滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

11月27日、計画的脱原発案の開票を控えて・・

2016-11-27 02:15:59 | 政策

前回のブログにも書きましたが、今週末は「計画的脱原発」を求める国民イニシアチブ案の投票日です。この投票についてブログでも紹介したいと思ってはいたのですが、私たち自身がここ数か月に渡り、「Ja.」(可決)キャンペーンに尽力していたのでブログどころではありませんでした。

 

スイスでは、この秋にようやく「エネルギー戦略2050」の審議が終了しました。長年に渡る審議の中でかなり骨抜きになっているものの、スイスのエネルギーヴェンデ・温暖化対策の柱となる重要な政策方針です。しかし原発について、この戦略の中では、新設の禁止が法制化されたものの、ドイツと異なり運転の終了時期が明記されていません。それがスイスの脱原発政策の最大の弱点です。

 

運転終了年がないという弱点

オフィシャルには原発の寿命50年なら2034年に原発利用が終了するように伝えられていますが、実際には「安全である」限り運転して良いことになっています。そのため原発を運営する大手電力のいくつかは、60年、あるいはそれ以上運転することすら夢見ています。

 

しかし原子力ロビーの影響下にある国会は、高齢原発の安全性の確保のために連邦核監督庁が求めていた長期運転計画の策定義務化を却下しました。原子力村としては、安全対策への投資を最低限に絞り、対策実施を引き延ばしながら、できる限り長く運転して、できれば次世代の原発技術が登場するまで時間稼ぎをしたい、というのが本心でしょう。

 

ただ、欧州電力市場では電力が有り余り、価格が暴落している今日。スイスでは古い原発であっても発電するだけ損をする赤字運転が常態化しています。原発を運転する大手電力(特にAlpiqとAXPO社)の経営状況は深刻で、倒産寸前と言われる中、安全対策に十分な投資が行われるとは考え難くなっています。

そのような状況でも、三社ある原発運営会社のうち、具体的な運転終了年を自ら設定した企業は、ミューレベルク原発を運転するベルン電力のみ。残りの二社は運転終了計画を発表していません。ベルン電力は小売りを行っている他、再エネ熱事業や再エネ電力開発にも以前より取り組んでおり、原発以外のビジネスモデルの構築を順調に進めています。対して後者は原発のないビジネスモデルをまだ見つけられていません。

 

45年終了を求める国民イニシアチブ案

そのような中、今回スイスの緑の党が発議した国民イニシアチブ案「計画的脱原発」は、運転開始から45年で運転を終了することを義務付けることを求めるものです。実際に、スイスに5炉ある原発のうちの3炉は運転開始からすでに45年前後も経っていますので、イニシアチブが可決すると2017年末までに3炉は運転終了となります。その後はゲスゲン原発が2024年、ライブシュタット原発が2029年に運転を終了することになります。同時に省エネと再エネ拡張により、これまでの原発供給分を代替していくことで計画的に脱原発を行うという内容です。(現在は5炉で電力の4割弱を供給、残りはほぼすべて再エネで供給)。

 

古い、出力の小さな3炉の原発については、以前から圧力容器の金属の劣化・欠陥問題が批判されていました。その1つであるベッツナウ一号炉は世界で一番古い「現役」原子炉(47年)となりますが、こちらは安全性の問題からもう1年半も止まったままです。さらに一番新しく、出力の大きなライブシュタット原発も今年の秋に燃料棒に問題が見つかって停止。春先まで動かない予定です。

 

このように無計画に止まっている2炉だけでもスイスの原発発電量の半分に相当し、すでにイニシアチブが求めるよりも多くの出力が投票前に止まってしまっています。もちろんブラックアウトを起こすことなく。

 

断末魔的な反対派のキャンペーン

今回の投票戦とそれに関わる議論やキャンペーンは、社会的にもメディア上でも、稀なほど激しいものだったと感じます。イニシアチブの反対派というのは、右派の保守政党であるスイス国民党、エネルギー大臣を筆頭としたキリスト教民主党、自由民主党。企業では大手電力、経団連エコノミースイス、手工業者連盟らが取り仕切っています。

 

ちなみにスイス全国の政治家に密なネットワークを持つ原発ロビー団体のAVES(スイス理性的エネルギー政策アクション)の理事はスイス国民党の党首で、もう一つの強力な原発ロビー団体ニュークリアフォーラム・シュヴァイツの理事は手工業者連盟の代表、さらに経団連の理事長は大手電力Axpoの元CEOです。

