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50歳のフランス滞在記

早期退職してパリへ。さまざまなフランス、そこに写る日本・・・日々新たな出会い。

夢に見るパリの街、モノクロかカラーか。

2007-12-14 05:24:41 | 美術・音楽
写真で見る、パリの街。なんとなくモノクロのノスタルジックな写真が絵になりますよね。だからでしょうか、よく、昔のパリを回顧する写真展が行なわれますが、ほとんどがモノクロ写真。モノクロゆえに、見る側にいろいろ想像する自由が与えられる。その光と影の世界に、自分の世界を再構築することができる・・・

でも、言うまでもなく、写真には、カラーがあり、一般的には、比較しようもなく、カラー写真が主流。ましてデジタル時代。写真といえば、カラー。でも、そのカラー写真、いつから始まったか、ご存知ですか。1907年、映画を発明したとも言われるフランスのリュミエール兄弟が、オートクローム(l'autochrome)を開発したときにその歴史が始まったそうです。より正確には、1907年6月10日、“L’Illustration”という新聞社で600人の招待客を前に実演して成功したのが、最初のカラー写真の登場だそうです。

1907年といいますから、今年は100周年。そこで、“Paris en Couleurs”(「カラーのパリ」)という写真展がパリ市庁舎で行われています。



1910年代初頭から、ごく最近のものまで、カラー写真で切り取ったパリの街角、パリの市民の暮らしが紹介されています。カラーですから、モノクロのようなノスタルジーは湧き上がっては来ないのですが、より現実的な、昨日のパリがそこには提示されています。



100年近く前のパリのカフェ、花売り娘・・・人々が着ている服さえ替えれば、今の写真といっても通用するような気がするほど、パリの街並みは今と変わっていない所が多いようです。それだけ、街の外観を維持する努力をしてきたということなのでしょうね。あっ、それに、車が違っています。まだ多くの荷車が街角に停まっています。花売りも荷車に多くの花を積んで売りに来ています。交通手段と服装だけは、時代の波に勝てず、大きく変わってしまったようです。


(有名なシャンソニエ「ラパン・アジル」の改修中の写真です)

ここに展示されている写真は、いずれも有名カメラマンの手によるもの。例えば、以前このブログでもご紹介した、Robert Doisneau(ドワノー)、Willy Ronis(ロニス)、Brassai(ブラッサイ)といったカメラマンたち、そして戦後、1950年代以降活躍する外国人のカメラマンたち・・・Robert Capa(キャパ)やIhei Kimura(木村伊兵衛)など。


戦場のカメラマン、キャパがパリで撮ったモード写真です(一番上の、大きな看板に使用されているのも、キャパの作品です)。


木村伊兵衛写真賞という新人カメラマンの登竜門ともいえる賞に今も名をとどめる木村氏の作品です。


ドワノーの作品ですが、モノクロにまけぬフランスらしさが表現されていますね。

こうした、いかにもパリ、いかにもフランスといった写真を残したカメラマンたちが活躍したのは、1950年代から60年代。その後は、さすがのパリも少しは変ってきていますが、そうした変化に伴って、カメラマンたちの視線も解体される建物などへ向けられたり、スタジオ内でのモデル撮影などに注力されたり、古きよきパリとは一線を画するような作品もふえました。Vogue(ヴォーグ)やParis Match(パリ・マッチ)などの雑誌が活躍の場になったり、また、やはりすでにご紹介したPierre et Gilles(ピエールとジル)のように、写真を元にそこにリタッチして新たなアートに仕上げる作家たちも登場してきます。

カラー写真の黎明期から、二つの大戦、ナチによる占領、戦後の復興、68年の五月革命(剥がされバリケードとして使われた舗石の写真が印象的です)、新しい建物の建設、そして新たなアートの世界へ―――。パリとその時代を写してきたカラー写真。デジタル化の進む中、これからは、どのようなパリを私たちに見せてくれるのでしょうか。どのようなパリを後世に残してくれるのでしょうか。


(スライドショーでも、多くの写真を見せてくれています)

