医大生・たきいです。

医大生的独言。

プレイバック2012

2012-12-31 19:31:20 | 人気記事

2012年も残すところあとわずか、みなさんいかがお過ごしでしょうか。ここ数日ほど12時間くらい睡眠をとるのが習慣になってきてしまい自分でも苦笑い。実家にいるとそんなものであります。というわけで大晦日という今日は毎年恒例の特大号。今日のブログだけ読めば、医大生・たきいの1年間が手に取るようにわかります。何、別にお前の1年間なんて知らなくていいんだよと思ったあなた。毎日更新しているブログを全部読み返す気になりますか!?筆者には到底無理です。というわけでおいしいとこどりの要約を、読者のあなたのためだけに準備したまでであります。それではどうかしばしのお付き合いを。医大生・たきいです。


<1月>「あー、紅白見ちゃったよ」と若干の後ろめたさを感じながら迎えた新年。2012年である。1992年生まれの自分としては隔世の感すらある。石川さゆりだけは見ようと思ったらAKBやら何やらいろいろ見てしまった。頭を掻きむしりながら日本史を解く。この浪人生、ただいま日本史で満点を取るということしか頭にない。英語も数学も国語もそっちのけで、細かい知識を頭に詰め込んでいた。Yゼミの出している問題はマニアックなことが多すぎて、ふと冷静になる自分は「これをやるのは時間の無駄だ」だなんて語りかけているのだが、わからないことが目の前にあるといてもたっていもいられなくなる浪人生心理が働いてしまい、もくもくと山川出版の教科書と問題との反復運動を続けるのであった。夢に出てくるのは仏像である。好みは観心寺如意輪観音像。なまめかしさがよい。他教科の勉強もしていないわけではなかったのだが、ただただ日本史を愛し続けていた。あと少しで日本史を勉強するのも一生で最後になるという哀愁が彼にそうさせたのである。しかし受験とは総合点の戦いである。これは逃避か、と彼は冷静に考え始めもしたのだが、気づけばセンター試験は始まっていたのである。一番最初の科目は日本史、猛勉強のおかげで10分強で解き終わったのだが、4問も自信がなくて青色吐息。他の科目を眺めながら、地理の訂正のプリントでそもそも何が訂正されているのか意味がわからんなと思いつつ、もう一度自信のない問題を見返すのだが、さっぱり自信が持てない。こりゃだめだと思いながらその日の文系科目は全部イマイチな点数を取って帰ってきた。初日が終われば自己採点はするなというよくある教えに素直に従って、少女時代のDVDを見てリラックス。受験が終わればあの足を触れるかもしれないとか妄想してみる。かかるリラックスした状態で受けた二日目はほぼ満点で折り返し、医学部に願書が出せる程度の失敗には収まったのだが、4年間第一志望と書き続けた某旧帝大は諦めた。人が哀しみとともに向かう地は北であると平安の昔から決まっているのである。「津軽海峡・冬景色」も上野発の夜行列車に乗り込めば、着いたところは青森駅なのだ。ならば北へ向かうしかなかったのである。挫折から始まった1年。ところが、ノリで出願してみた某大学の1次試験に通ってしまった。南進計画が浮上した。不凍港を求めるのも一つの戦略であるのかもしれない。

<2月>某大学の1次試験に通ったということで栃木県に向かった。激しい倍率で、さらにはこういう生徒は不利だとかなんだとかいろいろ噂にばっちり合致していたので全く合格する気はしなかった。というわけで、入試の2次試験をリラックス休暇として利用することを決定。宇都宮で夜は餃子を食べたりなんだりしてきた。その日の宇都宮のホテルで観たテレビでは、「震災の影響で宇都宮が餃子消費量で日本全国1位から陥落しました」というニュースを見たときには思わずずっこけたけれども(笑)。小論なんてブロガーにとっては練習なんていらず(笑)、面接なんていうのも自慢のトーク力でなんとかなるのである。適当にやって本拠地仙台に戻る。予備校隣の怪しげなうどん屋でカレーうどんを毎日食べながら数学ばかりやる。と、淡々と毎日を過ごしているとちょっとは気になっていた合格発表の日。あまり勉強も手につかず、大学HPにアクセスしてはF5を連打。何故か父親まで早く帰ってきていて、「なんとなくお前が合格する気がする」だなんてプレッシャーをかけてくる。あるわけがないと思っていた受験番号だった。アクセスが集中しているせいか、動作の遅いパソコン。やっと開いたページを見て目を疑った。なんとそこに番号があった。喜び高らかに上げた勝利の雄叫び。高校の担任の先生だとか予備校のチューターだとかに電話して回って、生まれて初めて電話しながら泣いた。急に受験生生活が終了して暇になってしまったが、まだ友人たちは受験生のラストスパートをかけているところなので遊ぶわけにも到底いかず、ひとりさびしく自動車学校に通った。

