てつりう美術随想録

美術に寄せる思いを随想で綴ります。「てつりう」は「テツ流」、ぼく自身の感受性に忠実に。

ヴィオラとともに(1)

2014年09月07日 | その他の随想

〔バロックザールの外壁には花が飾られている〕

 京都で音楽会を聴くために出かけた。阪急上桂駅近くにある青山音楽記念館、通称「バロックザール」だ。ここは、以前ぼくが住んでいたマンションからだと30分もかからずに来られたのだが、大阪からだとひどく遠い。

 バロックザールは、200席からなる小さいホールである。独奏から、多くてもせいぜい数名程度の室内楽用のハコだ。ほとんどはあまり名の知られていない若手の演奏家のリサイタルに使われるが、たまに世界的な巨匠が来演して驚かされることがある。

 たとえば、おととし亡くなった古楽のスペシャリストであるグスタフ・レオンハルトは、10年前にここでチェンバロのリサイタルを開いた。ぼくも何とかチケットを手に入れて駆けつけたのだが、これほどのビッグネームになると200席では足りず、当然ながら完売であったらしい。今となってはどんな演奏だったかよく覚えていないが、休憩中にレオンハルト自身が楽器の調律をするというので、客席にいた全員がロビーに追い出されたことは記憶している。なるほど、楽器とはかくもデリケートなものなのか、と感心させられた(数年前に東京で、チェンバロを運搬中に壊されたといって裁判になったことがあったが、訴えたくなる気持ちもわかる)。

 さてレオンハルトほどの名手でなくとも、前にもちょっと書いたように、時間とおカネの都合さえつけば比較的安価な新進アーティストの演奏会を積極的に聴いてみたいと思っている。そのなかには、想像を上回る金の卵が含まれている可能性もないとはいえない。今回は、前にバロックザールに行ったときに受け取ったチラシのなかからチョイスしたのだったのだろう。というより、散らかり放題のぼくの部屋の一隅に、なぜかそのチラシがいつも眼につくところにあって、ぜひ聴いてください、とアプローチを繰り返していたのだ。とうとう根負けして、悪天候を気にしながらも出かけることにしたのである。

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 そのチラシの人物とは、ヴィオラ奏者の細川泉。京都市立芸大を卒業したあと、奨学金を得てヨーロッパでも学んだ、と経歴に書かれている。年齢はわからないが、まだ20代の半ばぐらいだろう。日本でも京都を中心に演奏活動をしているようだが、ぼくは名前すら知らなかった。

 それに、いうまでもなく、ヴィオラのソロというのが極めて珍しいのだ。ヴァイオリンだと、それこそ星の数ほど演奏家がいて、いちいち数え上げることなどできない。けれどもヴィオラとなると、オーケストラのコンサートでは何台も眼にしているにもかかわらず、その音色が心に焼きつくことはあまり多くないように思える。

 たとえば昔、ドヴォルザークの交響曲「新世界より」のスコアを眺めていて、ヴィオラにあまり活躍の場が与えられていないのに愕然としたことがあった。たいていは、目立たない中声部で地味なトレモロをつづけたりしているだけなのだ。第4楽章など、ヴァイオリンの優美なメロディーがそのままチェロに引き継がれる部分があり、「あれ、なんでヴィオラをとばしちゃうの?」と疑問に思わずにはいられなかった。

 また第2楽章の終わり近くでは、有名な「家路」の主題が途切れ途切れに演奏されたあと、弦のトップ奏者だけが残って室内楽的な響きを聴かせるところがある。ここはある意味、この楽章の白眉ではないかと思っているのだが、メロディーを奏でているのはヴァイオリンとチェロだけで、ヴィオラはたったひとりで低い持続音を弾いている。ただし、ほとんど耳には届かない。正直にいって、この部分にヴィオラが登場していたとは、楽譜を見るまで気づかなかったのである。

 ところが調べてみると、ドヴォルザークは若いころ、オーケストラのヴィオラ奏者として活動していたのだ。ヴィオラという楽器は、彼にとってもっとも親しい、すみずみまで知り尽くした楽器だったはずである。たしかに弦楽四重奏曲「アメリカ」の冒頭では、チャーミングな主題をヴィオラのソロに朗々と歌わせている。しかし、究極の傑作とされるチェロ協奏曲や、最近は演奏機会の多いヴァイオリン協奏曲を残していながら、ヴィオラ協奏曲には手をつけた形跡もない。

 ヴィオラとは作曲家にとって、かくも扱いにくい楽器なのだ。それなら、その珍しい楽器にとことん耳を傾けてやろう、という一種のヘソマガリ根性がむくむくと頭をもたげたのも、この日バロックザールに赴いた一因かもしれない。自由席だったので、ぼくは臆することなく、前から2列目の特等席に座を占めた。オーケストラの演奏の場合は、あまり前に座りすぎると指揮者の尻ばかり眺めることになって憮然としてしまうのだが、今回はそんな心配もないはずだった。

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