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50歳のフランス滞在記

早期退職してパリへ。さまざまなフランス、そこに写る日本・・・日々新たな出会い。

光と影とステンドグラス。

2007-09-26 00:58:13 | 美術・音楽
教会を美しく飾るとともに、壮厳な雰囲気をいやがうえにも高めるステンドグラス。パリはその質の高さで名を知られたステンドグラスの主要生産地でもあったそうです。時は15世紀中頃へ・・・550年も前にパリのステンドグラス黄金時代が始まったそうです。そんな、それこそ燦然と輝くパリのステンドグラスの歴史を教えてくれている展覧会が、マレ地区の、16世紀中葉に立てられたHotel d'Albert(アルベール館)という由緒ある建物で行なわれています。


会場内です。遺跡から発掘されたステンドグラスが展示されているのかとも思ったのですが、そうではなくて実際に使われているステンドグラス・・・当然、教会から外して持ってくるわけにはいかないので、フィルムを大きく引き伸ばしての展示です。その美しさは教会で実際に見るとして、この展示の主眼は、パリのステンドグラスの歴史。

ルネッサンス時代から始まり、古典主義、革命期、19・20世紀の技術革新期・・・それぞれの時代を代表するようなステンドグラスが紹介されています。ここでそれらを全てというわけにも行きませんので、特に古い歴史を持つ2つの教会のステンドグラスを実際の写真でご紹介しましょう。

まずは、市庁舎のすぐ東側にあるEglise Saint-Gervais-Saint-Protais(サン・ジェルヴェ・サン・プロテ教会)です。

この教会には、16世紀制作のステンドグラスが現存しています。


1510年から1517年の間に制作されたといわれている作品で、作者は不詳。聖ルイとその妹・聖イザベルの生涯が描かれています。アップにすると・・・

もう1点、下のステンドグラスは・・・

1531年に作られた作品で、ノエル・ベルマール(Noel Bellemare)の作品を下絵にジャン・シャステラン(Jean Chastellain)が制作したもの。ソロモン王の賢政ぶりを描いているそうです。

左端がソロモン王のようです。

もちろん、展覧会で紹介されているこれらの作品以外にも、美しいステンドグラスが多くある教会です。




そして、つぎにご紹介するのは、Les Halles(レ・アル)のすぐ北にあるEglise Saint-Eustache(サン・トゥスターシュ教会)。

1624年に建立された教会で、ステンドグラスが最初に取り付けられたのは1631年。370年以上前の作品が今も使われています。

聖パオロと聖ヨハネが描かれています。作者名も分かっていて、アントワーヌ・スリニャク(Antoine Soulignac)というステンドグラス作家だそうです。

一方、20世紀になってから新たに取り付けられた作品もあります。

戦争や占領にもめげずに、1943年に完成した作品です。聖アンドレと聖アントワーヌが、アドリーヌ・エベール=ステヴァン(Adeline Hebert-Stevens)というステンドグラス作家によって描かれています。色彩が鮮やかになり、デザインも細部まで描かれ、しかも写実的というよりは、かなりデザイン化されていますね。他の3点と比べると、技術やセンスの大きな変遷を見ることができるようですね。

もちろん、この2点以外にも・・・




ステンドグラス・・・四季折々の光に輝いたり、踊ったり、揺らめいたり・・・そして、外の光が変われば、その美しさも変化する。光がいっそう斜めに差し込む秋になると、その影が長く、教会の奥のほうにまで伸びてきます。



上の2点は、お馴染み、サン・ジェルマン・デ・プレ教会での光の戯れです。


色彩のハーモニーを奏でるステンドグラス、その光に誘われて石の床で揺らめく影。ステンドグラス、光と影の美しさ。時を越えて、人々を魅了し続けているようです。

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アルチンボルド・・・

2007-09-24 00:47:27 | 美術・音楽
アルチンボルド、アルチンボルド・・・何? それとも、誰? そうなんですね、この単語だけを聞いたとき、何なのか、すぐ分かりませんでした。Arcimboldo・・・

でも、下の絵を見れば、思い出す方も多いのではないでしょうか。どこかで見た記憶、ありませんか?


