滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

5月18日、「ミューレベルク原発の即時運転終了」を求める州民投票

2014-05-11 10:20:30 | お知らせ



ニワトコやサンザシの甘い香りが漂う季節となりました。家の周りの野原では、コオロギが大合唱しています。そんなのどかな日常とは裏腹に、一週間後の5月18日には、このベルン州(そしてスイス、ヨーロッパにとっても)の安全と存続にとって重要な住民投票「ミューレベルク原発の即時運転終了」が控えています。

新聞や駅には毎度のことながらJa(イェス)、Nein(ノー)双方のポスターや広告が掲載されていますが、この10年ほどの間にも社会的議論が繰り返されてきたテーマであるためか、全体として奇妙なほど静かな印象を受けます。今回も都市部の地域はおそらくJaに投票すると思いますが、農村部のアルプスやジュラ山脈、そして湖水地方の保守派住民のNein票がどれほどになるのか、そもそもどれほどの投票率になるのか、予測できません。

1972年に運転開始されたミューレベルク原発は、スイスの中では最も危ない高齢原発として有名です。お隣のドイツでならば、とうに廃炉にされている代物です。運転会社のBKW(ベルン電力)は、2019年に運転終了すると発表していますが、廃炉作業に入るまでに5年かかるので、その場合、あと10年は原発事故のリスクは減りません。もしも住民発議案が求めるように今すぐに運転を終了すれば、2019年までには廃炉作業に入れますので、リスクが5年減ります。しかも、ベルン電力は2019年で運転を終了する代わりに、僅か1500万フラン(約18億円)という最低限の安全対策しか行わないつもりであることを公言しています。

ベルン電力の過半株主はベルン州です。住民投票で住民発議案が可決された場合、州は株主としてベルン電力に即時の運転終了を要求しなければなりません。その場合、州に約4.5億フラン(約540億円)の賠償金を要求する、とベルン電力は住民を脅しています。しかも、運転42年目にもなって(本来は40年までに入金するべきものですが)、運転終了・廃炉基金に十分なお金がない、運転を継続する必要がある、とも脅します。もともと財政の苦しいベルン州の議会は、主要株主であり、賠償金を請求される立場になりますから、この住民イニシアチブには否決を勧告しています。

4月末、この投票を目前にスイスエネルギー財団の主催により、ベルン市で二つの講演が催されたので行ってきました。今回はこの二つの講演の概要を紹介します。一つ目は、ベルン市住民で、エンジニアであるマルクス・キュー二さんの講演。ミューレベルク原発の安全面での問題点の概要を、次のように説明しています。(講演のヴィデオは下記リンクから見ることができます。)

●非常用冷却設備の問題:水源がアーレ川しかない。一つしかない非常用冷却設備の管が洪水時に詰まることがありうることを連邦核監督局も指摘。洪水で管が詰まった時に、消防用ポンプを非常電源とすることになっている。その際に、消防士が50㎝もの水流の中で作業する想定。
●洪水の水量想定が低すぎる:想定しているのは2日間豪雨が続くケース。一万年に一回というが、実際には500年前にもそのような大洪水があった。
●全ての非常用電源が地下11mの唯一の地下室に置いてある。火事でも洪水でも全電源損失に繋がりうる。
●昔から有名なシュラウドのヒビとその拡大、それをアンカーで引っ張って固定していることによる問題。
●その他にも多数の重要装置の耐震性が不十分。 ・ヴォーレン湖ダムの下流100mの地点にあること(ダム決壊の危険性)。
●首都ベルンの境界まで僅か8㎞にあること。30㎞圏内で85万人の避難が必要に。

・・・等々。その他、ベルン電力の経費節約のためのアリバイ的な安全対策、情報隠ぺい工作、規制側との慣れあい等についても言及がありました。

しかも、ミューレベルク原発は、安定供給上は全く必要性がないということを、州も公的に認めている発電所です。またその発電量は、新しい再生可能エネルギーによる発電設備で既に代替されています。さらに、今のヨーロッパ電力市場の中で、ミューレベルク原発は実はもうかっていないどころか、発電することにより損をしている(だから賠償金は問題外)ということを、二つ目の講演で、経済学者で元国会議員のルドルフ・レヒシュタイナー博士が、次のように説明しました。