<3月>自動車学校で怒られながら憂鬱な日々を送る。自動車学校でスケジュールを詰め込むとかなりしんどい。すると国公立大学の合格発表もいつの間にか始まって、なんとぞくぞくと「合格しました(ToT)」メールが届いた。しかしその背後には、「だからたきいくん宴会の幹事よろしくね」という文脈があることに気が付いたわたくしはいろいろと手配。席が自由になっている予備校では、「前に座った人が受かる」という言い伝えがあるのでそれを信じて1年間前に座り続けた筆者であったが、最前列に座る人は全勝だったし、その言い伝えは馬鹿に出来なかった。それにしても筆者の周りは合格しすぎともいえる大進撃でびっくり。授業中に筆者と一緒に爆笑してるやつらはみんな合格でした。楽しい教室だった。「浪人生・たきいです。」と書き続けた浪人生時代のブログでありましたが、「医大生・たきいです」として新規リニューアル。「医大生ブログランキング」にも参加してみた。この時点ではまだ医学部に入学していなかったのだが、細かいことは気にしておかないことである。浪人中は予備校の同じクラスで筆者と同じく前に座る人間くらいと高校の同級生、さらには広島校のファンの方(笑)くらいしか読んでいなかったはずなので、全くブログランキングで戦える気はしなかった。

<4月>心待ちにしていた大学生活は寮生活である。自炊も洗濯もしたことがない人間だったので不安しかなかったところで始まった入学式。スーツを身に着けてネクタイは赤色。赤と青とで迷ったら、赤を選ぶのは壱高OBとしてはあたりまえである。入学式で学長先生がスバラシイオコトバを話しているのも半ばに、筆者はひたすらあることを考えていた。全都道府県出身者が持ちまわりで一言ずつしゃべっていくのが毎年恒例の行事なのであるという。スピーチとかその手のたぐいのものは得意なので、ひたすらウケるネタはどんなのなのかと考えた。仙台七夕祭りの関係者のみなさますいませんでした(笑)。詳しくは4/6の日記参照のこと。それにしても大学1年生の4月というのは忙しすぎて、全然勉強していないけど、こんな環境でいいんだろうかとかいらぬ考えもしたものだった。寮の「ラウンジ」と呼ばれる小グループごとに毎日のように車で先輩に連れて行かれ、初対面の人たちと遊ばなければならないという無茶ブリ企画の嵐。しかし、学年全員の名前はそれで覚えることができたものです。怒涛のひと月。

<5月>疲労困憊の先月を終えて、GWで初めての帰省。混雑する新幹線というものは初体験。高校の将棋部に顔を出して先輩面してきたり、早速予備校の友人たちと集まったりするという大学生っぽいことをしてみた。しかし4月の疲労が臨界点に達したようで数日寝込む(笑)。そういう同級生も多かったとか。特筆すべきはラグビー部に入部したこと。まさかの部活選択に仙台の友人たちの多くは絶叫。どうやら筆者には万年文化部のイメージが付きまとっていたらしい。確かに高校時代は将棋しかしてませんでしたからね。「今日は雨降ったから部活サボるかー」というツッコミどころ満載の発言をするヤル気のない将棋部の部長でしたが、県大会ではうちの高校で上位独占というナメた3年間。そんな姿からはストイックな運動部のイメージが全くわかなかったらしい。5月当初はコンタクトレンズを目に入れるという練習だけが唯一成果が上がった。

<6月>ようやくまともに授業が始まったころか。ラグビー部の練習しんどいわと思う傍ら将棋の大会に2回ほど参加してみたり。最初の大会では全敗という不名誉な結果に終わったが、次の大会では栃木県でベスト8くらいに入賞。とりあえず6年間で県代表をもぎとるというデカすぎる目標を掲げて頑張っていきたいところである。このころから、検索エンジンに「医大生」と打つと「医大生 たきい」が候補に上がるようになり、本ブログの知名度は指数関数的に上昇。下旬には医大生ブログ全国1位を奪取。順風満帆の人生かと思いきや、連日のラグビーの練習のせいなのか「右膝が痛い」と整形外科に行ってみたら「右膝前十字靭帯再断裂」という恐ろしい宣告をされて大学入学以来一番落ち込んだ。せっかくデビュー戦に出たばっかりだったのに。

