てくてく日々是雑感

こんにちは。てくてくねっとの たま です。
日々のあれこれをつづります。

春休み

2009年03月31日 | 近辺
下の子の高校合格お祝いということで、しうさんと息子ふたりは旅行に行っている。
私は義母とお留守番。
おんなふたりの家事は、気楽だ~。
買い物もせず、ごはん支度もせず、家にあるもので適当に食べている。
男3人の洗濯物がないので、シーツやらカバーやら大物を久しぶりに洗うことができる。
お風呂洗いが楽。おんなふたりだと汚れないんだなあ。
テレビをつけないので、読書がすすむ。
『坂の上の雲』最終巻読了。
自動車のメーカーや車種はまったく覚えられないのに
戦艦や艦隊に詳しくなってしまった。
この本を読むまでは私の知っている日露戦争は
与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」であって
晶子の弟が参戦した旅順攻略戦についてはまったく無知だった。
司馬遼太郎が日露戦争を「国民の戦争」というほど
日本全体が戦争熱に沸き立っていた背景を知ればなお、
よくこの時代に、反戦の意思をあからさまに表現できたと
あらためて感じ入る。


夏物どうでしょう

2009年03月28日 | きもの
ここしばらく着物をさぼっている。
ウールや袷を着るには暖かい日が続いていたのだが
春向けの着物を持っていないので、着るものがない。
その上、花粉がひどいので気力体力が萎えている。

そろそろ春物、初夏物の準備をしなければなあ。
初めての夏。何を着たらいいのか、見当がつかない。

着物についての情報はもっぱら本やネットに頼っていて
夏向けには「紅梅」とか「小千谷縮」とか「麻」とか書かれているけど、
実際に見たり触ったりしてみないとイメージがわかない。
冬に着物を着始めたときは、それこそ皆目わからなかったので
古着屋さんで「ウール」「木綿」「紬」「お召し」などをキーワードに
とにかく入手して、実際に着てみて、その肌ざわりや着心地を
確かめることから始めたのだった。研究と探訪の日々。
夏物もとりあえず集めてみるか…。
家庭で洗えるかどうかという点も夏は特に大事。
もちろんお値段も。
着物だけじゃなく、肌着も襦袢も帯も夏物を用意しないと?
いやあ、なかなか大変だぞ。

しかし、高いよ。着物も帯も小物もろもろ。
実際、手間ひまかかっているモノだとは思うが…、
帯や小物など手作りできそうなものは作ってしまいたいくらいだ。
私は元来、手作り派ではないけれど、必要に迫られればやろうというもの。
まあ、何度か失敗を重ねゴミを量産し、
結局買ったほうが早いわ、となるのが落ちではあるけれど。



花粉

2009年03月20日 | 近辺
山から花粉が、大陸から黄砂が、生ぬるい風に運ばれて飛んでくる。
からだが、ゆるみたい、ほどけたい、くつろぎたい、と言っている。

いやいや。くしゃみ連発で、お疲れなんですよ。
くしゃみの時速は新幹線のスピードくらいなのだそうですが
まあ、毎日このスピードで飛ばしていたら、体力消耗しますわ。
腰が弱い人はぎっくり腰になったりすることもあるとか。

もうしばらくの辛抱ですね~。

桜の気配もそよそよと近づいてきました。
外出から帰ったら、「花粉カットスプレー」。お忘れなく。


卒業式でした

2009年03月18日 | きもの
下の子の中学卒業式があり、義務教育9年間をすべて終了しました。
ひとつの節目だなあと感慨深いです。

卒業式は、きものを着たいと思っていたのですが
なにしろ、きものがない。借りるのはどうか?
やわらかものは慣れていない、二重太鼓も結べない。着付けてもらわないと?
などなど考えると、礼装はハードルが高くて断念しました。

きものについて知識が増えてくると、
かえって気軽に着れなくなってしまうものですね。

体育館は鬼寒かった!天気予報は大外れでした。
こんな時こそ、重ね着ができるきものが着たかったですが。


タイコットンで半巾帯

2009年03月14日 | きもの
タイ手織り綿衣料を扱っているバーンノークさんが
タイに仕入れに行くと言うので、
ついでにタイコットンを使った半巾帯を試作してもらいました。

渋いお色ですが、締めてみるとまた雰囲気が変わると思います。
どんなきものと合わせたらいいか、思案中。



江戸

2009年03月12日 | きもの
もう10年近く前になりますが、
当時スタッフだったMちゃんとふたりで、「江戸」に、はまったことがありました。
杉浦日向子のまんがを読み込んで、「深川江戸資料館」なんぞに足を運び
江戸時代のエコロジカルな暮らしに感嘆し、粋な文化に憧れたものでした。