“Paris en Couleurs”、パリ市庁舎で来年3月31日まで開催。入場、無料。日曜・祝日休館です。

***雑誌持ち逃げ未遂犯のその後***
昨日お伝えしたように、パリ日本文化会館で、全くのうっかりで、借りて読んでいた雑誌を一冊、自分の新聞の間に挟んだまま退館しようとして、見事にブザーが鳴ってしまったのですが、何もやましい事はないので、今日も行きました。でも、図書室の昨日の受付担当(仏人)は、やはり怪しいと思っているのか、私の顔を見かけると、早速今日の受付担当者へ何事か伝えに行きました。また、私の座った席の近くの人にも何かこっそりと伝えたようです(思い過ごしであればいいのですが)。やはり、怪しまれている! でも、この担当者の行為は当然と言えば、当然。蔵書を守り、また来館者の持ち物の安全を図る行為ですから。ですから、こうした行為を批判するつもりは全くないのですが、面白いと思うことが、一つあります。長年の信頼関係というのは、やはり、日本でしか通用しないのでしょうね。私がここへ行き出して、もうすぐ丸2年。毎週2~3回行っているので、受付の人とも顔なじみなのですね。それがたまたまうっかりで雑誌を持ち出すようなかっこうになってしまった。すると、しっかりと疑って、安全対策を講じる。今までの2年近く何も問題を起こさなかったという実績など、全く関係なし。長いお付き合いだから、何かの間違いだったのだろうなどということは、全く思わないようです。盗もうとした危険人物! でも、確かに、日本以外の多くの国では、どんな長年のお付き合いがあろうといちいち全て契約書を作る風土ですから、今までがどうであろうと、今回は今回なのでしょうね。決して心底からは信じず、一回一回・・・でも、逆に疑うと、フランスの場合は特に、根に持つような気もしますが・・・今後、どうなるでしょうか。フランス人の対応を身をもって観察できる、いいチャンスでもあります。随時、こうした番外編でご紹介できればと思います。個性の国フランス、個人差はあるでしょうが、それでも敢えて、怪しい人間への対応、日仏の違い!


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黒いワシは、飛んでいる。

2007-11-29 05:12:04 | 美術・音楽
昔(いつも昔で恐縮ですが)、『コンドルは飛んでいく』というフォルクローレを代表する曲が日本でもヒットしました。サイモン&ガーファンクルのカバーで1970年のこと。でも、今日のタイトルは、黒いワシは飛んでいる。黒いワシ・・・実は、これ、あるシャンソンのタイトルなんです。

“L'Aigle noir”・・・文字どおり『黒いワシ』というタイトルです。歌っていたのは、バルバラ。今年、死後10年になります。1997年11月25日が命日。多くのメディアが彼女の歌、そしてその人生を取り上げています。


(11月24日のフィガロ紙です)

バルバラ(Barbara)・・・彼女の名前、どこかで聞いたことありませんか。日本で岸洋子さんがよく歌っていた『黒いワシ』以外にも、Nantes(ナントに雨が降る)、Gottingen(パリとゲッティンゲン)、Dis Quand Reviendra-Tu?(いつ帰ってくるの)などのヒット曲があります。コンサートなどの公演の宣伝を事前にはいっさい行なわなくても、チケット発売と同時に完売したという「神話」があるほど、1954年から96年までの歌手・作詞家・作曲家としてのキャリアは輝かしいものでした。

しかし、その一方で、キノコにあたったとか、薬の多量服用だとか、死因についてもさまざまな噂が出たほど、どこかミステリアスな歌手でした。1930年生まれですから、享年67歳。そして死後10年・・・しかし、今でもそのシャンソンは、現在活躍中の歌手たちに多大な影響を与えているそうです。


(11月25日付のル・モンド紙です)

彼女がデビューしたのは、1954年10月1日のブリュッセルでのリサイタル。その後、パリの有名なキャバレー、Bobino(ボビノ)をはじめ、多くの場所で歌うことになります。彼女の歌は、どこかメランコリーで影があり、ミステリアス・・・シンガーソングライターですから、彼女自身がそうした人なのだろうと思われています。それに対して、彼女はあるショーの台本を見るために眼鏡を取り出しながら、みんなが私のことをミステリアスな女だというけれど、それは私が近眼で周りのモノや人がよく見えないからよ、とジョークを言っていたとか。

しかし、彼女がまだ子供のとき、その人生に影を落とすある出来事が起きていました・・・遺作となった自叙伝“Il etait un piano noir...Memoires interrompus”(『それは黒いピアノだった・・・未完の記録』)で自ら公表しているように、実父と近親相姦があった・・・そこに彼女の歌の鍵があるのかもしれません。彼女の歌は、恋人たちへ、若い人たちへ、そして傷ついた人たちへ向けて差し出された鏡・・・


(ル・モンド紙の紹介している2枚組みDVD“une longue dame brune”を買ってきました。クリスマス前、ショッピングバックにもプレゼントのイラストが。親から子どもへプレゼントが手渡される、平和な家庭が多いことでしょう・・・)

バルバラは恋人だった外交官のいるコートジヴォワールのアビジャンまでも赴き、歌っています。そして彼との別れの前に作ったシャンソンが、上にご紹介したDis Quand Reviendra-Tu?(いつ帰ってくるの)。いくつもの恋と別れ、そうしたものが彼女の歌に人生のスパイスを効かせているようです。


(フランスでの彼女の根強い人気を物語るかのように、店頭には彼女のアルバムが数多く並び、ピアフやアズナブールよりも広い場所を占めていました)

また、ドイツでの公演前には、極度に不安な心理状態に。なぜなら、長年、ドイツと聞いただけで体調を壊すほどでした・・・彼女は、ユダヤ人だったのです。第二次大戦中、ナチの手から逃れる苦しい生活を送ったようです。しかも、ようやくコンサート会場にたどり着いてみると、運送業者のストでピアノが届いていない! そのとき、地元の若者たちが古いピアノを修理して、弾けるようにしてくれた。危機を救ってもらい、しかもコンサートは大成功。そこで彼女が作ったのが、Gottingen(パリとゲッティンゲン)という曲で、ドイツの人々への彼女なりに許しを請う曲だそうです。そして、許しといえば、Nantes(ナントに雨が降る)は死んだ父をついに許す曲だそうです。



