てつりう美術随想録

美術に寄せる思いを随想で綴ります。「てつりう」は「テツ流」、ぼく自身の感受性に忠実に。

3世代の美術展 ― ポロック、セザンヌ、そしてダ・ヴィンチ ― (30)

2012年06月18日 | 美術随想
インテルメッツォ ― 盗難と絵画の関係 ―


〔中丸明「モナ・リザへの旅」集英社刊〕

 いきなりだが、ぼくは8月21日の生まれである。その日は特に記憶すべき何かの記念日というわけではない。同じ誕生日をもつ人といっても、あの陸上選手のウサイン・ボルトが出てくるまでは、世界を制するような大人物がいたわけでもなかった。

 けれどもその日は、美術の歴史にとっては忘れられない日となっているかもしれない。1911年8月21日、パリのルーヴル美術館から、あの『モナ・リザ』が盗まれたからだ(なお22日としている資料も少なくないが、事件がおおやけにされるまでに時間がかかったせいかと思われる。ここでは中丸明著「モナ・リザへの旅」に準じた)。

 今では『モナ・リザ』の微笑みといえば防弾ガラス越しにしか拝めないものであり、ほとんど世界の至宝扱いされているから、厳重なる警備によって守られているはずで、まずもって盗まれることはあり得ない。けれどもおよそ100年前には、素人の手によって ― 犯人は決して盗みのプロではなかった ― やすやすと盗まれるほどのずさんな管理のもとにあったようだ。

 事件の詳細については、関連の著書がたくさん出ているのでここでは繰り返さない。ただ、その事件をきっかけに、美術館は訪れる人々に対して「性悪説」を基準にした対応をせざるを得なくなったはずである。かくして「監視員」という、永遠になくならない職種があちこちの美術館に誕生することになった。

                    ***

 関西の美術館を思い浮かべてみると、高島屋のグランドホールでは、威厳のある制服に身を包んだ警備員が場内を巡回していたような覚えがある。

 この制服というのが、まことに効果的なのだ。もうずいぶん前の話だが、大阪難波の展示室内で、大声で世間話に熱中しているふたりのおばさんがいた(別に美術館ではなくても、かなり迷惑なものなのだが)。すると、ひとりの警備員がつかつかと近づいていき、子供に向かってするように人差し指を口にあてて「シッ!」とやった。おかげで会場には静寂が戻り、他の観客たちは最後まで落ち着いて絵を鑑賞することができたのだ。

 (この人はグランドホールが独自に抱えている警備員というよりも、百貨店全体を警備している会社のうちの数名が、そこの担当になっているということかもしれない。)

 そうかと思うと、細見美術館というやや小さな美術館では、展示室内に監視員はひとりも置いていない。展示室も小ぶりなので、利用する側としては非常に助かる。

 最近はこの美術館も有名になり ― 所蔵品である伊藤若冲や琳派の画家たちの人気も手伝って ― 来館者が増えてきたような気がするが、うまくすると展示室にたったひとりぽつんと取り残されることがある。そんなとき、監視員の視線を気にせずに思う存分作品と向き合える時間は、何ものにも代えがたい。

 もちろん、展示品はすべてガラスケースに入っている。それに加えて、監視カメラやセンサーが眼を光らせているのであろうが、われわれ一般人は気づきようがない。

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〔大鳥居をガラスに映す京都国立近代美術館(2012年4月21日撮影)〕

 純文学の作家と思われていた高樹のぶ子が、今年、はじめてのミステリー小説を上梓した。『マルセル』という。表紙には、ロートレックの油絵が大写しにされている。『マルセル』とは、その絵のタイトルでもあった。

 この小説はまだ読んでいないので、感想を書くわけにはいかない。ただ、物語の下地となった『マルセル』の盗難事件は、実話であるそうだ。何と、ぼくがしょっちゅう訪れている京都国立近代美術館が、その舞台であったそうである。

 事件が起こったのは、1968年のこと。ぼくが生まれる前だから全然知らない話だし、美術館公式サイトのアーカイブにも、当然かもしれないがまったく触れられていない。これもまた、事件の中身について知りたい方はご自分で調べるなり本を読むなりしていただきたいが、結局は迷宮入りとなり、時候が成立してしまう(その後、ひょんなことからこの絵は発見され、無事にフランスへ戻された)。

 ただ、取り返しのつかない悲劇がひとつ起こった。事件前夜の当直だった守衛が、責任を感じてか、あるいは取り調べに疲れてか、みずからの命を断ったのである。

                    ***

 監視員や警備員は、ただ人々を見張っているだけではなく、いざというときには大きな代償を支払わなければならないという、何とも危険な職業のようだ。もちろん、そんな事件が二度と繰り返されないことを祈るばかりである。

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