屋・楽円・川崎・池見地区を編入。

2006年、 坂井郡春江町、丸岡町、坂井町と合併、坂井市となりました。

マンホールには「東尋坊」を背景に、「みくに龍翔館」がデザインされています。

「みくに龍翔館」がデザインされた側溝蓋

「みくに龍翔館(現:坂井市龍翔博物館」

昭和43年(1968)9月1日制定の町章は「三国町の「三国」を意匠化したもので、三方形の連鎖は協和を、三方開きは町勢の堅実な無限発展を象徴したものである。 」合併協議会資料より

撮影日:2012年6月15日


ご当地マンホール in 福井県旧丸岡町(坂井市)

2016年05月14日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・福井県

旧坂井郡丸岡町(まるおかちょう)福井県の北部に位置した町です。坂井郡春江町、坂井町、永平寺町、福井市、加賀市、勝山市、あわら市に隣接。町域は加越山地と福井平野北東部を占め、中心市街は丸岡城の城下町として発展。女形谷(おながたに)の地は、かって継体天皇が即位前に住んでいたと言われており、即位により「御名が谷」と呼ばれるようになったものが変化したと伝えられます。町では繊維産業、稲作が盛んで、南東部には福井県産業情報センターを中心とした企業団地「ソフトパークふくい」があり、 隣接する福井県立大学と産学協同の情報分野における研究開発がしやすい環境となっています。丸岡町霞町に、北陸唯一の現存十二天守「丸岡城」を有しており、また「一筆啓上火の用心」で始まる日本一短い手紙でも有名です。「町の木:もみじ」「町の花:花菖蒲」を制定。

明治22年(1898)、町村制の施行により、坂井郡丸岡町・長畝(のうね)村・竹田村・高椋(たかぼこ)村・鳴鹿(なるか)村・磯部村が発足。

1955年、丸岡町、長畝村、竹田村、高椋村、鳴鹿村、磯部村が合併、坂井郡丸岡町が発足。同年、坂井郡金津町坪江・川上・乗兼・堀水・里竹田地区を編入。

1960年、坂井郡丸岡町鳴鹿山鹿地区を吉田郡志比村に編入。

2006年、 坂井郡春江町、坂井町、三国町と合併、坂井市となりました。

マンホールには4分割の中に「町の花:花菖蒲」が陰陽で鮮やかに描かれています。

「町の花:花菖蒲」がデザインされた歩道柵

昭和34年(1959)12月24日制定の町章は「丸岡町の「マ」を意匠化したもので、外円は町の円満、平和、それをささえた三角鋭は町民の固い意思、飛躍、発展を象徴したものである。」合併協議会資料より

「丸岡城天守」と「町の木:もみじ」「町の花:花菖蒲」。「一筆啓上申し上げます」の手紙文がデザインされた側溝蓋。

撮影日:2012年6月14日~15日


ご当地マンホール in 旧春江町(坂井市)

2016年05月13日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・福井県

旧坂井郡春江町(はるえちょう)は福井県北部、福井平野の中央に位置した町です。東は坂井郡丸岡町、北は兵庫川を経て坂井町、南西は九頭竜川を経て福井市に隣接。中央部は磯部川が流れる平坦な地域で山岳は存在せず、総面積のほぼ半分が水田で、そのため古くから稲作が盛んにおこなわれてきました。また奈良時代には既に全国有数の絹織物産地として発展、現在も繊維工業が盛んです。「町の木:イチイ」「町の花:ゆり」を制定。

旧キャッチフレーズは「夢がきらめく やすらぎのまち はるえ21」

明治22年(1898)、町村制の施行により、坂井郡春江村・磯部村・大石村が発足

1942年、春江村が町制を施行、坂井郡春江町となる。

1955年、坂井郡春江町が、磯部村中筋・定重・正蓮花・寄安地区を編入。同年、大石村と合併、改めて坂井郡春江町が発足。

2006年、 坂井郡坂井町、丸岡町、三国町と合併、坂井市となりました。

マンホール四サイズには、中央に町章、周囲に「町の花:ユリ」がデザインされています。

昭和35年(1960)8月10日制定の町章は「春江町の「春」の字を図案化したもので、円の部分は3ヵ町村の合併の意味を表しています。上部斜線の部分はあたかも鷹が大空に向かい羽ばたきせんとする雄大さを誇示し、円滑な町政と町の躍進を表現しています。」旧公式HPより

坂井市春江町にある嶺北消防:防火水槽

撮影日:2012年6月15日


ご当地マンホール in 福井県坂井市&旧坂井町

2016年05月12日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・福井県

坂井市(さかいし)は福井県の北部に位置する市です。2006年3月20日、坂井郡三国町・丸岡町・春江町・坂井町が合併して誕生しました。吉田郡永平寺町、勝山市、福井市、あわら市に、更に県を跨いで石川県加賀市に隣接。市の南部を九頭竜川が、北部には東部の森林地域を源流とする竹田川が流れ、西部で合流し日本海に注ぎ込みます。市域の中部には福井県随一の穀倉地帯・坂井平野が広がり、西部は砂丘地および丘陵地で、東部に北陸自動車道・丸岡IC、国道364号、西部に国道305号、中部に国道8号、主要地方道福井金津線(嶺北縦貫線)および主要地方道福井加賀線(芦原街道)が走るなど、主要な基幹道路が南北方向を中心に発達。また、鉄道網も市の中央を南北に走り、JR北陸本線が2駅、えちぜん鉄道三国芦原線・9駅が設置されています。市の:サクラ」「市の花:ゆり」「市の鳥:カモメ」を制定。