伝統的な歌い方を根底から覆すような新しい歌い方で、自らの人生が投影された自作のシャンソンを歌い続けたバルバラ。無辜な、明快な、官能的な、そして常に流れ続けるような彼女のシャンソンは、今も若い歌手たちの中に生き続けています。いつも黒い服を好んで着ていたバルバラ、シャンソン界の上空を黒いワシとなって永遠に飛び続けているのかもしれません。

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コミック・ヒーローの生みの親たち。

2007-11-26 05:27:58 | 美術・音楽
いつもはユダヤ民族の歴史や悲劇を紹介しているユダヤ美術歴史博物館が、今展示しているのは、何とコミック。こうした博物館までがコミック(マンガ)を取り上げるようになったのかと、驚いてしまいますし、コミックの世界的な広がりを感じてしまいます。



展示会のタイトルは、“De Superman au Chat du Rabbin”(「スパーマンからラビの猫まで」)。でも、どうしてここにスーパーマンが・・・


(博物館の中庭。ドレヒュス大尉の像の向こうに今回の展示会用のバナー)

実は、この展示会で紹介されているコミックの作者たちは、いずれもユダヤ人。だから、ユダヤ美術歴史博物館の企画展になっているのですね。でも、ご存知でしたか、スーパーマンの作者。



「スーパーマン」が誕生したのは1938年。アメリカのDCコミックス社が出す『アクション・コミック誌』の第1号に登場したのが始まりだそうです。原作はジェリー・シーゲル、作画がジョー・シュスター。クリプトン星人カル=エル、地球での名前、クラーク・ジョセフ・ケント。コミックはもちろんですが、テレビドラマや映画でも人気を博しているアメリカンヒーロー。日本でも1956年からテレビドラマとして放映され、何と視聴率74.2%を記録したとか! 1979年に日本で封切られた映画は、その年の配給収入、洋画部門で1位。スーパーヒーローと呼ぶに相応しい人気ぶりですね。

アメリカでのユダヤ人作家によるコミックは、1890年頃から現れてきたそうで、移民、あるいはその子供たちが、アメリカへわたってきてすぐの頃の苦労を描いている作品が多いようです。

そして、1930年代以降、次ぎ次ぎとヒーローが誕生していきます。ユダヤ人たちがアメリカ社会へ同化しようと模索している頃です。スーパーマンのあとは、1939年に産声を上げた「バットマン」。作者は、ボブ・ケーン。シリーズ映画化されていて、ご覧になった方も多いことと思います。スーパーマンともども、フィギュアの世界でも、人気の的ですね。

1940年(日本の資料では41年)には「キャプテン・アメリカ」が誕生。原作者はジャック・カービー。通称キャップと呼ばれるヒーローが、アメリカのため、自由のために超人的活躍をします。

この時代に生まれたヒーローたちに共通するのは、ユダヤ人たちの経験やその伝統が通奏低音として響いているとはいえ、前面に出ているのはアメリカという国に貢献しようという気持ち。ヒーローたちは、悪からアメリカを救うために活躍します。背景にはヨーロッパで拡大するファシズムに対する脅威があるようだとも言われていますが、さらに広い意味で、世界の秩序、人類普遍の価値・正義を守るために戦うわけです。だからこそ、多くの国で受け入れられているのでしょうね。

そして戦後、ホロコーストを生き延びた人々もアメリカへ移民してきます。また、アメリカ社会に同化しつつ、政治に関わるユダヤ人もふえてきます。そうした流れを背景に、新たな作品が登場します。

1952年に世に出たのが“MAD”。ハービー・カーツマンがはじめたパロディなど政治風刺の効いたコミック誌ですね。確か、早くから日本でも入手できたと思います。その風刺には、アメリカ社会への同化の曖昧さが影を落としているとも言われているようです。

また、ホロコーストを取り上げた作品では、1986年に、アート・スピーゲルマンによる“MAUS”が登場。副題に「アウシュビッツを生きのびた父親の物語」とあるように、実父の体験に基づいています。その内容もさることながら、登場人物を動物に置き換えたところが、斬新であり、分かりやすくなっています。

このスピーゲルマン、生まれはスウェーデン。ヨーロッパでも、ユダヤ人のコミック作家たちは活躍しています。彼らの作品に共通するのは、ユダヤの歴史・伝統が色濃く反映されていること。

今回の展示タイトルになっている“Le Chat du rabbin”はJoann Sfar(ジョアン・スファール)によって2005年から出版されているバンド・デシネ(マンガ)で、猫の口を借りて、アルジェリアのユダヤ人世界を描いており、フランスで人気の作品です(上の写真、左側の冊子の猫です)。



会場には、1912年から2007年の作品まで230点、そして資料が40点展示されています。ユダヤ人作家による、マンガ。その時代、その暮らす社会の特長もありますが、やはり底にはユダヤの歴史・伝統が共通してあるようです。しかし、それにしても、これほど多くのマンガ作家がユダヤ人にいるとは思ってもみませんでした。正直な感想です。