<7月>テストが近いということで鳥取の男と一緒にマックに勉強しに行った。するとマックが混んでいたので小山まで自転車で漕いで行ってついつい「アメイジングスパイダーマン」を見てしまう。あれはアホだったが、人生初の3D映画はなかなか感動的でありました。7月は通院も多かったのだが、「前十字靭帯再断裂」というのは不幸中の幸い誤診だったことがCT、MRIの結果ついに発覚。しかし切れてはいないみたいですねと言われただけで検査待ちの日々。短く儚かったプレーヤー生活に別れを告げ、ビデオ撮影という部活内での新たな居場所を発見する。想像以上にきつかったテストが終わって向かった先は北海道。東医体であります。

<8月>やってきました北海道ということで東医体最初の宿泊場所は中学生の部活の合宿先のような場所。中1の時に行った青少年自然の家を思い出さない訳にはいかなかった。ついつい苦笑いしつつ最初の困難が。車の運転である。3月に集中的に自車校に通ったおかげで取れた免許でしたが、こんなことをさせられるなら免許取らなきゃよかったとすら思ってしまった。自動車学校の卒業検定以来の運転で泣きそうになりながら運転。車線変更のときに車をぶつけそうになった時には死ぬかと思った。しかし日に日に運転技術は向上して、片手でハンドル捌きをできるほどの腕前に。何事も練習あるのみであります。一緒にいる時間が長すぎるせいか、1年生は何かしらの問題が起こるというのが毎年の「ラグビー部あるある」らしく、我々の学年もまた然り。何回早く実家に帰りたいと思ったことか。何か人間関係で問題が起こると永世中立国的立場、悪く言えば八方美人な態度をとってしまう筆者はひどく気疲れ。とか思っていると、先輩たちは東医体で決勝までコマを進めていた。その間ひたすら筆者はビデオ撮り。だいたいビデオ撮りのコツのようなものがわかってきた。手に汗を握りながらビデオを撮った決勝でありましたが、惜敗。東医体は準優勝ということで幕を閉じた。大変だった毎日を耐え抜いた自分へのご褒美として、札幌駅前のビックカメラにてSTARWARSのレゴを購入。「それは北海道で買うものじゃないわ!」と的確なツッコミをマネさんから入れてもらった。彼女たちの笑顔が戻っていて一安心でありました。東医体から帰ってきても、これがまた忙しい。宮城県内の病院を見学して回り、OBの先輩方との懇親会。場の流れで「整形外科医になります」宣言までしてしまった(笑)。ぐれて金髪にしてしまったり(笑)、足尾銅山まで遊びに行ってみたり、ヒロコ姉さんと握手しに表参道まで行ったりと充実した夏でありました。

<9月>文化的なことをするのがイケてる知識人という感もあるで秋であるが、このころの栃木はまだ灼熱地獄であった。仙台人にとってこれは実に厳しい。このころから文章の質的な変化を実感するようになった、というのも今回のブログ記事を書きながらついつい読み返してしまっているからである。なんというか、ツマラナイコトを格調高く書く技術が飛躍的に上昇している気がしたのである。全国にも本ブログのファンの方々がたくさんできたようで、下旬、「医大生・たきいです。」が10万アクセスを記録した。

<10月>1日は筆者の誕生日ということで、寮内でかなり祝福していただいた。ついにハタチとなってしまいましたわたくしは。全国の方から祝福されたと一般人が書けば言い過ぎに違いないのだが、この大学ではそうではなく、文字通り全都道府県の方から祝福していただいたように思う。「ワタシはたきいの誕生日なんて祝福してません!」という人がいるかもしれないが、都合上ここでは黙っていてほしい(笑)。上旬には学園祭。1年生ながら中夜祭の司会という大役を任されたものの、何とか乗り切った。筆者の相方であるアラキドンとの絆が深まったように思う。下旬には非公式部活である「ラーメン部」の元となる活動が数名の有志とともに始まった。ラーメン二郎栃木街道店の根っからのファンとなった。