ここ数年来、ヨーロッパの電力市場には様々な事情から電力が有り余り、価格が下がっています(大量の再生可能エネルギー電力の生産、CO2取引価格の下落等)。市場価格は、kWhあたり4.8ラッペン(4ユーロセント)程度。2020年までのベースロード電源の先物市場価格は4.2ラッペン。これに対して、ベルン電力がオフィシャルな発電コストとして挙げているのはkWhあたり7ラッペン。もしもちゃんと廃炉費用を入れるなら、この価格は9ラッペンに。さらに要求されている安全対策を行うなら3~6億スイスフランの追加対策で11~14ラッペンと、市場の3倍の価格になってしまいます(ベルン電力は1500万スイスフランしかかけないつもりですが)。また、今日の燃料費と運転費だけでも5ラッペンになり、2020年までの市場価格よりも高くなっています。

つまりベルン電力は、ミューレベルク原発の電力を実際の原価よりも安い価格で市場に売っている、あるいは市場でもっと安い電力が入手できるのに、高い電気を顧客におしつけているということになります。ベルン電力の電力価格はスイスでも一番高い部類であるばかりか、2014年には電気代をこっそりと9%も上げています。ベルン電力は、べらぼうに安く発電できる古いダム水力も運転していますし、電力の半分を安い市場から仕入れているのにもかかわらず。ちなみに、スイス全体では電気代は上がっていません。しかし、スイスでは電力市場の自由化は、まだ大規模消費者にしか行われていません。選択肢のない小規模な消費者は、ミューレベルク原発の高いコストを背負わされているのが現実です。

ベルン電力は、即時運転終了になった場合、合計4億5000万フランの収益減に繋がると主張していますが、レヒシュタイナー博士はその反対が事実であると主張します。即時の運転終了によりベルン電力が経済的に得をするという簡単な理由を説明します。 
● 高いミューレベルク原発でなく、市場から安い電力を仕入れてくることにより2019年までに浮くコスト差額が4億3500万フラン
● 原発の維持費と燃料費の節約分が2億1500万フラン
これだけでも運転終了することにより6億5000万フランの費用が浮きます。これに加えて、放射性廃棄物の量が減りますから、その処理費用も減ります。

こういった情報は地元新聞でも紹介されていますが、もちろんベルン電力の取締役の挙げる数字も頻繁に紹介されています。Jaと投票する人は、やはり興味を持って背景情報を知ろうとする姿勢を持っている人ということになるでしょう。相変わらずベルン電力に買われた中道から右派の政党や地方政治家の多くは、「無駄、高い、性急すぎ」というNeinスローガンを指示しています。連邦核監督局やベルン電力の経営陣を、未だに盲目に信頼する住民も少なくありません。果たしてどのような結果になるのか、来週以降にご報告しましょう。

スイスエネルギー財団主催による講演会のヴィデオは下記から見られます:
マルクス・キュー二さんの講演
http://energisch.ch/referat-konkrete-sicherheitsmaengel-akw-muehleberg/3353/
ルドルフ・レヒシュタイナー博士の講演
 http://energisch.ch/referat-das-akw-muehleberg-und-das-geld/3422/

ミューレベルク原発問題とその歴史を端的に紹介した住民投票キャンペーンのサイト
http://muehleberg-stilllegen.ch/argumente/


お知らせ

●ビオシティ誌58号:スイスのビオホテル・ウクリヴァを紹介
2014年58号のビオシティ誌の特集は「対馬モデルへ~地域連携のエコアイランド構想」です。 私の担当する連載「欧州のビオホテル探訪」では、今回はスイスのアルプス地方にある協働組合式のエコ&ビオホテル「ウクリヴァ」を紹介しています。
出版社リンク: http://bookend.co.jp/

●Wasedabook誌インタビュー、
スイスのエネルギー戦略2050について
オンライン誌Wasedabookのエネルギー特集で、スイスのエネルギー戦略2050についてお話ししたインタビューが掲載されました。 下記リンクからご覧になられます。
リンク:http://www.wasedabook.com/