“De Superman au Chat du Rabbin”
ユダヤ美術歴史博物館(Musee d'art et d'histoire du Judaisme)
来年1月27日まで
土曜と1月1日休館
入場料=5.5ユーロ

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ゴスペル in パリ。

2007-11-12 05:08:11 | 美術・音楽


こうしたポスターやチラシをパリの街角でよく見かけます。“Gospel Dream”・・・1990年にパリで結成されたグループ。歌手13人と、キーボード、サックス。出身は、アフリカ、アメリカ、カリブ海のアンティル諸島などだそうです。歌うのはもちろん、黒人霊歌、ゴスペル。



11日、サン・ジェルマン・デ・プレ教会でのコンサートに行ってきました。歌手たちと一緒になって盛り上がるには、会場がちょっと広すぎるような気もしますが、そこは、アメリカの影響から脱して、フランスならではのゴスペルを追求するグループのコンサートだけに、そういうものと納得して聴いてきました。自由と希望のシンボル、尊厳と忍耐の普遍的価値を有するというフレンチ・ニグロ・スピリチュアル―――。



フランスには、第二次大戦末、パリを解放したアメリカ兵たちによってもたらされたというゴスペル。1947年にはじめてのグループができたそうですが、一般に広まったのは1990年代になってから。この日、聴きに来ていた人たちは、年配の人が多かったのですが、ちょっと違和感があるのか、『聖者の行進』を一緒に歌うところでも、それほどの歌声は聞こえてきませんでした。



他には『アメイジング・グレイス』などどこかで聴いたことのある曲も多く、楽しい1時間でした。休みなく歌って、終了。聴衆も半分ほどは席を立ってしまったのですが、残った聴衆がしっかり拍手を続けると、戻ってきてアンコールに応えてくれました。演奏中は撮影厳禁なのですが、この時ばかりはあちこちでカメラを構える人が多くいました。


でも、フランシュなしでは、きれいに撮れませんでした。そこで、サイトからの写真を。


すっかり枯葉の季節になったパリ。アンコールも終わって外に出ると、曇り空に、サン・ジェルマン・デ・プレ教会の尖塔が、寒そうにそびえていました。

しかし、寒い季節ですが、文化イベントは花盛り。屋外でも・・・

教会脇では、ジャズの演奏が。多くの通行人が、立ち止まって聴き入っていました。CDも15ユーロで売っていました。さらにその脇には、文化イベントではないですが、季節の風物詩、おなじみの焼き栗売りも。


今、そしてこれからが、もしかすると、パリが最もパリらしい表情を見せてくれる季節かもしれません。

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アートの世界にも、新興国。

2007-11-01 17:40:07 | 美術・音楽
(ときどき更新の③です)

政治・経済の分野では、BRICs(ブラジル・ロシア・インド・中国)のように、新たに成長を遂げ、先進国の仲間入りをしようとする国々がありますが、同じようにアートの世界にも新興国があるようです。



その辺の事情を紹介してくれている9月30日-10月1日付のル・モンド紙です(ずいぶん古い資料で恐縮です)。「アート~東洋から起こってきたヌーヴェル・ヴァーグ」・・・アートの世界にも、新しい波が押し寄せてきているという見出しです。

今、アートの世界で注目されているのが、BRICsと重なる中国、インド、そしてイランなど。経済が成長し、何かと注目されるようになると、アートなど文化面でも脚光を浴びるようです。逆にいうと、政治・経済である程度の存在感を示さないと、その国の芸術は注目されない・・・そんなものかもしれないですね。国力が上がらないと、文化も大きくは注目されない・・・

「歴史の周辺部に辛うじて生息している我々ラテンアメリカの住民は、西洋人にとっては宴のライトが消されようとする頃にやってきた場違いな訪問者に過ぎない」と1989年に言った作家のオクタヴィオ・パスの言葉が途上国の文化状況を的確に言い表している。インターナショナルとは、文化も含め、ヨーロッパとアメリカ合衆国との間のやりとりに過ぎない。従って、アーティストが世界から注目されようとするなら、ロンドン、パリ、ニューヨークのいずれかに住んで創作活動をしない限り、注目されることはない―――。

少し前までは、こうした状況だったようです。しかし、今日では、新しい傾向が生まれているそうです。どんな傾向かというと、ヴェニス・ビエンナーレをはじめ多くのコンクールなどで周辺諸国の作品が注目を集め、そうした作品を集めたオークションも行なわれるようになってきている。もはやアーティストは欧米に行かなくても、その価値ありと認められれば、キュレーターのほうから訪問するようになってきている・・・ずいぶんな様変わりのようですね。

こうした傾向を反映して、パリでも新興国のアート作品を集めた、アート見本市が行なわれています。例えば、Hotel Dassault(ダッソー館)。10月1日に行なわれたオークションでは、中国、インド、イランなどのアーティストの作品が中心だったそうです。


(競売の行なわれたHotel Dassault、外見どおりで、受付の男性からしてスノッブを絵に描いたようなところです)

