――2013年9月8日午後 国道沿いのマックにて――
「~虎の巻~とかいう引き継ぎ書類を読んだ?」
「いや、まだ10ページだけ」
「ふざけんな、おれはもう50ページ全部読んだというのに。そのうち印刷して片時も手放さないようにしようと思っていたほどだ」
「いや、でも読んでて財務局の仕事楽しそうだなと思ったよ」
「だからふざけんなよ、どこかが楽しいんだこんな仕事」
「これは本心だって」
マックの新製品だという月見チキンチーズを頬張りながら、「ふざけんなふざけんな」と言っては急に不機嫌そうになって話し始めたのは全寮制の医学部に通う2年生。医学部の勉強の辛さに疲弊しながらも毎日頑張ってはいるが、重責である2年後の東医体の主管にあたってしまって最悪な雰囲気になっていた在学校を救うべく、有志として立ち上がってしまったのだが好手だったのかどうかいまだに悩んでいる。確実に学業に支障は出るはずだ。大学受験で浪人も経験しているくらいだから、己の記憶力の悪さや物事の呑み込みの悪さに辟易とし始めているのだ。現役で医学部に受かった連中には敵わない。
「今度理事会でなくちゃいけなくてさ」
「なんじゃそれ」
「スーツ着てそこに出て行って、たぶん、東医体の役職の承認とかされるんじゃないかな」
「お前だけ?」
「そう。運営本部長だからね」
「まことにお疲れ様です。マックフローリーでも召し上がりますか」
「いや、いまはいい」
さっき昼飯を食べたばかりだというのに、このところなぜかとても仲の良いこの男に無理矢理マックまで連れてこられてしまったのは、長崎出身の男である。先週もそういえば一緒に宮崎駿の「風たちぬ」を見に行った気がする。こちらも同じく医学部2年生。2年後の東医体運営本部長。いつの間にか大人たちに囲まれてしまっては、流石に断れなかった。運営本部の仲間を集められるか心配だったが、今目の前で美味しそうにフライドポテトを頬張っている彼が出てきてくれて本当に助かったと思っている。自分はまだテストを落としたことはないのだが、医学部の殺人的なカリキュラムを前にそろそろ絶望してきたところなのである。大学受験は現役合格だったとはいえ、大学受験を含めていつもギリギリの成績なのだ。テストが終わるたびに今度はもっと勉強してテスト前に焦らないようにしようとは思っているのだが、なかなかそうもいかないのがこのところの悩み。そういえば、このテスト絶対落としたから、通ってたらなんか奢るよと言ってたテストが何故か通って、その分まだご馳走してなかったな。
「てかさ、オリンピック、東京に決まったってな」
「あー知ってるわ、LINEで嬉しそうに送ってきたろ」
「7年後って何も想像つかないよな、だって俺らDr.3年目だろ?」
「おまえ、ツイッターと言ってることなんも変わんないぞ」
「それだけの感動だったってことだよ。7年後かぁ。結婚はしてるはず、うん。こどももいる。きっと。」
このふたり、この前も東医体の会議をしようと部屋に集まってみたものの、ついついビールを飲み始めてはいつの間にかテレビ鑑賞会をはじめてしまったくらいであるから、なかなか仕事の話をし続ける集中力もない。何となればまだ2年も先のことなのでそれほど緊迫感もないのである。
「Dr.3年目と言うと、初期研修が終わって、そのころみんな僻地に散らばるのね」
「ああ、ものごとが順調にいけばな(笑)」
「あれ、お前離島じゃん」
「そう、離島手当もらっているはず」
「田舎田舎田舎」
「おれが行く予定の島にはどこも空港あるし」
「オリンピックやっててもテレビ見れないんじゃないの?笑」
「いーや、全部映ります。TBS系が映らない秋田県のほうが田舎ってことよ。先輩が『うちは世陸映らない』って言ってた時には笑ったよね」
「東北ばかにすんなと思ったけど、確かにそういえなくはない」
「だろ。離島離島って言っても、だからそこまでではないのよ。空港は誇り」
「その発想が田舎」
離島とかに飛ばされる県じゃなくてよかったわ、とか思いながら発言を咎めつつ、秋の新作だというサイドメニューのマックフルーリーキャラメルプリンを求めにもう一度レジに並びに行った。
――2020年8月某日 長崎県の離島にて――