キャッチフレーズは「らしさ かがやく」

坂井市独自のマンホールは、2012年の訪問時点ではプラスチック製の桝蓋が一点のみ。

2006年3月20日制定の市章は「坂井市のイニシャル「S」と、日本海をモチーフにデザイン化しています。豊かな自然の緑を基調として、坂井平野と日本海を照らし出す太陽に明日への熱い情熱を重ねています。主役である市民と市が一緒になって、「輝く未来へ…みんなで創る希望の都市(まち)」を目指します。躍動感と力強さを表現しました。」公式HPより

中央に市章のある仕切弁。マンホールというには邪道ですが、それでも貴重な一枚。

おそらく企業が設置したと思われる、中央に大きくカエルが描かれた汚水枡蓋。他の自治体でも何箇所かで見かけています。

撮影日:2012年6月15日

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旧坂井郡坂井町(さかいちょう)は福井県の北西部に位置した町です。福井市、あわら市、坂井郡丸岡町・春江町・三国町に隣接。町域は九頭竜川の本支流の埋積による坂井沖積平野の中央にあり、東西に長い地形の全面積の約7割は農用地が広がる田園地帯となっています。 町の東には、JR西日本の北陸本線(丸岡駅)、西に向かうにつれ、嶺北縦貫道(県道福井金津線)、えちぜん鉄道三国芦原線(大関駅、下兵庫駅)、芦原街道(県道福井加賀線)がいずれも南北に走り、重要な交通拠点となっています。「町の木:ケヤキ」「町の花:カーネーション」を制定。

旧キャッチフレーズは「たくましく うるおいのあるまちをめざして」

明治22年(1898)、町村制の施行により、坂井郡大関村・東十郷村・兵庫村・木部村が発足。

1955年、坂井郡大関村、東十郷村、兵庫村が合併、坂井郡坂井村が発足。

1956年、坂井郡坂井村が木部村を編入。

1957年、坂井郡坂井村石丸・野中・油屋・楽円・川崎・池見区域を坂井郡三国町に編入。

1961年、 坂井村が町制を施行、坂井郡坂井町となる。

2006年、 坂井郡春江町、丸岡町、三国町と合併、坂井市となりました。

マンホールは中央を4分割、外周を12分割に区切り、陰陽の「町の花:カーネーション」を規則正しく並べています。

昭和36年(1961)4月1日制定の町章は「サカイ」のサと「栄」のサを図案化したもので、これから伸びゆく坂井町の夢と希望を象徴する。」合併協議会資料より

撮影日:2012年6月15日


ご当地マンホール in 福井県旧松岡町(永平寺町)

2016年05月10日 06時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・福井県

旧吉田郡松岡町(まつおかちょう)は福井県の北部、九頭竜川の左岸に位置した町です。吉田郡永平寺町、福井市、坂井郡丸岡町に隣接。主集落は九頭竜川が福井平野に出る谷口に位置し、江戸初期の約80年間、越前松岡藩の城下町を中心に発展。明治以降は絹・人絹の機業町として織物業を主幹産業とし、合成繊維の産地として知られてきました。近年は九頭竜川を挟んで北側において2つの国公立大学が設置されるなど、学園のまちを形成してきました。「町の木:松」「町の花:菊」を制定

旧キャッチフレーズは「「であい」「ときめき」のある活力のあるまち松岡 緑と清流 学園都市 まつおか」

マンホールには九頭竜川を泳ぐ鮎と、周囲に「町の木:松」がデザインされています。

集落排水地区のマンホール。同じデザインですが周囲に別枠があることでイメージがかなり異なって見えます。

昭和33年(1958)11月20日制定の町章は「片仮名マツの図案化にてマの三方に伸びる剣尖は将来の進展性を外円ツにて将来の和と団結円満なる発展を印象づけたもの。」合併協議会資料より

中央に町章のあるノンスリップ加工マンホール

自治体名も自治体章も有りませんが、旧漢字の仕切弁

撮影日:2012年6月14日


ご当地マンホール in 福井県旧上志比村(永平寺町)

2016年05月09日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・福井県

旧吉田郡上志比村(かみしひむら)は福井県の北東部に位置した村です。永平寺町・福井市・勝山市に隣接。市制・町村制・島嶼町村制等々に基づいて初めて自治体を置いた後、一度も廃置分合(分割・分立・合体・編入)を行っていない自治体です。吉峰地区に門を構える「吉峰寺」は、曹洞宗の開祖:道元が越前守護波多野義重の請により越前に入り最初の道場とした場所であり、正法眼蔵の多くはここで著わされたと云います。「村の木:けやき」「村の花:キク」を制定。