Giuseppe Arcimboldo(ジュゼッペ・アルチンボルド:1526-1593)、イタリアの画家。果物や、野菜、植物などによって人の顔を描いた作品で有名です。今、この画家の作品展が、リュクサンブール美術館で開催されています。

15日に始まったのですが、すごい人気。

朝一番で行ったつもりがこの通り・・・美術館のカフェ脇を通って、さらに柵の外へ長い行列。ゆっくり観れるように、一定の間隔を置いて入場させているせいもあり、結局、40分待ちでした。

PRもしっかりなされていて、メトロの駅の大型ポスターはもちろん、新聞各紙で大きく扱われていました。

(20日付のフィガロ紙)

(16-17日付のル・モンド紙)

そして、驚いたのは、ル・ヌーヴェル・オセルヴァトゥール誌(le nouvel Observateur)の20-26日号に、この作品展を紹介するDVDが付録として同封されていたこと!

画家について、代表作について、そして作品展の企画について、キュレーターへのインタビューも交え、その概略を紹介しています。

では、ここでもアルチンボルドとその作品をご紹介・・・でも、会場内が撮影厳禁だったため、作品の写真がありません。そこで、他のサイトでご覧頂くことにしましょう。日本のサイトですので日本語解説つきです。ただし、読み終わったら、またここに戻ってきてくださいね。お願いしますよ。

http://www.salvastyle.com/menu_mannierism/arcimboldo.html

いかがでしたか。イリュージョン、想像力・・・対象となる自然の生き物たちを、まるで解剖するかのようにしっかり観察・理解した上で、確かなデッサン力で描いています。しかし、そこには、子供のようなお茶目な精神が息づいています。そして、時には、肖像画のモデルへの辛辣な皮肉も・・・

ミラノの画家の家に生まれ育ったジュゼッペは、親と同じ画家の道を歩み始めますが、パッとしなかった。平凡な画家で終わるかに見えたジュゼッペに大きな転機となるのが、1562年(一説には1563年)のウィーン行き。16世紀中ごろのイタリア画壇は、以前ご紹介したティティアン(Titien)をはじめとするヴェネチア派が活躍中で、ミラノ育ちのアルチンボルドには活躍の場があまりなかった。しかも、宗教的制約も多く、自由な表現ができなかったようです。

その点、神聖ローマ帝国にはより大きな創作の自由があった・・・ウィーンへ。神聖ローマ帝国皇帝フェルナンド1世の宮廷画家に。もちろん、はじめから上にあるような作品を描いていたわけではなく、れっきとした宮廷画家として貴族たちの肖像画を描いていました。その作品が宮廷で受けて、さらに自由な創作活動が可能になったようです。

そして、いよいよ、高名な作品群の登場。ご覧になったように、肖像画を植物や、食材、本などで描いています。近くで見ると、その素材にしか見えないのですが、離れてみると、見事に肖像画になっている。宮廷に生きる人々やその取り巻きたちへの皮肉が見て取れるとも言われていますが、そこに息づくアルチンボルドの子供のような瑞々しい心と豊かな想像力が、描かれた肖像画のモデルにも、皮肉というよりは楽しいイリュージョンとして受け入れられたようです。大きく想像の翼を広げたアルチンボルドの魔法の世界。多くの人たちを熱狂させました。



しかし、なぜか、17世紀に入ると、突然その人気を失い、時代の波間に消えてしまいました。そして忘れ去られること3世紀、20世紀初頭になって、急に思い出されたかのように復活。シューリレアリズム、ダダイズムなどの芸術家から絶賛され、思想家のロラン・バルトも熱烈なファンになったほど。その人気は、今でもまだ続いているようです。美術館前の行列が物語っています。

ただ、個人的な思いつきなのですが、イリュージョンとも魔法とも言われるそのユニークな画法は、初めて接すれば、ビックリ、そして、しばらくは面白い。でも、何度も何度も見ていると、個性が強いだけに、飽きてくる。くどくなってくる。要は、飽きられるのでは・・・みんなが飽きてしまうと、見向きもされなくなってしまうのではないか・・・そんな気もします。ただ、これはあくまでも個人的な思い付き。皆さんはご自分の鑑賞眼で、もう一度ご覧になってはいかがでしょう。もちろん、投票の後に、ご覧くださいね。



“Arcimboldo (1526-1593)”
(『アルチンボルド』展)
Musee du Luxembourg
http://www.museeduluxembourg.fr/
来年1月13日までの開催

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来年、美術館が、無料に!?