<11月>電磁気学入門打ち上げカラオケとか、宇都宮餃子祭りに遊びに行ったりとかいう風にリア充を装って楽しい毎日を過ごしていると定期試験という現実がすぐにやってきて死にそうになる。というか死んだ(笑)。大学の勉強というものはナンダカヨクワカラナイものばかり覚えないといけないところが大変だった。これでも1年生はまだ楽と上級生から聞くようになるからこの先を案じるばかり。勉強に本腰を入れねばならぬと思いつつもラーメン部の活動は活発になるばかり。下旬、演劇部のキャストのオファーが来て、少々やるか迷ったものの引き受けてみた。何事も経験なのだ。

<12月>初体験の演劇部、連日の練習は想像以上に過酷で、練習中に寝てしまって出番を忘れたりするほどだったが(笑)、本番では汚名返上で会場の爆笑をさらってきた。先輩方のおかげでいい経験ができました。そして忘れてはならぬのが1日の医大生ブロガーのお兄さんとのブロガー飲み。そこから繋がる人間関係ということで、いろんな人を紹介してもらって、ただの独り言だったはずのブログが新たな可能性の一片を見出してきた気がする。学業のほうでは解剖学、組織学がスタートして、本格的に自分は医大生であるという実感が出てきたように感ずる。4月からずっと「医大生・たきいです」と挨拶してきた割には、医大生という実感があまりなかったからである。いよいよ学業に対する責任感のようなものも感じている次第である。学校がひと段落してからは、今年4回もヒロコ姉さんとあってしまったのだが、またまたミヒマルのライブに行ったり、予備校時代の仲間たちと温泉旅行に行ったりと英気を蓄えた1年の締めくくりでありました。お世話になった予備校講師と飲んだときには、「たきいはただの医者にしておくにはもったいない」と言われて(笑)、今後そして最後はあまりにも長すぎるブログを書いて1日を終えてしまおうとしている大晦日であります。これはこれで2012年という1年の表象である気もするから、それはそれで構わないのです。










というわけで、Facebook等で年末振り返り投稿がたくさんあるアップされてる中、誰よりも長文で克明な1年の記録をお伝えしました(笑)。全国1位の医大生ブロガーとして当然ですよね(笑)、とか書くと来年からの大晦日特大号ブログがしんどくなるばかりなのでやめておきたいところなのではありますが(笑)。

2012年は、毎日ひっそりと更新しているちっぽけな男の戯言を読んでくださっていただきありがとうございました。初めは20人ほどの友人しか読んでいなかったはずのわたくしのブログではありましたが、今では大学の友人たちが地元に帰省して友達と会うたびに、「たきいっていう人知ってる?」と聞かれると聞きます。インターネットというツールは恐ろしいものだと体で実感した1年でもありました。どんどんと勢いの増す筆者のブログでありますが、これからもよろしくお付き合いいただければ幸いに存じます。今後の活躍にもご期待ください。ただし、どこからかの出版社から書籍化の話かなんか来ても、「勉学を優先させたいと思いますので」とドヤ顔して断ろうと妄想しております(笑)。なんだかかっこいいではないですか。とはいっても、そんな話来るわけがないのです。笑

と一通り書き終わったところで、年末恒例の紅白歌合戦が始まりました。去年は、受験生だったので、…見てましたが(笑)、すがすがしい気持ちでみれる紅白というのは素晴らしいものです。やはり、石川さゆりなしには年は越せません(笑)。去年は「津軽海峡・冬景色」だった記憶がありましたが、やはり今年は「天城越え」ですか。二択ですよね。笑

相変わらず拙い文章ではありますが、2013年も毎日更新いたします。よろしくお願いいたします。

来年からも、一日一発、よろしく頼む!!





(紅白の審査員に呼ばれたいという夢がある人(笑))











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The way to モノマネ芸人

2012-12-30 22:00:44 | 医大生的生活

日本各地の医学部に散らばった予備校の仲間たちを集めて飲み会を開いた昨晩。予備校の校舎を歩いて回ると、いろんなところで「ブログ見てる」と言われて大変恐縮。英語の師匠には、「文章うまいね」だなんて言われてしまって土下座もの。教育関係者が見るような高尚な文章では決してないと思いますこのブログ(笑)。襟を正して今日も更新中。医大生・たきいです。



先日のブログの(~な人)の欄で(KY塾関係者向けの宴会芸を練習しなくちゃと思っている人(笑))と書いたように、予備校講師モノマネを得意としている筆者。数名の先生のネタがあるが、一番ウケが良いのは某英語講師のネタ。授業の一部の完コピネタは鉄板なのだが、「たきいは覚えるところを間違っている」とよく非難される。そのように日本が誇る頭脳の旧帝大医学部の生徒から言われてしまったら何も言えない。確かにそうである。

