鳴海眺望
初秋や海も青田の一みどり 芭 蕉
属目の初秋の景をもって挨拶としたものであろう。
一読、爽快な初秋の眺望である。何の巧みもなく、初秋の鳴海潟の大景に感合したものであって、その流動的、直線的な声調に、初秋の景に惹かれた感動の明るさがあふれている。
対象に身を寄せて、そのものになり入ってゆく芭蕉の態度が、よく生かされている句だと思う。
「や」・「も」・「の」の助詞もきわめて的確な生かし方である。
季語は「初秋」で秋。「青田」も夏の季語であるが、この句が詠まれたのは、貞享五年七月十日なので、秋がふさわしい。
「稲ののびそろった青田が、一望のうちに見渡せる。その彼方に、色濃い
海も青田のみどりと、ひとつづきに見渡されて、まことに清爽な初秋の
景であるなあ」
鳴海は、今の名古屋市にある、東海道五十三次の宿場町である。芭蕉は、上記の句を詠んだ二日前に、次の句を詠んでいる。
新宅を賀す
よき家や雀よろこぶ背戸の粟 芭 蕉
新宅を祝う意をこめた句であるから、その新宅のよいところを見出して句に仕立てている。
まず、「よき家や」とほめて、そのよさの中心を「雀よろこぶ背戸の粟」と具象化したのである。また、「雀よろこぶ」という暖かみのある表現が、豊かに満ち足りた家を思わせている。まさに「俳句は具象」・「俳句は愛情」である。
「背戸」は、家の裏口をいう。
『知足斎日々記』によれば、貞享五年七月八日の作。また、この新宅は、知足の弟知之のものであったという。
知足は、下里金右衛門といい、蝸廬(かろ)亭と号した。尾張鳴海の醸酒家で、屋号は千代倉。芭蕉の門人で、後に剃髪して寂照という。『知足斎日々記』・『千鳥掛』・『たびまくら』などの編著がある。
季語は「粟」で秋。粟(あわ)には、大粟すなわち「梁」と、小粟すなわち「粟」とがあり、両者にはそれぞれ糯(もち)と粳(うるち)との区別がある。粒状の実は黄色で、味が淡い。収穫は、九月の下旬から十月。
「ほんとうによいお宅ですなあ。裏口には豊かな粟が実っており、そこに
集まる雀が、いかにも喜びあっているように見えます」
鬼灯の熟るる夕べを検査食 季 己
初秋や海も青田の一みどり 芭 蕉
属目の初秋の景をもって挨拶としたものであろう。
一読、爽快な初秋の眺望である。何の巧みもなく、初秋の鳴海潟の大景に感合したものであって、その流動的、直線的な声調に、初秋の景に惹かれた感動の明るさがあふれている。
対象に身を寄せて、そのものになり入ってゆく芭蕉の態度が、よく生かされている句だと思う。
「や」・「も」・「の」の助詞もきわめて的確な生かし方である。
季語は「初秋」で秋。「青田」も夏の季語であるが、この句が詠まれたのは、貞享五年七月十日なので、秋がふさわしい。
「稲ののびそろった青田が、一望のうちに見渡せる。その彼方に、色濃い
海も青田のみどりと、ひとつづきに見渡されて、まことに清爽な初秋の
景であるなあ」
鳴海は、今の名古屋市にある、東海道五十三次の宿場町である。芭蕉は、上記の句を詠んだ二日前に、次の句を詠んでいる。
新宅を賀す
よき家や雀よろこぶ背戸の粟 芭 蕉
新宅を祝う意をこめた句であるから、その新宅のよいところを見出して句に仕立てている。
まず、「よき家や」とほめて、そのよさの中心を「雀よろこぶ背戸の粟」と具象化したのである。また、「雀よろこぶ」という暖かみのある表現が、豊かに満ち足りた家を思わせている。まさに「俳句は具象」・「俳句は愛情」である。
「背戸」は、家の裏口をいう。
『知足斎日々記』によれば、貞享五年七月八日の作。また、この新宅は、知足の弟知之のものであったという。
知足は、下里金右衛門といい、蝸廬(かろ)亭と号した。尾張鳴海の醸酒家で、屋号は千代倉。芭蕉の門人で、後に剃髪して寂照という。『知足斎日々記』・『千鳥掛』・『たびまくら』などの編著がある。
季語は「粟」で秋。粟(あわ)には、大粟すなわち「梁」と、小粟すなわち「粟」とがあり、両者にはそれぞれ糯(もち)と粳(うるち)との区別がある。粒状の実は黄色で、味が淡い。収穫は、九月の下旬から十月。
「ほんとうによいお宅ですなあ。裏口には豊かな粟が実っており、そこに
集まる雀が、いかにも喜びあっているように見えます」
鬼灯の熟るる夕べを検査食 季 己