2007-09-13 00:49:05 | 美術・音楽
今日は、耳寄り情報、早耳情報!! 来年1月から半年間、フランスの国立美術館が、無料になる! エッ、ウッソ~~~ほんとうです! こんないいニュースを伝えてくれたのは、12日付のフィガロ紙。



まずは、背景から。より多くのフランス人に、文化・芸術に触れる機会を提供したい、というサルコジ大統領の意向を反映して、入場料を無料にすると実際どのくらい入場者が増えるのか、また国として補填すべき入場料相当額はどのくらいになるのか、そういったことを試算するために、半年だけという期間限定で導入することにしたそうです。

ただし、全ての国立美術館ではなく、次の美術館が、開館日は半年間つねに無料になるそうです。
・ギメ美術館
・中世美術館
・サン・ジェルマン・アン・レイ考古学博物館
・ルネサンス美術館エクアン城(Ecouen)
・ジャック・クール宮殿(Bourges)
・陶磁博物館(Limoges)
・近代美術館オワロン城(les Deux-Sevres)

では、なぜ上記の美術館か。目的があくまでフランス人に今以上に多くの文化活動の機会を、ということですので、国立美術館の内、入場者に占める外国人の割合の比較的少ないところが選ばれたそうです。従って、国立美術館でも、入場者の60%以上が外国人というルーヴル美術館、オルセー美術館、ポンピドー・センターなどは除外。外国人である日本人としては残念ですが、納税者優先は、致し方ないですね。

もし全ての国立美術館を無料にすると、国が新たに文化予算として用意すべき入場料相当額は、1億5,000万~2億ユーロといわれています。300億円前後になるのですから、結構な追加予算が必要になりますね。

ところで、年間の入場者数が30万人で、そのうち40%が外国人という中世美術館では、すでに独自に研究を進めているそうです。その試算によると、865,000ユーロの追加予算が必要になり、また入場者が増えることにより、より広いスペースが必要になるとか。何しろ、現在行なっている月1回の入場無料日には、通常1日1,000人前後の入場が2,000人~4,000人になるそうです。でも、入場者数については、今は月1度(第一日曜)だけですが、それが開館日は常に無料になると、そこまでの増えるかどうか・・・。


(フィガロ紙が内部を紹介しているギメ美術館の外観。現在、「インドから日本へ」という特別展を行なっています)

ともあれ、半年間実施した後で、その効果・影響などを検討し、全国立美術館に広げるのか、あるいは別の方法を改めて模索するのか決めるそうです。

国民に文化・芸術に触れる多くの機会を・・・こうした提案、日本ではなされているのでしょうか。そして具体的に実施されているのでしょうか。ぜひ国民に文化・芸術に触れるより多くの機会を―――。文化・芸術の擁護や普及に関しては、フランスから見習うべき点、まだまだありそうです。

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パリと写真に賭けた、ひとりの男。

2007-09-11 00:15:16 | 美術・音楽
クリスチャン・ディオールのファッション・カメラマンとして有名なウィリー・メイワルド(Willy Maywald:1907-85)。このドイツ人カメラマンの作品を紹介する展覧会が、マレ地区のカルナヴァレ美術館で行なわれています。タイトルは、“Le Pari(s) de la creation”。Parisはパリですね、でもsがないと賭けという意味。わざわざsを括弧で括っているということは、「パリで創造の賭け」というダブルミーニングになっているようです。では、パリで何をどう賭けたのでしょうか・・・



オランダに近い町で育ったメイワルドは、美術を学ぶためにベルリンへ。彼がはじめてパリを訪れたのは、1931年のこと。とたんに、パリに魅了されてしまいました。歴史ある建物、カフェ、街を歩く人々・・・自分が暮らすのはこの町をおいて他にはない。故郷に戻ると早速両親を説得して、翌年には、パリに住み始めてしまいました。

自分の人生をパリに賭けたわけです。住んだのは、多くの芸術家たちが住んでいたモンパルナス。エコール・ド・パリの最盛期は過ぎたとはいえ、多くの若き芸術家たちがやってきていました。パリで、モンパルナスで、メイワルドが始めたのは、写真。はじめてパリに来たときに、ノートルダム大聖堂の屋上から撮ったガーゴイル(屋根にある怪獣をかたどった雨水の排水口)の写真が忘れられず、その後の人生を写真に賭けようと決めたようです。

アシスタントから始め、顧客がついたところで、独立。当時のパリの街を丹念に撮影しています。メイワルドのシャッターが切り取った30年代後半のパリ。そこには、常にスーツを粋に着こなした男たちがいます。ロングスーツを着、ハットを小粋に被るパリジェンヌたちがいます。男が男であった、女が女であった、そんな時代のパリ。舞台は、モンパルナスのカフェ。ル・ドーム、ラ・ロトンド、ル・セレクト、ラ・クーポール・・・舗道にせり出した椅子で、店のカウンターで、気障なポーズを決めています。気障が気障でいられた時代・・・どこかで聞いたような台詞ですが・・・