その時、「もし、江戸時代に生まれていたら、何になっていたか」と話をしたのですが
ツレアイが公務員のMちゃんは「長屋のおかみさん(亭主は棒手振り)」
毎日カウンターに立っている私は「茶屋の看板娘」
配達でクルマの運転ばかりしているしうさんは「猪牙舟の船頭」
…と、3人とも、今やっていることと変わらない発想だったのには、笑えました。

その頃は、江戸文化に興味はあったけれど、きものを着るなんてことは
まったく思惑にありませんでした。

その後、マイブームも去り、日々の関心から遠ざかっていた江戸でしたが
時を経て、きものに触れるようになったら、
あの頃は、ワケもわからず面白がっていた江戸の人びとの暮らしぶりのイメージが、
より具体的に感じられるようになりました。

巡りめぐって…学ぶことは日々多し、です。
何事も、無駄ではない、ということですね。


幸田文の しつけ

2009年03月10日 | 本棚
両親をはやく亡くしたせいか、人と比べて、生活の箍(たが)がゆるんでいる自覚がある。
義母と一緒に暮らしているので、それなりに保っているが
もし同居していなかったら、果てしなくだらしなくなってしまうのではないだろうか。
そんな私なので、「しつけ」についてなど、とても言えた義理ではないが。

44年間、幸田露伴という重く厳しい箍にはめられてきた幸田文の
「しつけ」に関する本が、立て続けに出版された。

『幸田文 しつけ帖』(幸田文著・青木玉編)
『幸田家のしつけ』(橋本敏男著)

前者は、幸田文の随筆や執筆の中から、28編。
掃除、食事、身だしなみ、言葉遣い、性、死生観などなど、
露伴が文に仕込んだ生きる姿勢が綴られている。

後者は、文と露伴の言葉を元に、時代背景や経歴も含め
ときに現代と照らし合わせながら、幸田家のしつけの本質を探る解説書。

露伴が残した暮らし方の教えの数々を、文はたくさんの随筆に記しているが
私はそれを「実用」書として読んでいる。
ロハス、エコ、シンプルライフ、と志向される暮らしのあり方のノウハウが詰まっているし
ひとつの指針になりうる。
実は、畏れ多くも、私もいつか、できるものならやりたいなあと思っていた。
幸田文のノウハウ本の編集。
やはり時代のニーズがあったのだろうか。玉さんの編集なら申し分ありません。

露伴の家事指南について、少し書いておく。

「掃いたり拭いたりのしかたを私は父から習った。掃除ばかりでなはない、女親から教えられる筈であろうことは大概みんな父から習っている。パーマネントのじゃんじゃら髪にクリップをかけて整頓することは遂に教えてくれなかったが、おしろいのつけかたも豆腐の切りかたも障子の張りかたも借金の挨拶も恋の出入りも、みんな父が世話をやいてくれた。」(『あとみよそわか』)

男親が娘に家事を仕込むという、ちょっと特殊な状況は
幸田家特有の事情があった。

文の実母は、文が六歳のときに亡くなった。
継母は教育者であったが、からだが弱く家事ができなかった。
また継母との関係も心通うものではなく
露伴が文に家事を教えざるを得ない状況にあった。
もともと露伴の家は、江戸時代、大名の取次を職とする表御坊主衆で
武家のしきたりや行事に詳しい。露伴は兄弟の多い貧困の中で
朝晩の掃除、米とぎ、洗濯、火焚きなど家事一切をやらされて育ったから
露伴の教えには実践が伴っていた。
しかも博識の露伴の教えは理屈、筋道が通っている。
封建的・絶対的な父の教えに、時には反抗しながらも
露伴の教えの真髄をものにした文の素養も並みではない。

文が本格的な掃除の稽古についたときの様子が『あとみよそわか』に書かれている。
まず道具を持ってきなさい、と言われ、
三本あったほうきのうち一番いいのと、はたきを持っていくと
「これじゃあ掃除はできない。ま、しかたが無いから直すことからやれ」と言われ
その日ははたきの改造とほうきのゆがみを直して終わる。

まず道具を整える。
「どうしてだか使ってみればすぐ会得する」
道具には、なんのためにどのように働くのか、ちゃんと意味がある。
手の動かし方、からだの使い方にも意味がある。
その意味を、物事の道理を理解せよ、というのが、露伴の家事観だ。
掃除や家事を通して、露伴は物事への向き合い方、ひいては生き方そのものを
伝えようとしていたのだ。これが格物致知だ。

露伴は、雑巾がけひとつ、薪割りひとつとっても、真剣さと渾身を要求する。

「面倒がる、骨惜みするということは折助根性、ケチだという。露伴家ではケチということばは最大級のものである。ケチなやつと叱られた時は、もっとも蔑まれ最も嫌われ、そしてとどめを刺されて死んじまったことを意味するのである」。(『水』)