フランス人には、中国文化への憧れがある。1930年代の上海租界がその夢をいっそう掻きたてている。寿司、柔道、着物など日本的なものならなんでも脚光を浴びた15年ほど前の日本ブームのように、これからは中国ブームになるのではとも言われているようです。

イランについては、ヴェールの下に隠されたイスラム社会、特に女性たちがどのような暮らしをして、何を考えているのか・・・そのような関心にこたえてくれるような写真が特に受け入れられているそうです。紙面に紹介されている写真は、ソーダの小瓶とラジオがなかったなら、そのセピア色の色調から19世紀くらいの写真に見えてしまうかもしれない作品。5,000ユーロ(約82万円)くらいの値がついているそうです。

インドの作品への関心は、多くの国で見られ、9月初旬に上海で行なわれた美術見本市では、インド人作家の作品が中国人作家のもの以上の人気を集めていたとか。パリでも、関心の的になりつつあるようです。

ところで、アートの世界での新興国の作品を集めたオークション。やはりクリスティやサザビーが行なっているようですが、開催場所は、ニューヨークとドバイ。ニューヨークはともかく、ドバイ。何かと注目されるUAE(アラブ首長国連邦)です。アブダビにはルーヴル別館ができたり、美術・学術分野でもその注目はすごい! やはり、オイル・マネー。「お金のあるところに、美術品は集まる。それも、西回りで」と言われているように、ヨーロッパからアメリカへ、そして、日本へ。今やドバイ。しかし、芸術作品が注目されている中国、インドへ、ちょっと逆回りになりますが、世界の作品が集まり始めるのも、そう先ではないのかもしれないですね。アートとお金の関係・・・アート作品を個人所有する気持ち資金もない私は、せめて美術館に足繁く通おうと思っています(やせ我慢・・・)。

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有名X有名=ロングラン

2007-10-28 17:19:56 | 美術・音楽
(ときどき更新の①です)

有名X有名・・・さあ、パリで有名なものは何でしょう・・・答えられませんよね。パリに有名なものなんて、それこそ星の数ほど。美術館、レストラン、パティスリ、モニュメント、ブランドショップ、劇場、公園・・・

今日ご紹介する有名な場所へは、セーヌを渡っていきます。

普段あまり気付かないのですが、日没前後に橋を渡っていくと、淡い色の夕焼けも見ることができます。

そこは、チャペル。パリで有名なチャペルといえば、そう、サント・シャペル(Sainte-Chepelle)です。

ステンドグラスの美しさで有名ですね。では、もう一つの「有名」は・・・

そこで長年行なわれているコンサートがあります。サント・シャペルで演奏される曲とは・・・すでにここでお聴きになった方も多いかもしれませんが、『四季』です。ヴィバルディの、あの有名な曲ですね。サント・シャペルで聴く『四季』。有名な場所で聴く、有名な曲。これはもう、観光客がほっておく筈ありません。長年、同じプログラムでやってきても、いつも観光客を中心に、多くの聴衆で埋まります。

(今、あちこちが修復工事中です)

この日は午後7時から。『四季』の前に、ジェミニアーニ(Geminiani)のラ・フォリア(La Folia)とパッヘルベルのカノン(Canon)、そして『四季』で約1時間。コンパクトにまとまったコンサートです。料金は27.5ユーロ。当日券を会場で購入することもできます。


演奏は、バロックの弓オーケストラ(Orchestre les Archets Baroques)。6人の弦楽奏者たちがはじめの2曲を演奏し、そのあとゲストが一人加わって7人で『四季』を演奏。観光スポット化していますので、いたってカジュアルなコンサートです。演奏するほうも、一応黒い衣装ですが、中には黒いシャツに黒いジーンズ、ただしシャツをジーンズの外へ出して、というラフなかっこうの奏者もいますし、聴くほうも、一楽章ごとに拍手したり。しかも、『四季』の夏が終わったところで、お願いのご挨拶まであります―――演奏するほうがしっかり演奏でき、皆さんが気持ちよく聴けるよう、おしゃべりやフラッシュ撮影はおやめくださいね!



でも、この日はフラッシャは一度も焚かれず、話し声もほとんど聞こえませんでした。そのためか、アンコールの際、今日は気持ちよく演奏できたのでアンコールにお応えしてもう一度冬のパートを、と言っていましたが、これもいつものパッケージといった気がします。


何度も行くというものでもないとも思いますが、話のネタに一度は、といったサント・シャペルでの『四季』コンサート。ようやく行ってきました、というご報告です。


秋の日はつるべ落とし・・・8時(夏時間時)過ぎると真っ暗です。セーヌには、河岸の明かりが写って、すっかり、夜の顔。モノクロの写真で撮れば、ベルエポックの時代にタイムスリップしそうな世界。パリには、行っておきたい場所がまだまだたくさんあります。

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マリア・カラス賛歌。

2007-10-18 01:23:22 | 美術・音楽
20世紀最高のソプラノ歌手といわれたマリア・カラスが亡くなって、今年で30年。ギリシア系移民の子としてニューヨークに生まれた彼女は、1977年にパリでその生涯を終えています。30年ということで、記念のCDとかも出ているようですが、彼女へ捧げるオマージュと題したコンサートが教会で行なわれているので、聴きに行ってみました。