また、当時の芸術家たち。絵筆を取って、キャンパスに向かうにも、ネクタイ姿の画家たち。おしゃれな時代だったのでしょう。そして、庶民の暮らしも忘れてはいない。



第二次大戦中を除き、常にモンパルナスに住み続けたメイワルド。写真に賭けたその人生、レンズを向ける先は、ノートルダム大聖堂の屋根の上から始まり、パリの街、パリの人々、パリ万博(1937年)、芸術家や研究者(キュリーなど)、そして、モードの世界へ。

1936年にクリスチャン・ディオールと出会っていたメイワルド。次第にファッションの写真を多く撮るようになっていきます。モデル、お針子、そして香水などの商品。そのセンスあふれる写真は、ファッションに憧れる多くの人たちを魅了しました。



もちろん戦後を中心に撮られたファッション写真も多く展示されていますが、この企画展のテーマは、あくまで写真家メイワルド。戦前のパリの街、パリジャン・パリジェンヌたちの面影がとても印象深い作品の数々・・・

パリ、そして写真に賭けたウィリー・メイワルドの人生。決して後悔のない人生だったことでしょう。そして、人に人生を賭けさせるだけの魅力のある街、その一つがパリなのかもしれません。


“Willy Maywald, Le Pari(s) de la creation”
カルナヴァレ美術館で、9月30日まで

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イスラムの騎士道。

2007-09-08 00:25:55 | 美術・音楽
日本に武士道、西洋に騎士道があるように、イスラム諸国にも騎士の美学がある・・・。

今、5区にある「アラブ世界研究所」(Institut de Monde Arabe)で、イスラムの騎士たちの「美学」を紹介する展覧会が行なわれています。題して、“FURUSIYYA~Chevaliers en pays d'islam”(フュリュジア~イスラムの国々の騎士たち)。



西洋には“Chretien de Troyes”に見られるように騎士道がある。日本には武士道があり、武士はたんなる武人ではなく、禅などを通して精神を高めることに努めていた。同じように、イスラムの世界にも、騎士の美学がある。単に馬を上手に乗りこなし、剣を使いこなせればいいというものではない。生き方としての美学を体現することが求められる・・・精神的高みへと自らを導いていくための自己との戦いが大いなる聖戦といわれているそうです。



イスラムの世界では「美のための美」は存在せず、常に実用のためのもの。そしてそこに芸術性が発揮されてきたそうです。その典型の一つが、騎士たちが身にまとう武具。イスラムの繊細にして精巧な技巧が、騎士たちの精神の高みを見事に表現しています。騎士たちには、無骨なだけではなく、詩歌の嗜みも求められ、その繊細な美意識が騎士たちの持ち物にしっかり反映されているようです。


(カタログからの複写)
剣は権力の象徴であり、武具の中の武具。馬上で使うサーブルとともに、強さと優雅さを兼ね備えた武具として作られていました。精密な細工が美術品としての価値も示しています。


戦場では、騎士と馬、ともに鎧やマスクで自らを守っています。それらにも、実用性のみならず、デザインの美しさが。


(カタログからの複写)
短刀。これらにこそ、まさにイスラムの美が端的に表れています。宝石をちりばめ、人間業とも思えない細かい技巧。彫金、透かし彫り、象嵌・・・

たしかに、武士の美学に一脈通じるところがありますね。鎧兜、剣、鍔、馬具・・・日本の武具は戦いの道具であるとともに、そこには武士の美学が反映されています。同じように、イスラムの騎士たちの美学がこれらの武具にも現れているようです。

(カタログからの複写)

展示されている美術品は、9世紀から17世紀末までの長い歴史のなかで、そして西はスペインから東はインド、モンゴルの草原にかけての広い範囲で、作られ、使われてきたものです。偉大な文化が花開いていたのですね。そういえば、地中海に覇を唱える以前のヴェネチアでは、有力者たちが進んだ文化を学びに子弟をトルコや他のイスラム諸国へ留学させていたとか。

さて、今日の武器。このような美学が反映されているのでしょうか。それとも実用一辺倒なのでしょうか。時代が違うといわれればそれまでですが、戦士道、戦士の美学みたいなものが今でもあれば、戦場でのあまりにむごい非道の数々も減るのではないでしょうか。もちろん、それ以前に戦争がないに越したことはないのですが。