また特産品である「上志比にんにくは、通常のにんにくよりも大粒で糖度が高く、風味も栄養素も優れているとして現在も変わらず人気の商品です。

旧キャッチフレーズは「ようこそ 緑と清流の里へ」

明治22年(1889)、町村制の施行により、吉田郡山王村・野中村・浅見村・北島村・牧幅島村・大月村・市右衛門島村・大野島村・清水村・栗住波村・石上村・竹原村・中島村・市荒川村・藤巻村・吉峰村の区域をもって、吉田郡上志比村が発足。

2006年、松岡町、永平寺町と合併、吉田郡永平寺町となりました。

マンホールは農業集落排水・中央地区の規格蓋。蓋の中央に「上志比」の文字があります。

農業集落排水・東部地区の親子タイプ規格蓋。

昭和41年(1966)制定の村章は「上志比の片仮名のカをツバメに型どり、飛躍力と威勢を表わし、伸びゆく上志比村を象徴するとともに郷土の平和を願い円形に形成したもの」合併協議会資料より

プラ汚水桝の中央に旧上志比村章があります。

消火栓・空気弁共に「上志比村」の文字

撮影日:2017年9月30日

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福井県の旅ではこちらの「道の駅:禅の里」にて、友人J🐣さんも一緒で車中泊をさせて頂きました。嬉しいことに足湯が併設されており、その気持の良い事といったら、一時の極楽気分を味あわせて頂きました。こんなに良い思いをさせていただくと、道の駅内での散財も太っ腹になります。😀

車で旅をする者にとって、このような道の駅は本当に有り難く大切な場所です。  改めて、その折には本当に有難うございました。🙏🙏🙏


ご当地マンホール in 福井県永平寺町・旧永平寺町

2016年05月08日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・福井県

吉田郡永平寺町(えいへいじまち)は福井県北部・嶺北地方に位置する町です。2006年2月13日 、吉田郡松岡町、永平寺町、上志比村が合併し、改めて永平寺町が発足しました。南は福井市、北東は勝山市、北西は坂井市に隣接。「仏教曹洞宗:永平寺」の門前町として知られ、町名は「永平寺」が由来。勝山盆地と福井平野の間、東から西へ流れる県内最大の河川:九頭竜川に沿って位置し、九頭竜川の上流側から順に上志比地区(旧上志比村)、永平寺地区となり、下流側が松岡地区(旧松岡町)となっています。町域には大本山永平寺や吉峰寺、松岡古墳群など多くの歴史文化資源が集積。

また、福井大学医学部、福井県立大学など学術研究機関などが立地する事でも知られています。「町の木:油桐」「町の花:梅」を制定。

キャッチフレーズは「うるおい・やすらぎ・人がきらめくまち えいへいじ」

2006年2月13日制定の町章は「永平寺町の頭文字であるアルファベット小文字の『e』をモチーフにしたデザインです。将来に向かって波紋が広がっていくように、人々が両手を広げて豊かな未来をつかもうとしている様子をイメージしています。新しい永平寺町の発展と人のつながりへの願いが込められています。」公式HPより

新:永平寺町章の空気弁

町章付き仕切弁&量水器

消防徽章の中央に「永」の文字、周囲にはしご車がデザインされた防火貯水槽マンホール。

永平寺町イメージキャラクター『えい坊くん』は、永平寺町の「えい(永)」と、お坊さんの「坊」をとり、 名づけられました。町民の皆さんの期待を背負い、毎日精進しています。

撮影日:2017年9月29日

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旧吉田郡永平寺町(えいへいじまち)は福井県北部に位置した町です。福井市、勝山市、坂井郡丸岡町、吉田郡松岡町・上志比村に隣接。町域からは旧石器時代や縄文時代の遺跡が分布しており、県内最古級の石器が出土。古墳時代の遺跡として手繰ヶ城山古墳などの古墳群が点在しています。鎌倉時代の寛正2年(1244)に道元が永平寺を建立。江戸時代には「市」が開かれ、勝山街道や永平寺への参詣の宿場町として発展してきました。「町の木:ケヤキ」「町の花:紫陽花」を制定。

旧キャッチフレーズは「澄んだ流れと愛にあうまち」

明治22年、 町村制の施行により、吉田郡志比谷(しひだに)村・下志比村・浄法寺村が発足。

1954年、志比谷村、下志比村、浄法寺村が合併、吉田郡志比(しひ)村が発足。

1962年、 志比村が町制を施行、名称を変更し、吉田郡永平寺町となる。

マンホールには左に大きく「町の花:紫陽花」。右に九頭竜川と川を行き交う舟がデザインされています。

昭和37年(1962)制定の町章は「永平寺町のカナ頭文字「エ」を図案化したもの。中を丸くしたのは、町民の融和と一致協力の意味で、町勢の限りない発展を願い描かれている。」合併協議会資料より

中央部分に町章のある規格蓋

中央に町章、下に永平寺町の文字の空気弁

撮影日:2012年6月14日&2018年10月15日