そのモノマネというのは、ほかのクラスまで広まっていたりして、出張して一発ネタを披露してくる、というような愉快な浪人生活であったのだが、さすがにご本人の目の前でやったことはなかった(笑)。受験生時代にそんなことができるわけがないのである。一生お見せすることはないだろうと信じていたのだが、なんと昨晩の宴会に顔を出してくださったのである。

24時間勉学のことを考えていた大学受験生時代の面影すら見られないわれわれのために、わざわざお越しいただいたのだから、こちらとしても渾身のネタをご本人の前で披露するしかない。頭の中でリハーサルをしてから居酒屋の空気の主導権を握ってモノマネを披露。

…なんとか笑いがとれた(笑)。他の先生たちも似ていると言ってくださった。今気が付いたのだが、ネタ元の先生が今以上に有名になってくだされば、その瞬間に筆者もモノマネ芸人の仲間入りであるということだ。ここはひとつ、先生のさらなるご活躍を祈念するしかないのである。笑

ううむ、芸人になるのかもいいかな。笑




(栃木県民になってから大島優子が好きになった人(笑))











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10年前の「ぼく」に会う

2012-12-29 14:52:50 | 医大生的生活

昨晩は連日の疲れで8:00過ぎに就寝して8:00過ぎに起床(笑)。しかし時差ボケのようになっていた頭は復活した模様でそれだけはよかった。医大生・たきいです。


出身小学校でタイムカプセルを開けるというので行ってきた。小中高と一緒で今は東大生の友人に誘われて。行ってみれば懐かしい顔ぶれが。校舎に勝手に入って歩いているとなんだか遠い昔を思い出した。お世話になった先生たちに挨拶してこれてよかった。

「将来の夢」と銘打たれたものがあって、サッカー選手とかプロ野球選手とかみんな書いている中で、10年前の筆者が書いていたのは、






「公む員になりたい」






「公む員」とは「公務員」のことでしょうか。それくらい辞書でも引いて漢字で書いてくれよ恥ずかしいな全く。なんで公務員になりたかったのか全く分からない。理由も書いて欲しかったよ、たきいくん。でも、大学卒業したら県の職員になるから、君の夢は叶えられたよおかげさまで(笑)


「10年後のぼくへ」という題名のはがきをもらってきた。




「ぼくは10年後、東北大学の理学部に入っていて、地学の勉強をするためにがんばっていることと思います。
ノーベル賞の田中耕一さんと同じ大学だけど、ノーベル賞も、後はいになれるかな?

2002.11.11」





お手紙をもらえば、返信するのが礼儀でしょう。






「10年前のぼくへ

お手紙ありがとう。君は化石を掘るのが好きだったね。東北大理学部の教室に入れさせてもらって感動してたよね。大学生のお兄さんたちはカッコ良かったって言ってたね。(※1)

ぼくはいま、お医者さんになるために勉強をがんばっています。理学部じゃなくてごめんね。でも似たようなもんだよ。(※2)

君が憧れている「ノーベル賞」だけど、ぼくなんかじゃ無理だろうな。このまえ友達と話していて、とねがわすすむさんという人の名前しか知らなくて恥をかいたし、「iPS細胞の意義を述べよ」とテストで聞かれても、点数もらえなかったくらいだよ。あ、iPS細胞というのをぼくが発見した!と今いえば、君はノーベル賞とれるね。

ぼくは勉強がんばるけど(※3)、君はたくさん外であそんでいなね!小学生は遊ぶのが一番大事だよ!

2012.12.29

追伸
というか、公務員になりたいんじゃなかったの?」





※1  東北大主催の化石発掘体験に参加して、考古学ボーイだった。
※2  違います。
※3  本当に頑張ってください。






成人式のあとにやる同窓会行きたくなってきたかな。面倒だから行かないつもりだったのだけれど。というわけで年が明けたら組織学の勉強がんばらなきゃ。テストがあるのです。






(ここでも、激太りしたねと言われた人(笑))