“FURUSIYYA~Chevaliers en pays d'islam”
10月21日までの公開

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曲がったことが大好き。

2007-09-06 00:39:20 | 美術・音楽
世の中にへそ曲がりはいるもの。まっすぐじゃ嫌だ。何事にもよらず、曲がっていなくちゃ。

そう思ったのかどうか、植物を想起させる曲線で知られる、ギマールによるデザインの建築物。パリの一つの顔になっています。


メトロ12号線・アベッス駅です。こうしたガラスの屋根はなくても、同じような形をした出入り口、多くの駅で見ることができますね。文字も含め、メトロの出入り口の装飾を手がけたのが、ギマールです。

エクトール・ギマール(Hector Guimard:1867-1942)、エコール・デ・ボザール(国立美術学校)などで装飾・建築を学ぶ。世界を自分の造形で埋めつくしたいという野望をいだいていた若き建築家・ギマールに大きな転機が訪れたのは、1890年代に訪れたブリュッセル。そこで目にしたタッセル邸・・・ヴィクトール・オルタ(Victor Horta)設計のこの個人邸宅には、最新の設計思想が息づいていました。鉄とガラスという固い新素材で彎曲した形状を形作り、デザインに生かす。そのモチーフは植物。しかし、実用性を重視し、芸術は気取らない。しかも、ファサードは落ち着いた石造りなので、街並みにうまく溶け込む。

アール・ヌーヴァーを装飾芸術から建築に最初に取り入れたオルタの作品に触れたとたん、ギマールの進むべき方向が一瞬にして決定付けられました。これだ、これこそ、求めていた世界。

それからのギマールは、アール・ヌーヴォーを建築に生かす仕事に没頭。


1898年に完成した「カステル・ベランジェ」。植物や渦巻き模様を施した窓枠・手すり・ガラスなど、曲線を生かしたあらゆるパーツをギマール自ら制作。

その結果、調和とスタイルの連続性ということがギマール建築の特徴になりました。

建築家も非常に尊敬されるこの国では、建築家の名前がその作品(建築物)に残されています。ギマールの名もこの通り(一番下の行)。デザインを髣髴とさせるこの書体は、ギマール自ら書いたのかもしれないですね。


これは、ギマール館。



窓枠や手すりにギマールらしさを見て取ることができます。

しかし、ここでは、悲しいかな、ギマールの名も消えかかっています。


こちらは、メザラ館。

植物の曲線がうまく使われていますね。

ほかにも、いくつかのギマール設計の建物が残っています。これらは全て、16区のパッシー地区、特にラジオ・フランスの裏からメトロ9号線・ジャスマン駅にかけて点在しています。ここは、多くの豪華な住宅が立ち並ぶ高級住宅街。



20世紀初頭建築の建物も多く、同じように建築家の名が刻まれています。

実は、ギマールの名、一瞬の閃光のようにパリの街を駆け抜け、時の波間に消えていってしまいました。どうしてか・・・自己矛盾の故といわれているようです。手の込んだデザインと制作、そしてその結果としての建築費の高騰。庶民には手の出ない建物。それでいながら、メトロの駅の出入り口に見られるように、工業的規格化を夢想した。手作りと規格化・・・ギマールがニューヨークで亡くなった頃には、全く忘れ去られた存在だったとか。


サルバトール・ダリにも絶賛されたという、メトロの出入り口をはじめ、多くのアール・ヌーヴォーの装飾・建築物を残しながら、人々の記憶から消えてしまったギマール。彼に再びスポットが当てられたのは1960年代以降。今ではギマールの名も少しは人口に膾炙してはいます。しかし、その保存状態は決して満足できるものではありません。ギマールに多大な影響を与えたヴィクトール・オルタの作品も、多くが取り壊されてしまったようですが、残ったいくつかの建物が、今や「ヴィクトール・オルタの都市邸宅群」としてユネスコの世界遺産に登録されています。ギマールの作品にも、さらに光があてられる日が早く来てほしいものです。

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帰ってきた、ヴァネッサ・パラディ。

2007-09-05 00:33:01 | 美術・音楽
ヴァネッサ・パラディ・・・歌手にして、女優。彼女の7年ぶりのアルバムが3日、リリースされました。“DIVINIDYLLE”・・・何しろ7年ぶり。発売前から大きな話題になっていました。


(新CDの発売とコンサートツアーを知らせる大型ポスター)

Vanessa Paradis・・・1972年、パリ近郊の生まれ。俳優のおじの紹介で、7歳にしてテレビ出演。87年、14歳で発売したシングル“Joe le Taxi”(夢見るジョー)が11週連続ヒットチャート1位という大ヒット。そのロリータ風の容貌と声でアイドルとして人気爆発。しかし、大人の文化が好きなフランス社会、若くしてなんら苦労もせずスターダムにのし上がり、しかもロリータ。かなりの反感も買ったようで、当時を振り返り、彼女自身、「リンチにあっているようだった」と述べています。


