それにしても、伝統工芸の後継者不足が叫ばれて久しく、衰退をたどりつつあるものが多い中で、和紙というのは現代でも比較的脚光を浴びているのではなかろうか。文具店などをのぞいてみると、和紙でできた便箋や封筒などが置かれているのを見かけることは多い。照明器具でも ― イサム・ノグチブームの余波であろうか ― 和紙を使った製品を見かけることが増えてきたような気がする。
ぼく自身も、ある人から卓上型の小さな行灯のようなものと、アロマキャンドルとを贈られたことがあった。備え付けのろうそくのかわりにアロマキャンドルを入れて火をつけると、ほのかな明るさと心休まる香りと、両方楽しめるというなかなかの趣向である(煙草を吸わないぼくは、ろうそくに火をつけるためにわざわざライターを買わなければならなかったけれども)。
*
しかしイサム・ノグチとて、やはり20世紀の人である。いかに日本人の血が混じっているといっても、彼は最初から「和の明かり」に親しんでいたわけではなかった。ノグチが岐阜提灯に出会い、「和の明かり」を再発見するのは、すでに彼が40代後半を迎えてからのことである。いやもっと正確にいうと、次のようなことらしい。
《イサムは、長良川の鵜飼を見物するため岐阜市に立ち寄ったとき、岐阜市長から、伝統の岐阜提灯を世界のインテリア市場に出すための助言を求められた。岐阜提灯はイサムにとって、父親とゆかりのある日本の伝統産業であった。(略)
イサムは、白の美濃紙と竹を素材に、つぎつぎと異なるデザインを考案し、照明器具として淑子との新居で使った。》(ドウス昌代『イサム・ノグチ 宿命の越境者』講談社文庫)
淑子とは、当時イサム・ノグチと結婚したばかりの女優、山口淑子(別名、李香蘭)のことである。それはともかく、ノグチの「あかり」はその発端からしてすでに“伝統工芸の活性化”という役目を担っていたということがわかる。結局ノグチの考案した「あかり」は大ヒットとなり、半世紀以上たった今でも売れつづけているようだ。現代の和紙産業も、このようなすぐれた時代感覚をもつ人と、堅実な職人たちの共同作業によって維持されているのだろう。
*
ちなみに堀木エリ子は、和紙のデザインやプロデュースをするだけにとどまらず、全身を覆う雨ガッパのようなものを着込んで、職人たちに混じって実際に紙を漉いている。彼女は一見キャリアウーマン風であると、ぼくは先に書いてしまったが、工房で汗みずくになって働いている写真を見ると ― 何しろ漉いている紙の大きさが半端ではなく、最大で16メートルの幅があるというのだが ― 手作業でものを作り出す喜びにあふれている。
その姿は、特定の肩書きで代表できるようなものではない。あえていえば“つくる人”と呼ぶほかないだろう。ひたすら仕事に打ち込む“つくる人”の姿に、ぼくはいいしれぬ憧れをいだかずにはいられない。
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ぼく自身も、ある人から卓上型の小さな行灯のようなものと、アロマキャンドルとを贈られたことがあった。備え付けのろうそくのかわりにアロマキャンドルを入れて火をつけると、ほのかな明るさと心休まる香りと、両方楽しめるというなかなかの趣向である(煙草を吸わないぼくは、ろうそくに火をつけるためにわざわざライターを買わなければならなかったけれども)。
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しかしイサム・ノグチとて、やはり20世紀の人である。いかに日本人の血が混じっているといっても、彼は最初から「和の明かり」に親しんでいたわけではなかった。ノグチが岐阜提灯に出会い、「和の明かり」を再発見するのは、すでに彼が40代後半を迎えてからのことである。いやもっと正確にいうと、次のようなことらしい。
《イサムは、長良川の鵜飼を見物するため岐阜市に立ち寄ったとき、岐阜市長から、伝統の岐阜提灯を世界のインテリア市場に出すための助言を求められた。岐阜提灯はイサムにとって、父親とゆかりのある日本の伝統産業であった。(略)
イサムは、白の美濃紙と竹を素材に、つぎつぎと異なるデザインを考案し、照明器具として淑子との新居で使った。》(ドウス昌代『イサム・ノグチ 宿命の越境者』講談社文庫)
淑子とは、当時イサム・ノグチと結婚したばかりの女優、山口淑子(別名、李香蘭)のことである。それはともかく、ノグチの「あかり」はその発端からしてすでに“伝統工芸の活性化”という役目を担っていたということがわかる。結局ノグチの考案した「あかり」は大ヒットとなり、半世紀以上たった今でも売れつづけているようだ。現代の和紙産業も、このようなすぐれた時代感覚をもつ人と、堅実な職人たちの共同作業によって維持されているのだろう。
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ちなみに堀木エリ子は、和紙のデザインやプロデュースをするだけにとどまらず、全身を覆う雨ガッパのようなものを着込んで、職人たちに混じって実際に紙を漉いている。彼女は一見キャリアウーマン風であると、ぼくは先に書いてしまったが、工房で汗みずくになって働いている写真を見ると ― 何しろ漉いている紙の大きさが半端ではなく、最大で16メートルの幅があるというのだが ― 手作業でものを作り出す喜びにあふれている。
その姿は、特定の肩書きで代表できるようなものではない。あえていえば“つくる人”と呼ぶほかないだろう。ひたすら仕事に打ち込む“つくる人”の姿に、ぼくはいいしれぬ憧れをいだかずにはいられない。
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とても興味深く読ませて頂きました。
日本には、入っては行けない暗闇の部屋が家の奥にあって、秘め事が隠されているなまめかしさが物語を生んできたように思います。
人工の不夜城に慣れてしまった現代人の瞳には、今、暗闇の中のぼうっとした揺れる灯りが一番刺激的なのかもしれません。
燦然と輝く光より、漆黒の暗闇に浮かぶ光がどれだけ
ドラマチックなものか。
てつさんの瞳はとても健全で、色んなことを思い出させてもらえました。しばし私も妄想の世界を楽しみます。
とりとめのない内容かと思いますが、どうかご勘弁ください。
仕事と両立しながらの苦しい更新となりますが、これからもご愛読いただければ幸いです。