ニュース

●スイス:太陽光が1%を超える
太陽光発電の普及が周辺国より遅れてきたスイスだが、2014年の初頭より、太陽光発電が電力消費量の1%を占めるようになった。2010年以来、太陽光発電からの発電量は7倍に伸びた。電力の6割近くを占める水力を除いた新しい再生可能エネルギー源の割合は、スイスでは4%になる。これだけでもミューレベルク原発の発電量は代替できている。
出典:Swissolar, AEE

●スイス:一人頭の太陽光と風力の発電量の恥ずかしい結果
スイスエネルギー財団の調査によると、スイスの一人頭に換算した太陽光と風力の発電量は83kWhで、ヨーロッパ諸国の中では一番少ないハンガリーの次の地位になっている。ドイツでは一人頭1040kWhで6位。ナンバーワンはデンマークで、一人頭2070kWhとスイスの25倍。2位はスペイン(1340)、3位はポルトガル(1181)、4位はアイルランド(1089)、5位はスウェーデン(1040)。原発と水力ロビーの強いスイスでは、長年に渡り、買取制度の課徴金に上限がかけられ、爆発的な増産が起こらないような政策がとられてきた結果である。周辺国での成果を見れば、スイスにもまだまだ大きなポテンシャルが潜んでいることが良く分かる。
出典:SES

●ソロトゥルン都市公社、パワー・トゥ・ガス建設へ
ソロトゥルン州のツッツヴィール(Zuchzwil)に、地元の電力公社であるRegio Energie Solothurnが、パワー・トゥ・ガス設備を含むハイブリッドエネルギーセンターを計画中である。これにより電力、ガス、熱供給を組み合わせて行っていく予定。まずは、6MWのガスボイラーと、5.5MWhの蓄熱タンク、0.7MWのコージェネ、300kWの電気分解設備(水素生産)、そして水素タンクが建設され、2014年末に運転開始する予定。その後続いて、2基のコージェネと、蓄熱タンク、メタンガス化設備、300kWの圧縮空気蓄電池が設置される計画になっている。
出典:http://www.regioenergie.ch/

●デューディンゲン町で小型の木質ガス化発電型の地域暖房
フリブール近くのデューディンゲン町で、木質ガス化型発電型の地域暖房の建設が始まった。建設を手掛けるのは西スイスの電力公社Groupe E。地域暖房センターには2台のチップボイラーが設置され、年20000MWhの熱を生産、およそ1000戸分の熱を供給する。地域暖房網の埋設も行う。ピーク時・非常時用にはガスボイラーが置かれる。地域暖房網に接続するのは、民間の住宅、工場、産業建築、そしてすべての公共建築。発電型になっているのは2台のチップボイラーのうちの1台。ガス化式で発電容量は100kW。トゥールガウ州のシュミード・エナジー・ソリューション社の製品だ。同社は分散型木質発電のために小型設備を開発。排熱回収などにより発電・熱の総効率77%を達成する。同社では社内で3年前より同様の設備を運転してきた。エネルギーセンターの建設および地域暖房の配管埋設費用は1200万スイスフラン。GroupeE社がコントラクティング設備として建設・運転し、顧客に熱を販売する。運転は2015年秋からの計画だ。
出典:www.heissluftturbine.ch

●ベルリンで1.2万人がデモ:素早いエネルギーヴェンデを求める市民の声
ドイツでは2014年の第一四半期に総電力消費量に占める再生可能エネルギーからの電力の割合が27%になった。この背景には、市民や自治体による分散型の再生可能エネルギー電力の生産がある。こういった分散型の素早いエネルギーヴェンデを、メルケル政権はこの夏に予定されている固定価格買取制度の改革により大幅に牽制しようとしている。5月10日、これに反対する市民たちがベルリンに集まりデモを行った。1.2万人が参加し、分散型の素早いエネルギーヴェンデを求めた。
出典:www.ee-news.ch, http://energiewende-demo.de/


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