(9月2・3日付のル・モンド紙第一面。中面では三分の二ページを使って詳しく紹介)

その後、89年に『白い婚礼』で映画デビュー。90年にはシャンソン界の大御所、セルジュ・ゲンズブールのプロデュースによるアルバム『ヴァリアシオン』をリリース。また、アラン・ドロン、ジャン・ポール・ベルモンドとの競演(『ハーフ・ア・チャンス』)、パトリス・ルコント監督作品(『橋の上の娘』)への出演など、それなりに陽のあたる場所を歩んできたようです。


(8月31日付のフィガロ紙。生活面の第一面と中面を割いて紹介しています)

そんな彼女に一大転機が訪れたのが、アメリカの俳優、ジョニー・ディップとのパートナー関係。事実婚であり、99年には長女(リリー・ローズ・メロディ)、02年には長男(ジャック)が誕生。家庭のぬくもり、安らぎ・・・彼女に、そしてパートナーのジョニー・ディップに大きな影響を与えたようです。

ミュージシャンにして俳優、個性的な役柄、役作りをしてきたジョニー・ディップが、03年の『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』に出演することに決めたのは、子どもたちの勧めがあったからとか。ジャック・スパロウの演技で、アカデミー主演男優賞にノミネート。その後の「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズに引き続き出演しているのは、ご存知のとおり。

子どもたちの存在は、ヴァネッサ・パラディにとっても今やかけがえのないもの。2000年に出したCD“Bliss”では、長女のおしゃべりが入っていますし、今回の新作には、長男の笑い声が入っています(”JACKADI”)。


(CDとそのジャケット、この絵はパートナーであるジョニー・ディップの作品)

ウエスト・ハリウッドと南仏で過ごす家族との時間。その時間が彼女に大きな影響を与えたようです。自分の世界への異常なこだわりを見せていた以前の歌に比べ、新作ではよりオープンで、軽やか、聴く側との触れ合いを感じさせる曲作りになっています。「別なことをし、新しいシャンソンを見つけるのには時間が必要だった」と彼女は言っています。別なこととは、家庭を築くことであり、子どもを生み、育てること。育児は、育自でもある、といわれますが、彼女も同じような経験をしたのかもしれません。


(歌詞カードの最後にある、たぶん子どもが書いた彼女の絵)

タイトルのDIVINIDYLLEは、CDに収められている最初の曲“DIVINE IDYLLE”を省略したものだと思います。いかした愛、素晴らしい愛、神聖な愛・・・家族への愛。ロリータっぽい歌声はそのままですが、人生経験を積んだ分、単なるツッパリではなく、立派な個性として聴くものの心へ入ってくるような響きになっています。

10月26日からのフランス・ベルギー・スイスツアーに合わせて、今はハリウッドにいる家族全員がフランスに彼女の応援にやってくるそうです(パリでのコンサートは、11月13-15日)。家族を力に、新しい境地にたったヴァネッサ・パラディが、再びミュージックシーンに立ち戻り、いっそう素晴らしい曲を聴かせてくれるのを、多くのファンが待ち望んでいます。

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愛も、創造も、一緒に。30年。

2007-08-27 00:35:26 | 美術・音楽
チュイルリー公園の西の端にある“Jeu de Paume”(ジュ・ド・ポム)。写真作品を展示する美術館ですが、今、公開しているのは“Pierre et Gilles double je 1976-2007”(『ピエールとジル:重なった「私」~1976年から2007年』展)。



会場入り口です。この作品のモデルは・・・ピエールとジルの二人、作者たち本人です。

ピエール(Pierre Commoy)、1950年生まれ。写真家。ジル(Gilles Blanchard)、1953年生まれ、画家。二人がはじめて出会ったのは、1976年、パリ、個展のオープニングで。それが運命の出会いでした。二人はすぐパートナーとして一緒に暮らし始め、共通の美のために創作に励むようになる。



カラーでお見せできないのが残念ですが、とてもおしゃれな作品です。しかし、完成までには、長く困難な道のりが。一緒に、アイデアを練る。ようやく方向が決まると、それをデッサンに描き、直し、また描き・・・納得できると、モデル探し。彼らの作品には、必ずモデルが登場します。そして、ジルが小道具やコスチュームを担当し、ピエールが撮影。出来上がった写真を、ジルが手を加えて仕上げていく。完成したものは、写真絵画(photographie-tableau)ともいわれる、繊細にして、完成度の高い作品になっています。