 

潤沢な資金源があるとは言え、今回の反対派(原発ロビー)の抗いようは、断末魔的なものを感じさせます。反対キャンペーンでは、どこかの国の大統領選ではありませんが、これまでの原発関連の投票戦以上に平然と嘘の多い主張が繰り返され、非常に見苦しいものでした。これまでとは異なり、時代や技術、市場や経済性が、再エネ・省エネに明らかに有利、原発に不利に変化したことの証拠なのかもしれませんが。

 

ブラックアウトと石炭電力の輸入という主張

反対キャンペーンの主張は、2017年に3基が「大急ぎで」廃炉になると「ブラックアウトする」というものと、「石炭電力を大量輸入しなければならなくなる」というもの、加えて「大混乱が起こる」、「電力会社に高額な補償金を要求される」、「電気代が高くなって企業が外国に流出」、「電力を輸入すると国内における経済的な付加価値創出が減る」、「エネルギー戦略2050こそが計画的脱原発である」、といったところが主なものです。

 

現実には、ヨーロッパ市場では電力が有り余っており、スイスの高圧系統には輸出入のための巨大なキャパがあるため、可決されても一部の変圧施設や系統の強化、運用の努力が必要になるものの、安定供給は不可能ではないことを国家的な系統運営会社のスイスグリッドが示しています。また、輸入電力の環境性能は選べる上、既に国内の新再エネおよび周辺国に都市エネルギー公社が出資した再エネ電源によって、はじめの3炉分は生産できる能力を有しています。石炭電力の輸入を防ぐためには、既に灯油やガスに導入しているCO2税を拡張する手法が有効です。さらに、国内の再エネ電源の開発は、4万軒以上が買い取り待ちの状態ですから、これらが実現されれば経済的な付加価値と雇用がさぞ増えることでしょう。

 

駄目もとでも渾身の賛成キャンペーン

そもそも反対派とは資金力のレベルがまったく違い、政府や大臣が反対を表明している中で、賛成キャンペーンはなかなか健闘してきたと思います。新聞もかなり積極的に反対派の間違った論点を暴く記事や読者投稿を掲載しています。

 

賛成しているのは、主に緑の党と社会民主党、多くの環境団体や市民団体、一部の手工業者たちや州。さらには原発がなくなることで電力市場回復を期待する山地の水力所有自治体の連盟など。賛成キャンペーンを勧める委員会も2億円以上の費用を集め、多くの市民を動員して分散型キャンペーンを展開しています。多くの友人が「駄目もとでも、できる限りのことをする」、と言って心血を注いでいました。

 

夫と私も、新聞に投書する、記者の取材に協力する、講演する、地元の村への全世帯パンフレット投函をスポンサリングする、3回に渡るエネルギーヴェンデ映画鑑賞会を村で開催する、ポスターを貼る、イベントや講演会に来ている人たちと議論する、フェイスブックで情報を拡散する、知人に個別メールを出す等々・・考えられる限りのことを行いました。スイスの人が、お金も再エネ資源にも恵まれた自国のポテンシャルを活かし、子供たちへの負の遺産を減らし、高齢原発による災害から自国を守ってくれることを願います。

 

脅し文句に弱い市民

スイスで国民が発議する国民イニシアチブ案が、国民投票により可決されること自体が稀です。さらに私が応援するエネルギー関連のイニシアチブ案が可決されたことはほぼ皆無です。

 

今回の投票前のアンケート調査では、イニシアチブを可決すると答えた人の割合が、否決すると答えた人の割合よりも僅かに多くなっています。しかし住民の多数派が可決するだけでなく、過半数の州が可決しないことにはイニシアチブは通りません。保守派の政党の影響力が強烈な農村部の州を可決にもっていくのは難題です。

 

スイスの人は、投票前キャンペーンで「自由が制限される」、「もっとお金を払わなくてはいけなくなる(少額でも)」という脅し文句に(はったりであっても)大変弱いのが心配な点です。またこれだけ相反する情報があふれる中、一般市民が自分で考え、判断することはとても難しくなっていると思います。

 