(コンサート情報は、多くの場所に貼られたA4サイズほどのポスターでも入手可能です)

場所は、ノートル・ダム大聖堂の南、左岸へ渡ってすぐのところに建つサン・ジュリアン・ル・ポーヴル教会(Eglise Saint-Julien le Pauvre)。

パリで最も古い教会のひとつで、建立は6世紀以前にまで遡るとか。確かな資料としては、580年にここを訪れた司教の記録に出てくるそうです。とにかく長い歴史のある場所。しかも、別の利用目的(病院や何と塩の倉庫!)に転用されたり、ギリシア正教会が使ったり・・・いろいろな、言ってみれば波乱万丈の歴史を刻んできた教会のようです。



さて、コンサート。“Hommage a Maria Callas”と銘打ったコンサートで、演奏者はソプラノのLina Castellanzaと夫でピアニストのHerbert du Plessis。

この二人によるマリア・カラス賛歌は、以前からこの教会で時々行なわれていたようです。でも、没後30周年ということで、それなりの思い入れもあって、普段以上にいい演奏と歌を聴かせてくれるのでは、と期待して出かけて行ったわけです。



この夜の演奏曲目は、モーツァルトの“Le Nozze de Figaro”(『フィガロの結婚』)、ロッシーニの“La cenerentola”(『チェネレントラ』)、ヴェルディの“Aida”(『アイーダ』)など。途中にピアノのソロで、ショパンの『ワルツ(作品42:大円舞曲)』とリストの『愛の夢』を挟むという構成でした。



リナ・カステッランツァはミラノ・スカラ座のオペラ学校で学び、テノールのFranco Corelliなどに師事したそうです。スペインにも滞在しており、スペイン語で謳うこともあり、そのせいかラテンアメリカで特に人気があるようです。ヨーロッパでも、もちろんコンサートやCD、ラジオなどで活躍しているとか。ご主人のエルベール・デュ・プレシスはモーリシャス生まれで、イギリスで音楽教育を受けたそうです。特にショパンの作品をよく演奏するようで、その全作品を演奏した数少ないピアニストの一人だそうです。


(ピアノはSteinwayです)

教会が小さく、若干声が籠る感じはしましたが、その声の美しさ、テクニック、イントネーションの確かさ、そして存在感・・・以前から「マリア・カラスへ捧げるオマージュ」というコンサートを行なってきただけのことはあり、リナ・カステッランツァのソプラノには、マリア・カラスを髣髴とさせるものがありました(と、彼女のCDは1枚しかもっていない人間が言うのはおこがましいのですが・・・)。150人くらいの観客でしたが、熱烈な拍手、最後はスタンディング・オベーションでした。



しかし、その聴衆、日本のコンサート会場とはずいぶん異なります。遅れて入ってきて、ビニール袋を5分くらいゴソゴソやっていた女性、咳を繰り返していた男性、A席とB席に分かれているのですが、最初の曲が始まった時、高い席のほうが空いていると、ぞろぞろとそちらへ移動する人たち・・・通というよりは、教会のコンサートをちょっと聴きに来てみたという、私も含めて観光気分の人が多いのかもしれないですね。そうしたカジュアルな雰囲気のコンサートだからでしょうか、ちょっとした雑音があっても眉を顰める人や音のするほうを睨みつける人はいないんですね。肩の力が抜けていて良かったです。


(23ユーロと書かれた紙が貼られています。柱の両サイド後ろの方が18ユーロです)

また、違いといえば、チケットの料金。前売りをFNAC(AV書籍流通大手)などで買うと25ユーロ席と20ユーロ席。当日、会場で買うと23ユーロと18ユーロ。単純に手数料が乗ってしまいます。


(コンサートが終わり、家路ならぬ、食事へ向かう聴衆たち)

・・・ご存知の方も多いと思いますが、マリア・カラス最後の公式な舞台はジュゼッペ・ディ・ステファノと一緒に行った札幌でのリサイタルだったそうです。日本と縁のあるマリア・カラス。没後30周年に聴いたという、いい思い出になるコンサートでした。

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移民の歴史がテーマ・・・また、また、新しい博物館の誕生。

2007-10-12 01:48:44 | 美術・音楽
先日、9月にオープンした「国立建築遺産博物館」をご紹介したばかりですが、10月10日に、また新しい博物館が誕生しました。「国立移民歴史博物館」(la Cite Nationale de l'Histoire de l'Immigration)。



テーマがテーマだけに、その開設までには紆余曲折があったようです(以下、10日付のル・モンド紙などの記事を参照)。

移民の歴史をフランスの歴史・記憶の中にしっかり位置づけよう、という意図でこの博物館が最初に企画されたのは、1989年。アルジェリア移民2世の立案だそうです。博物館というかたちで、その内容もしっかり詰められていたそうですが、時の社会党ミッテラン政権は、極右・国民戦線が選挙で躍進したことを受けて、移民との連帯を強く印象づけるこの企画を推進するのは却ってマイナスになると、乗ってこなかったそうです。

