世間は、TPPでかなり騒がしくなってきた。政界再編の、引き金になりえる要素を含んでいる。農産物の自由化が、本当に日本の農業をだめにするのだろうか、私は疑問を持ち始めた。それは、日本の農業も長い歴史の中で、変遷を繰り返してきた経緯を考えると、米作りに執着する農家の気持ちが、わからなくなってきたからに他ならない。つまり米作りは、楽なのである。兼業が可能なのは米作りだけで、他の作物では、兼業は難しい。しかも、米作り技術は完全に確立され、後は天候しだいのところまできている。これだけは、誰にも変えることが出来ない。しかし、全ての農業がこの同じ問題を抱えている。高温多湿の日本には、米作りが一番あっていた事が、今日災いとなって現れてきた。江戸幕府三百年の歴史の下支えは何と言っても、米作りであり、戦後の、食糧難の時の記憶が、日本人の脳裏から消えない限り、農家の声が、市民の気持ちを捕まえて、ははなささないのであろうと思う。しかし、食文化は今大きく変わろうとしている。欧米で日本食文化が取り入れられ、逆に日本に欧米の食文化が、雪崩を起こすように入ってきつつある。食材を、本場イタリヤから取り寄せる、イタメシ屋、スペイン料理屋、フランス料理屋、それぞれにいろいろあるが、産地が近くにあるほど、新鮮な食材でおいしい事は確かである。この問題が議論され始めると、必ず食の国防論なるものが頭を出してくる。食料自給率が、五十パーセントを割り込む中で、耕作地の大幅な減少がよく出てくる。しかしこれもよく考えて見ると消費地に近い農地が、住宅地に変わり、農家が、安易な現金収入の方向に向かっただけで、その変化が、必要とされないところが農地として残り、概ねそのような場所は、共通して交通手段がなく、消費地からも遠いところが大半であるか、冬季に雪に覆うわれ、耕作不能地なのだ。中国の上流階級の人々は、日本お米を食べ、日本の牛を食べる。食の安全に敏感なのだ。野菜を洗う洗剤が、存在する中国。また、あれだけ騒がれたカルホルニア米、スーパーで見た事もない。商品として通用しない事を、スーパー自体が感じているから、店頭に出てこない。自由経済の理論、道理である。カルホルニア米が、本当に安全かつ、美味であるなら日本の農家がどのように反対しても自然淘汰されるだけである。どちらにしてもこの問題は、避けて通れぬ問題である事は間違いない。まず検討と、議論調査を積み上げて、慎重うに対応してほしい問題だ。
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