開票の後は・・

今回の国民イニシアチブ案の反対派の一部には、エネルギー戦略2050を覆したいと思っているグループがあります。スイス国民党が中心となったグループで、やっと国会で決議されたエネルギー戦略2050に対するレファレンダムを起こすための署名を集めています。今回の国民イニシアチブ案を否決に持ち込むことで、原発の運転終了時期だけでなく、新設禁止すらを覆すきっかけを得ることを狙っています。

 

そういう意味でも重要な投票ですので、可決されることを願ってなりません。
しかし万が一、否決された場合には・・?エネルギーヴェンデの映画鑑賞会に来た村のある住民が言いました。
「今回の投票では負けるかもしれない。でも負けても次の日にはまた署名収集を始める。そして2年後にはまた同じ案件を国民投票に持ち込むさ。」
私には、経済的にも、リスク的にも、そんな悠長に取り組んでいる暇はないように思われます。

 

投票結果に関わらず明らかなのは、スイスの場合は大手電力の株主が州ですから、補償金が要求されても、大手電力たちが破産しても、廃炉費用や核のゴミの処分費用の積み立てが全然足りなくても、原発の後始末の費用はスイスでは(スイスでも)国民が負担することになるということです。

 

※ 11月27日晩の追記

 とても残念なことですが、「計画的脱原発案」は否決されました。可決票46%、否決票54%。今週末の投票率は他の投票事項も合わせて約45%だそうです(低くて残念ですね)。保守的な農村部では「左」という目で見られる緑の党のイニシアチブにしては、健闘した結果なのかもしれません。西スイスの4州やバーゼル都市州・田園州では可決されたそうです。
この結果は、脅し文句が功を奏して早期の脱原発が否定されたものであって、市民社会の脱原発への意思自体を否定するものではないと私は考えます。
また、今回のイニシアチブの反対派は、石炭や原発電力の輸入への反対を論点の一番上に挙げていました。今後はこれらの政治家や企業が、自らの発言を本当に政策や経営において実践していくのか見届けたいと思います。また市民社会としては、世界最高齢のベッツナウ一号炉の安全審査への監視の目を強めること、そして今後も政治とは関係なく安くなった再エネを企業や市民ベースでどんどん広げていくことが大事だと思いました。


 




 

●新エネルギー新聞への寄稿記事より

下記リンクより、新エネルギー新聞に寄稿したニュース記事を読むことができます。

「ドイツ:再生可能エネルギー法改訂 ~ 再エネ業界、さらなる縮小への懸念」

http://blog.livedoor.jp/eunetwork/archives/48815166.html

「スイス:農家による地域熱供給事業~糞尿・残渣バイオガスと木質バイオの組合わせ」

 http://blog.livedoor.jp/eunetwork/archives/48815450.html

 

短信

●スイスのエネルギー地域に参加する自治体数が235

エネルギー庁の自治体用のエネルギーヴェンデ推進プログラムで、広域で再エネ・省エネをコーディネートすることでエネルギー自立を目指す「エネルギー地域」の数が24に増えた。これらの地域に含まれる自治体の数は235になる。このプログラムに参加する自治体は、総合的なエネルギー政策の品質管理ツールである「エネルギー都市」制度の認証を受けることが条件だ。エネルギー地域には専門アドバイザーが付けられ、地域間の経験交換が促進される。エネルギー地域は、エネルギー都市制度の一部であるが、エネルギー都市制度の認証を受けている自治体数は現在400になる。スイスの人口の半分がエネルギー都市に住んでいることになる。エネルギー都市制度は、省エネや都市計画、交通など総合的かつ体系的な実施に重点を置いた認証だが、エネルギー地域では広域でのレベルアップ、そして再エネ生産に重点を置いている。

参照:Energiestadtプレスリリース

 

●建物の省エネ改修助成金、2015年は約200億円

スイスでは暖房用オイル・ガスに二酸化炭素課徴金が課せられており、その収入の一部が建物の断熱改修と熱源交換、省エネ対策への助成「建物プログラム」の財源として使われている。2015年には1.79億フラン(約200億円)がこのプログラムの枠内で助成された。対策の寿命の間に節約されるCO2は310万トン。省エネ効果は1.6万ギガワット時となっている。躯体の断熱強化については、360万㎡の外皮がこの助成を受けて改修された。屋根と外壁の改修が主である。それ以外の助成金としては、ミネルギー・P新築、太陽熱温水器、ヒートポンプへの助成金が多かった。

参照:DasGebäudeprogrammプレスリリース


 

 

 


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