そのまま店晒しになっていたこの企画に再びスポットがあてられたのが、1998年。黒・白・アラブ(black-blanc-beur)といわれたフランス代表チームが、サッカーのワールドカップで見事優勝。

(館内の展示写真。移民のスポーツによる貢献は大ですね)
その熱狂に後押しされて実現に向けて歩み出したかに見えたのですが、当時の社会党ジョスパン首相は、フィージビリティ・スタディを命じただけで、それ以上は踏み出しませんでした。

この博物館構想に最終的にゴーが出たのは、2002年、国民戦線のル・ペン党首を大差で破って再選されたシラク前大統領が、移民も含む国民の新たな統一のシンボルとして、研究・教育を主眼とした移民博物館の建設を認めたそうです。

建設場所は、以前「植民地博物館」があった12区、ヴァンセンヌの森の入り口の一つ、ポルト・ドレにあるPalais de la Porte Doree(ポルト・ドレ宮)。5年半の準備期間をへて、ようやく10日にオープンしました。


しかし、シラク氏は大統領を退いており、後任のサルコジ現大統領は移民に対して厳格な対応を示している。移民の家族呼び寄せに対しても、本当に家族かどうか疑わしいとして、DNA検査を義務づけようとしているくらいですから、この博物館にいい印象を抱いているとは思えない。まして、うまくいっていなかったシラク氏の進めたプロジェクト。オープン当日は、ロシア訪問中で、当然のことながら欠席。「建築遺産博物館」のオープニングでは、テープカットに駆けつけ、建築は今後フランスにとって力を入れていく分野だと謳い上げたのに、今回は、メッセージもなし。では、フィヨン首相は? サルコジ大統領の後ろで陰が薄いのをいいことに欠席。移民担当大臣も、右に倣え。文化大臣が、初日の閉館後に、辛うじてやってきただけだそうです。

一方の社会党は、ゴーサインを出さなかった過去などすっかり忘れて、与党を攻撃するには千載一遇のチャンスとばかりに、オランド第一書記、ドラノエ・パリ市長らが早速訪問。移民層に理解のあるところを示していました。

と、肝心の博物館の展示内容よりも、それを取り巻く政治環境のほうがなにかと話題になっている「移民歴史博物館」。展示は・・・


・フランスへの移民の変遷(19世紀のベルギーから、20世紀のイタリア、スペイン、ポルトガル、マグレブ地方、そして21世紀のサハラ以南のアフリカと中国へ)

(最近の移民が暮らすという6段ベッド)

・フランスへの受け入れ

(労働許可証の原物と、働いている現場の写真)

・移民のおかれた環境

(住環境など、どうしても劣悪なものになってしまうようです)

・フランス社会への同化

(移民へのフランス語教室です)

・社会での活躍

(ピカソもシャガールも移民です)

こうしたテーマごとに、現物、写真、映像などを駆使して紹介しています。オープン翌日だったこともあり、館内には、いくつもの取材クルーが来ていました。また、専門家による説明も行なわれています。

移民の辛い歴史とその現状を紹介する「国立移民歴史博物館」。同じ建物の地下には水族館があり、その水槽内では、えささえ十分であれば、異なった種類の魚が一緒に泳いでいます。

国民四人のうち一人は両親、祖父母のうち少なくとも一人が外国人だといわれているフランス。そこでも人種問題は深刻になっています。人間はどうして、人種が違うと、特に今フランスで言われるように“Minorite Visible”(外見上の少数民族)、つまり肌の色の違いで差別したりされたりするのでしょうか。人間の悲しい性なのでしょうか。少しでも解消することはできないものでしょうか・・・「移民歴史博物館」、そんなことを考えるには、最適な場所かもしれません。

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ギャラリーの中のギャラリー。

2007-10-06 00:42:22 | 美術・音楽
日本のデパートでは、美術展が行われたり、画廊が入っていたりしますね。デパートの店内で見る美術作品・・・パリのデパートでも目立つようになってきているようです。



そうしたトレンドを代表するのが、ギャラリー・ラファイエットにあるアート・スペース。ブランドの並ぶ1階(日本式2階)に、宇宙への扉が開かれているように、その入り口があります。暗いトンネルの壁面には、ご丁寧に小さなライトがついていて、星々の輝きになっています。



その先に、展示スペース。それほど広いスペースではないのですが、常に時代とともにというデパートの姿勢を反映させて、コンテンポラリーなアート作品が展示されています。



2001年にオープンしたこのギャラリー、今を感じさせる作品、新しい時代を切り開く作品を発掘して紹介することを目的にしているそうです。



名前は“la Galerie des Galeries”(ギャラリーの中のギャラリー)。もちろん、ギャラリー・ラファイエットにあるギャラリーですが、最先端のアートを紹介するギャラリーとしての自負も込められているのでしょうね。



展覧会ごとにこうした紹介冊子も作っています。力の入れようを示していますね。11月3日まで行なわれているのは、“ANTIDOTE”(特効薬とか解毒剤といった意味)。有望な新人作家の作品(絵画、彫刻、ビデオアートなど)を展示しています。

