てくてく日々是雑感

こんにちは。てくてくねっとの たま です。
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ゆく夏

2007年09月02日 | 昔ばなし
晩夏の信州の朝はなつかしい匂いがする。

小学生の頃、夏休みといえば、戸隠にある母の実家で数週間を過ごしていた。
どっしりと重たい藁葺き屋根が覆う昔ながらの農家だった。
ひんやりした土間、煤けた囲炉裏、薪で焚く風呂、座敷童が出そうな奥の間。
煤で真っ黒になった天井は、高く暗く、夜の闇に同化しそうだった。

薄暗い家から一歩外に出れば、真夏の陽射しに庭の草花が揺れる。
縁側に新聞紙を敷き広げ、井戸で冷やした西瓜を食べ散らかす。
白い砂利道を1時間近くかけて歩き、村の学校のプールに通う。
裏山の畑に登り、トマトや胡瓜をカゴいっぱい抱える。

お盆が近づくと、一族総出で盆棚つくりの準備をする。
子どもたちは数十ある位牌を池で洗うのが仕事。
源平合戦を描いた屏風を立て、紅葉を飾るのは、いかにも戸隠らしい風習。
棚が整い、清めた位牌を並べ、お供えが次々と運ばれる。
盆提灯で座敷が囲まれれば、お盆の支度も終盤。
台所仕事でせわしない女たちは、夕方の迎え火に出てこない。
子どもと年寄りが迎え火を唱える。
夜の座敷は天ぷら、おやき、刺身。
この時ばかりは思う存分ジュースが飲めるのが子どもたちの楽しみだった。

お盆の中日は村の学校で盛大に盆踊りが行われる。
校庭いっぱいに幾重にも輪をなして踊る善男善女たち。
子どもたちはもちろん夜店が目当て。
ささやかながら延々と続く花火。

盆提灯を仕舞う頃には、とんぼが飛び交う。
朝、ひやっとした空気で目を覚ます。
どこかで草を焼いている。野菜を煮ている。山羊が鳴いている。
夏の花が花粉を飛ばす。虫が生まれて死んでいる。
ひえた空気が、匂いを際立たせる。
夏の盛りには気がつかなかった匂い。

楽しかった夏の終わりを告げる、さびしく、なつかしい匂いを
ひんやりとした朝の空気が運ぶ。