彼らが描くのは、ポップ・カルチャー、ゲイ・カルチャー、神話、妖精、道化、宗教、エロティシズム・・・ゲイ・カップルである彼らの世界には、男性のフルヌードも多い。しかし、いかがわしさはなく、「美」の世界が提示されています。親と一緒に来た小学生の女の子も恥ずかしがらずに見ていました。



そのモデルたち、有名人が勢ぞろい。特にミュージシャンに多いのですが、マドンナ、ニナ・ハーゲン、リオ、マリー・フランス、ミカド(バンド)、さらには、カトリーヌ・ドヌーヴ、ミレイユ・マチュー・・・そして、最も多いのは、自分たち。

1985年には日本でも個展を開いており、日本にも興味があるのでしょう、今回の作品展でも日本に関係する作品も展示されていました。五条の橋の上の牛若丸・・・演じるは、なんと、マドンナ。また、凛々しくも妖艶な若武者は、あの新庄剛志(ヌードではありません、念のため)。

モデルはみんな実際の人間なのですが、1点だけ違うものが・・・キティちゃん。ピンクの服、周りを小さな星々に囲まれ、かっわい~。フレームも自分達で作っているのでしょう、素材や色が、作品に実にうまくマッチしています。


(会場の階段踊り場に描かれていたイラストです)

ゲイ・カップルの存在が日本よりは容認されているとはいえ、完全に同じ権利までは得られていない。そうしたフランス社会で、芸術作品のコラボレーションを、30年以上に亘って行なっているピエールとジル。彼らの作品は、変幻自在の目くるめく美の世界。男性ヌードも違和感なく見れてしまいます。それは、ポップ感があるから。そして、星や花を背景に数多く散らばした華麗さ、ピンクやパステルカラーの多用、プラスティックを活用したフレームなど、その美は、日本のマンガの描く世界にも近いのではないか・・・そんな気までしてきます。



『Pierre et Gilles double je 1976-2007』
9月23日まで
*彼らの作品をカラーでご覧になりたい方は・・・
 (まずは、投票をお願いします)

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(ごく一部で、しかも今回展示されていない作品もあるようです)
http://www.optimistique.com/pierre.et.gilles/galerie.html

アーティストの読む、都市の風。

2007-08-18 00:16:17 | 美術・音楽
“AIRS DE PARIS”(「パリの空気」展)という展示会が、ポンピドゥ・センターで行われていました。



このタイトルは、二十世紀美術に多大な影響を与えた、フランス生まれでアメリカで活躍したマルセル・デュシャン(Marcel Duchamp:1887-1968)の「レディーメイド」と言われる作品群の一つ、“Air de Paris”(1919年作)に因んでいるそうです。

新しい千年紀に入った私たちの世界。21世紀においては、都市化、あるいは人口の都市集中が今まで以上に加速しているようです。そこでは、どのような暮らしがあり、問題があり、人生があるのでしょうか。タイトルには「パリ」とありますが、パリはあくまで出発点。パリに住む、あるいはパリで制作をした59人のアーティストと17人のデザイナーや建築家が、グローバリゼーションの時代の「都市」をテーマに作品を作り、一堂に展示しています。

さまざまな視点から、私たちの時代の都市が描かれています。

都市化が一気に進み始めたのは、テレビの普及と時を同じくしているのではないか。特に戦後、モノクロのテレビが部屋に置かれ、電化製品が暮らしを一変させていく。そうした時代、より豊かな暮らしを求めて多くの人たちが都市へと集まってきた。

(テレビのある部屋の再現)

都市では、豊かさの象徴である「消費」が奨励され、多くの広告が、人々の消費意欲を刺激し続ける。

(商品のポスター、イベント告知のポスター・・・消費を刺激する)

しかし、都市の住人すべてがその豊かさを享受できたわけではない。貧困、そして孤独。大都会で味わう孤独は、いっそう身に沁みる絶望的な孤独となっている。

(大都会に暮らす孤独な人々の群れ)

しかも、国境を越えて豊かな都市へと集まってくる人々。皮膚の色が違う人々が同じ都市に住む。悲しい現実だが、そこには差別がある。皮膚の色さえ同じなら、それで良いのか。もっと大切なことがあるのではないか・・・。

(アフリカ系の人に、頭から白い牛乳を。これで同じ皮膚の色だ!・・・繰り返される映像)