日々の家事を、少しでもラクに便利に、と現代の私たちが思うのは、なぜかといえば
そもそも、格物致知を知らず、渾身を知らないからだ。
逆に言えば、格物致知と渾身を理解するために、家事があり技術の修練があるのだ。
このことが腑に落ちれば、迷うことなどなくなるのだろう。
家事の「実用」を越えて、生き方の「実用」書である所以だ。



アイディアがいきる オーガニックコットンの「さらし」

2009年03月09日 | 近辺
 「さらし」といっても、現代の暮らしではあまり馴染みがないかもしれません。
 私が最初に「さらし」生地に触れたのは、小学生の頃
 遠足の持ち物としてリストにあった「三角巾」。
 今の子どもが給食当番で頭に巻く三角の布より、もーっと大きいものです。
 これで、応急手当の方法も教わりました。もう覚えていませんが。

 次なる「さらし」の出番は、妊娠・出産時です。
 「さらし」というと腹帯、のイメージが強い方もおられるのでは?
 私は腹帯は巻きませんでしたが、
 赤ちゃんのおしめに「さらし」1反縫いました。
 おしりふきや、離乳食作りなど、この時期「さらし」は結構活躍します。

 子どもが大きくなると、しばらく縁遠くなっていた「さらし」ですが
 きものを着るようになったら、肌着として必要になってきました。
 どうせなら、オーガニックコットンのさらし生地を使いたい…と
 思っていたところ、私の心の声が届いたのか??
 プリスティンから オーガニックコットンの「さらしくん」発売されました!

 で、本日、手元に届いた「さらしくん」
 市販のさらしのような真っ白ではなく、肌ざわりも柔らかです。

 オーガニックコットンだから、食べものに直接ふれても安心なのが
 うれしいですよね♪
 蒸し布にしたり、ダシをこしたり、果汁を絞ったり。
 コップやガラスを拭くときも毛羽が目立たずきれいに拭けます。
 重曹を使った茶渋磨きにもぴったりです。
 ラップの代わりにさらっと一枚、さらしを乗っけておくのもいいですよ。
 その際、四隅に重しとしてビーズなど縫い付けておくと、浮き上がりません。
  
 てぬぐいや、手作りマスク、今話題のふんどしなど、アイディア次第で
 いろいろなものが作れます。
 草木染めしたり、刺繍したり… 手作り心をそそりますよね。

 ちょっと変った用途としては
 防災用品の一つとして、防災リュックに入れておく!というもの。
 通気性・吸水性がいい「さらし」は、包帯にもなるし、下着にもなる。
 いざという時大活躍します。

 まさに「一器多用」そのものである「さらし」
 ぜひぜひ、使いこなしてくださいませ♪

きものでお出かけ

2009年03月02日 | きもの
日曜日は、ポラン広場のオーガニックショーとアースガーデン。
久しぶりの東京。浅草です。
今回、初めてきものを着て遠出しました。
片道4時間の高速バスに耐えられるか…不安でしたが
行きは大丈夫だったものの、帰りはぐったりしました。
まあ、新宿→飯田の高速バスはすごく揺れるので、
ふだんでも酔っちゃうんですけどね。
秩父の山道と、辰野あたりの道路の悪さには辟易します。

で、東京は寒かった!
きもの姿の人も数人見かけましたが、お年を召した方ばかりで
みなさん、しっかり長いコートを着てショールも巻いていらした。
私は、御召に博多帯に羽織。
せめてマフラーかショールを持ってくるべきだった。

イベント会場では、若い方のカジュアルなきもの姿もちらほら。
おしゃれ着の選択肢のひとつとして気軽に着ている感じでした。

ポランの取引先でもある京都の織元「塩野屋」さんのブースで
国産繭の真綿や、御召でつくったマフラーなど触らせてもらいました。
日本の繭自給率1%以下という厳しい時代に
国産繭を原材料とし、日本の職人たちによる純国産の絹織物を作り続けているそうです。
いやあ、気が遠くなりそうです。いろんな意味で。
でもすごく大事なことだと思うし、少しでも応援できたら…と思います。

顔なじみの生産者、製造者の方々とも久しぶりにお会いできて…。
ボディクレイの手塚さんは、私がきものを着ている「ねらい」みたいなものを
瞬時にわかってくれましたね~。さすが。

きもののお出かけ、初チャレンジでしたが、ちょっと自信がつきました。
日本で英語を勉強するのと、きものを習うのと、どっちが環境として恵まれていると思います?
けっこう似たような境遇ではないでしょうかね?


初披露ですな。