壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

続 故郷

2009年08月23日 14時25分11秒 | Weblog
        秋十年却つて江戸を指す故郷     芭 蕉

 賈島(かとう)の詩の想のみならず、その口調まで学んでいる。そして、その詩の中に入り込んで、その詩の世界を自分の境として感じとろうとしている。そこが新鮮な感じを与えるとともに、一脈の生硬さをとどめる点にもなっている。

 「秋十年(あきととせ)」の「秋」は、星霜・春秋・春などで一年をあらわすのと同じ用法で、十年の星霜というほどの意である。
 江戸出府よりは足かけ十三年、延宝四年の帰郷よりは九年の月日が経過しているので、「秋十年」は、概数をいって句の声調を生かそうとしたものであろう。
 「却(かへ)つて江戸を指す故郷」は、伊賀が芭蕉の故郷であるが、江戸に十年の星霜を経てみると、かえって江戸の方が故郷らしく感じられるの意で、きのう記した、賈島の「桑乾を渡る」の詩を踏まえている。

 また、『笈の小文』の旅の折に、山口素堂の贈った餞別詩の序には、「老人(芭蕉)常ニ謂フ、他郷即チ吾ガ郷ト」とあり、これは、他郷がそのままわが故郷である、の意である。

 「秋十年」の「秋」が季をあらわすが、きわめて漢詩的な使い方で、季感はほとんど感じられない。
 貞享元年の作で、『野ざらし紀行』に「野ざらしを心に風の沁む身かな」と並んで出ている。

    「故郷へ帰ろうとして、いま江戸を出立するに際して考えてみると、すで
     に十余年の星霜を重ねた江戸の方が、帰ろうとしている故郷よりもかえ
     って故郷らしい懐かしさを感じさせることだ」


      踊りぬき残る思ひの阿波踊     季 己