この“ANTIDOTE”という展覧会は、3回目だそうで、ギャラリー・ラファイエットの創設者の孫娘で、今もギャラリー・ラファイエット・グループの経営に携わる女性の支持を得て、彼女の孫に当たる人が企画しているそうです。言ってみればオーナー一族の企画。力も入るはずですね。



因みに、ギャラリー・ラファイエット・グループ、1893年からの100年以上の歴史があり、今では外国も含め63店舗。また、傘下には、日曜大工用品を中心に幅広い品揃えのデパートBHVやスーパーマーケットチェーンのMONOPRIX、高級スーパーのInnoなどをかかえています。(www.galerieslafayette.com/international/index.do・・・日本語でご覧になれます)



時代を先取りするモード、それを紹介するデパート・・・だからこそ、アートの世界でも最先端の息吹を紹介したい―――。そうした想いが、実際、どのようなカタチになっているのか、覗いてみたい方は、ぜひ、このアートスペースへ。もちろん、入場無料です。

と、ここまで事前に作っておいたのですが、関係する記事を先週、情報誌“A Nous Paris”で見つけてしまいました。

デパートでアートを!という記事です。デパートが店内でアート展を行なうのが増えてきている、と紹介しています。その一つが、以前ご紹介したボン・マルシェの「エクスポジション・東京」(これはアートというよりファッションですが・・・勘違いもご愛嬌のうち)、そしてこのギャラリー・ラファイエットのコンテンポラリー・アート展。他に、プランタンのヴォーグ展など。

以前からあったとは思うのですが、デパートで触れるアート・・・規模の大きさなのか、テーマ性なのか、フランスで今、ちょっとした話題になっているようです。

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パリに、また、新しい博物館。

2007-10-03 00:44:33 | 美術・音楽
トロカデロにあるシャイヨー宮、そのエッフェル塔に向かって左側の翼に新しくまた博物館がオープンしました。“La Cite de l'Architecture et du Patrimoine”、いわば「建築遺産博物館」。フランスにある12世紀から現在までの主要な建築物を紹介する博物館です。



9月17日にはサルコジ大統領が出席しての除幕式。そして、一般にはその週末からのオープンでした。さ~、どのような展示をしているのか・・・いつも斬新なアイディアを見せてくれるフランスの美術館ですから、楽しみ。先週末、行ってみました。

個人的第一印象から先に言ってしまうと・・・ちょっと、がっかり。いや、かなりがっかりかも知れません。何しろ、実物がない! ・・・でも、冷静に考えてみれば、当然なんですが。何しろ、大きな建築物が多い。しかも、現在も使われていたり、観光名所になっている。それを取り壊して、パリの美術館に持って来てしまうわけにはいかない。そうなんですね、だから、複製、模型、映像などでの展示になっています。がっかりするよりは、建築物の美術館というテーマにチャレンジしたことを誉めるべきなのでしょうね。その意味では、一度は覗いてみる価値のある美術館にはなっていると思います。

ちょっと言い訳めいた前文が長くなってしまいましたが、では具体的な展示模様をご紹介しましょう。

この博物館、3つのコーナーからできています。

・La galerie des moulages:鋳型ギャラリー

フランス全国に現存する12世紀から18世紀に建てられた教会を中心とする建物の複製をメインに展示しています。実物そっくりに作っています。日本でいう国宝級の建造物。移築するわけにはいきませんので、実物と寸分違わない、つまり鋳型に入れてかたどったような複製を制作して展示しているわけです。

入り口、柱、ガーゴイル(ガルグーイユ)など、最も価値があると言われている部分の複製が並んでいます。一部模型もあり、建築様式を知る一助にもなっています。


・La galerie d'architecture moderne et comtemporaine:近現代建築ギャラリー

1851年以降に作られた建築物を紹介しています。巨大な建物が多いので、模型、設計図、映像などによって紹介しています。新しい工法、斬新な設計思想・・・変化を遂げる社会に建築がどう対応し、あるいは先導してきたのが理解しやすい展示になっています。


・La galarie des peintures murales et des vitraux:壁画ステンドグラス・ギャラリー

12世紀から16世紀にかけて教会などの壁に描かれた壁画の複製を中心に展示しています。複製とはいえ、そっくりにできていますので、一つ一つ区切られたその空間に身をおくと、非常に神秘的な気持ちになってきます。


フランスの遺産といってもいい建造物の展示・・・実物をもって来れないだけに、複製、模型、映像などを駆使しての展示ですが、フランス全国にある貴重な建築物を見ることができますので、フランス各地を回るには時間的にちょっと無理という人には便利かもしれません。あるいは、現地へ行く前の予習、あるいは見た後の復習にはうってつけの博物館かもしれません。

そして、立地はシャイヨー宮。1階ホール奥にあるカフェのテラスからは・・・

ご覧の通り、シャイヨー宮の大きな彫像とエッフェル塔、そして遠くにモンパルナスタワー。これらだけは、本物です!

La Cite de l'Architecture et du Patrimoine
火曜休館
入場=7ユーロ

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