毎日毎日怒られてばかりだった初期研修も終われば、一人前になれるんだから頑張ろうと初期研修の期間を乗り越えてきたとは思っているのだが、正直まだ自分で何もできる気はしていない。しかし、やるしかない。ベテランのコ・メディカルの方たちには頭が上がらない。患者よりも自分が一番助けられているという見方もできるかもしれない。そんな気持ちで迎えた2020年の春だったが、怒涛の春はいつの間にか終わりを告げ、気づけばもう夏である。全てストレートでクリアしてきた人生で、今年で27歳。アラサーとかいう言葉が昔流行ってたけど、もうそういう年齢である。結構長いこと付き合った彼女は都会志向だというので、何回か別れたり付き合ったりを繰り返したこともあった。しかしなかなかうまくはいかないものだ。彼女いない歴もそろそろ1年を迎えようとしている。医者はモテるとかいう前評判はなんだったんだよ。絶賛彼女募集中。早くこどもが欲しいです。これと同じことを卒業以来の大学の同窓会で久しぶりに会った、東医体の運営本部を一緒に頑張った財務局長をしていた男に語ったら「相変わらず性欲の塊だな」とか言われて本当に腹が立った。医学生時代、彼の口からは大声でゲラゲラ言う特徴的な笑い声と懲りない下ネタしか聞いてこなかった気がするが、全く彼は変わっていなかった。苦笑というやつである。変わっていた点といえば、奴は結婚していたことくらいである。奥さんの写真を見せてもらったが、テレビに出ていそうなくらいな美人だった。研修医時代に運命の女と出会ったんだ、と学生時代と変わらず中ジョッキを片手にうさんくさく抑揚をつけながら語っていたが、妊娠中の奥さん待ってるからもう帰るわごめん、みんなまたなと1次会で同窓会を抜けたあたりに彼の成長を感じられなくもない。一定の評価はしてやろう。彼は学生時代、飲み会となれば3次会になろうが4次会になろうが必ず最後まで参加して、翌日には記憶もないしブログの更新もしそびれたしもう最悪だとか言っていたほどの奴だったが、結婚を機に男というのは結局は変わってしまうものなのか。彼もいい奥さんをもらえてよかったものだ。さっきまで、彼に対して怒りの気持ちを抱いていたはずなのに、破笑という言葉がぴったりな彼の溢れんばかりの笑顔を思い出すと、かかる気持ちも静まってしまうくらいだから、彼という人間も憎めないものだ。彼を見ていて余計に結婚したくなってきた。
島民が56年ぶりの東京オリンピックに熱中して気が張っているからなのだろうか、誰も体調が悪くなりにくいのか、あんまり患者も来なかった。お蔭でたっぷりとれた今日の昼休みもなんだか漠然とした不安感に苛まれて終わってしまった。出会いが無いのかといえばそんなこともない。離島の診療所となれば、オバサン看護師しかいないのだろうとあきらめの心境で本土を出て船に乗ったが、離島を愛するものとはいえ、ステレオタイプが強かったような気がしてならない。意外にピチピチの看護師とかもいるのである。巨乳の結衣ちゃんと、美人の芽依ちゃん。さえない顔で午後イチのナースステーションに出ていったら、「センセー最近顔色悪くない?大丈夫なの?」と言われた。またこの口のきき方だ。看護部長なんとかしてくれよ。これだから、出会いはあるとはいえ看護師とは結婚したくないんだよ。あ、そういえば今日、島の中学校の若い先生と飲みに行く約束していたの忘れてた。行かないとチャンスを失う気がしていやだけど、今日は1500mの決勝があるのに。大学時代の陸上部の思い出に浸りながらビールでも飲んでいたほうが俺は幸せかもしれない。そうこうして結衣ちゃんと芽依ちゃんの話を盗み聞きしていたら、今度の連休でふたりして東京まで行くのだとか言っている。女子バレーのチケットが取れたのだとか。その分だけ仕事頑張っておくれよ。365日体制のこの診療所にいては医者にそんな猶予もないが、自分は仕事の合間を縫って釣りをしたり、夜の海を眺めながらビールでも飲んでいられれば十分幸せで、医学部を志望した当初からの地域医療マインドに寸分の狂いもない。
その夜に酒を飲んだ中学校の先生は二つ年下で、明るくてかわいらしい子だった。今の時代に珍しく芯もしっかりしている。彼女も学生時代に陸上部で中距離を走っていたとかで、飲み屋でオリンピックを観させてもらっていたらなんだか意気投合した。聴診器を首から外して白衣を脱いで、自宅に戻ったときに、この彼女の笑顔が見れたら幸せに違いないと思いながら、ぐっと中ジョッキを飲み干してもう一杯。明日朝の回診はないことだし、今宵のうだるような暑さもどうでもよくなってきた。
※今日のブログはすべて筆者の妄想によるものですごめんなさい。笑
(明日は寝坊できない日なのに、小説風の文章を急に書き始めてしまった自分を殴りたくなってきた人(笑))
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