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もう辛いものが好きとは言いません

2012-12-28 23:59:59 | 医大生的生活

温泉旅館とは、疲れを取る場所、あるいは癒される場所であると信じて疑わなかったのに疲労困憊で宿を去りました(笑)。全く寝なくてごめんなさい。医大生・たきいです。


温泉旅館から仙台駅西口までバスへ送迎してもらうとそろそろお昼時。今は九州地方に行ってしまった同じく医学部1年の友人は、



「みんな辛いものは好きかい」



と行って、ラーメン屋に連れて行ってくれた。ラーメンには目がない筆者。さらには辛いものも結構好きなので断る理由はない。

仙台駅から地下鉄に乗って行ったほうがいいくらいの場所ではあったのだが、「俺ら暇だし」というNY氏の鶴の一声で歩いてくことが決定。まあそれもよかろう。なんだか仙台という街は非常に落ち着く。ここほど住みやすい都市はないとさえ思う。

遠いと思っていたのに案外すぐに着いてしまって、迎えた店舗は台湾料理のお店。いかにもという雰囲気が漂っていて結構好きである。開店まで時間があったので少々待つ。開店の時刻を過ぎても店が開かないのは、もしや年末休業かとヒヤッとしたのだが、5分くらい過ぎて店主のおじさんに店を開けてもらう。なんともいえないルーズさ。隠れた名店という空気が流れる。どことなくそのおじさんの風貌が筆者と似ていない気がしなくもなかったのだが、一緒に行った二人には黙っておいた。


メニューも大して見ることもなく、「じゃあ例のやつでいいみんな」と言われたので、「もちろん」とうなずいた。特製台湾ラーメンというらしい。台湾料理って辛かったんだ。知らなかった。

出てきた料理は案外量が少なくて、大したことないじゃないかとさえ一瞬思ってしまった。しかしその直後。麺を一口。悶絶。こんなにも辛いものがこの世の中にあったとは。粘膜が現在進行形で破壊されている気がした。消化管の上皮組織は大丈夫か。完食できる気が全くしなかった。しかし店を紹介してくれた九州の男は涼しい顔で食べている。NY氏は同じく悶絶。目があったら思わず苦笑い。

もういいや残そう、と敗北宣言を皆に告げる心の準備をしていると二人とも食べ終わってしまったので、




「流石は、「にこを」生、根性があるな」



と言った。するともちろん、



「どうした、「いちこー」生、根性ないのか」


と言われてしまう。「畜生」と店内で叫んで上着を脱いで本気モード。店のおじさんがにやにやしながらやってきて、




「モットカライゲキカラモアリマスヨ」



だなんて言われてしまったのだが、固く断った。余計なこと言うな。


なんとか完食。男を見せてやった。なんだか自信がついた。甘いものを欲した我々はファミレスに場所を移して2次会。気が付けば我々25時間もの間喋り通していた。高校も大学も違うやつらなのによくもこんなに仲が良くなったものだ。浪人時代の絆というものはバカにできない。しかしもう近況報告はすべておわった気がする。1年分くらいは話した気がするのだ。

と、いいつつ明日の夜も宴会です。彼らと。笑







(KY塾関係者向けの宴会芸を練習しなくちゃと思っている人(笑))






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旅館にありがちな木のパズル

2012-12-27 18:14:13 | 医大生的生活
今年も残すところあと5日となりました。みなさんいかがお過ごしでしょうか。わたくしはただいま宮城県の奥座敷、秋保温泉におります。予備校で苦節を共にした仲間とまったりしております。新年からもそれぞれの地で共に進まん医療の道を。医大生・たきいです。


さて、温泉旅館にありがちなのが、木製のパズル。そうです、あれね。初期型がTの字になっているやつ。

筆者はその手のものは苦手なので、幼い頃から温泉旅館に泊まる度にチャレンジしていたのですが、何度も諦めてきたものです。

今回もチャレンジを始めたのは、本ブログでお馴染みのNY氏。どうせできないだろうおまえ、とたかをくくっていたのだが、畳の上で横になっているとさっきからガッツポーズばかりしている。

覗いてみると、もうほとんど解いてしまったらしい。ははは、頭いいなおまえ。



「流石、医学部」



と言っておいた。



「お前もだろ」



と言われた。ぼくは下らない文章しか書けません(笑)。男もいろいろ、医学生もいろいろ、なんて思いながら、日本酒を傾ける今日この頃であります。すず音うまい。某所で聞いた女性に喜ばれる酒です。これは意中の女の子に買っていこうかしら(笑)。それにしても仙台駅で安いの買い込んで旅館に持ち込んだのは正解だった(笑)。

極楽ですのう。食事が待ち遠しい。19:00から。




(みんなにパズルできなくていじめられた人(笑))


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