都市の過密は、環境にも大きな影響を与えている。ゴミ、排気ガス、温暖化・・・我らがふるさと、地球はいまや悲鳴を上げ始めている。その声に耳を傾けなくてよいのか・・・。

(都市と緑化・・・うまく共生できるのか・・・)

そして、戦争、紛争。21世紀の今でも、多くの都市で戦火が耐えない。しかも人口が集中しているため、ひとたび戦いが始まると、被害は甚大なものに。

(並んだ多くの地球儀。紛争地域には絆創膏ならぬガムテープが・・・)

・・・平面だけでなく、立体や映像作品も多い展示会です。アーティストたちが、今の社会をどうとらえ、どう考えているのか。彼らの視点で、私たちの社会の問題点が浮かび上がってきているようです。彼らの鋭い感性でとらえた、私たちの課題。それをどう解決していくのか。ここからは、一人ひとりの対応であり、社会全体の努力が求められているようです。

なお、パリを出発点に現代の都市をとらえている今回の展示会、「都市」という言葉からアーティストたちが想像する終着点は、どうも日本になることが多いようです。高層ビルが立ち並ぶ街におびただしい看板・ネオン。そこには、卑猥な日本語が描かれている。会場で突然、招き猫が展示されている。日本語の詩とモノクロ写真を使った作品が語りかける。貴花田と宮沢りえとの別離記者会見のニュース・ビデオが延々と流される・・・日本の都市は今、アーティストたちの感性を刺激する「場」になっているようです。


“AIRS DE PARIS”
ポンピドゥ・センターで、残念ながら8月15日まで
(終了後のご紹介で恐縮です)

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時代が追いついた!

2007-08-15 00:35:32 | 美術・音楽
ルイーズ・ブルジョワ(Louise Bourgeois)という彫刻家を知っていますか。

1911年パリ生まれ。1938年にアメリカ人の美術史家と結婚し、それ以降、ニューヨークに住む。一人、作品づくりをするものの、一般的には省みられることもなかった。それが、70年代になりアメリカで注目され始め、そして90年代、世界的な評価を得る彫刻家になりました。90年代、そう80歳になってからです。彼女の制作活動が変わったのではなく、時代が彼女に追いついた、あるいは、時代の波長が彼女のそれに合った、といわれています。

そのルイーズ・ブルジョワの作品が屋外で展示されています。


場所は、エッフェル塔やグラン・パレを望むチュイルリー公園の西端。


周囲には、季節の花が咲き誇る、きれいに手入れされた庭があります。

写真作品を展示する「ジュ・ド・ポム」のすぐ南側。木漏れ日の中に、その作品はあります。


大きな石の上にいくつもの手。


彼女の作品には、カラダの断片を提示したものがいくつかあります。これもその一つ。ここで提示されているのは、さまざまな手。生命力に富んだその手は、何を語ろうとしているのでしょうか。答えは、一つではないようです。見る人の想像力の数だけ、その手は物語を紡ぎ出すようです。



彼女の作品からは、「神秘、性と記憶の深遠からわきあがる人間存在への問いかけ」を感じ取ることができるとも言われています。子どもたちの家庭教師を愛人とし10年もの間同居したという、暴君のような父親。そうした境遇にある母への愛。愛人と同じ「おんな」であること・・・自らの記憶・想念と戦い、不安や怒りから解放されるために打ち込んだ創作活動。



「芸術家は子どものままだけれど、穢れを知らないわけじゃないし、無意識の記憶から解放されずにいる。」こんな風にも語っているというルイーズ。彼女の作り出した「手」は無邪気な子どもの手のようにも見えるし、駆け引きという生きる知恵を身につけた大人の手のようにも見える。


ただ、いずれの手も、孤独ではない。手のぬくもりを共有する、誰かの手がある。コミュニケーション。相互理解。名も知れず、一人静かに創作してきた彼女の作品に、突如光が当てられたのは、通信革命によってコミュニケーションが数段に容易になった頃。手段が容易になればなるほど、血の通ったコミュニケーションの難しさ・欠如感が明らかになってくる。記憶、過ぎ去る時間、今の自分、そうしたものたちと常に対話を重ねてきた彼女の作品が提示する「対話」が見る人へ一種の安らぎを与えてくれるのかもしれません。しかも、子どもの無邪気さをもった魂が作り出す世界。思わず引き込まれてしまいます。


天気のいい日には、こうして池に足を浸す人たちも見られるチュイルリー公園。ジュ・ド・ポムとオランジュリ美術館にはさまれて、ルイーズ・ブルジョワの作品が、皆さんとの対話を心待ちにしています。

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