滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

エネルギー庁の2050年エネルギー展望:脱原発、でも保守的?

2011-06-07 14:24:33 | 政策

家々の庭のバラが咲き競うようになって随分が経ちます。異常な忙しさの中、ブログの寄り道もできない2週間が過ぎ、そのまま先週はオーストリアに取材旅行に行っていました。

その間、スイスでも多くのことが起きました。5月25日にスイスの脱原発が閣僚決定された様子については、下記のWebRonzaのページでご報告しています。
http://webronza.asahi.com/global/2011052700003.html

この決断を発表したエネルギー大臣のドリス・ロイトハルト氏は、長年、原子力推進派として知られてきた人。40%からの「段階的な脱原発は、技術的に可能で、経済的に負担できる」、自国の革新的な産業へのチャンスを掴もう、という同氏の明確で力強い言葉に、私はかなり驚きました。そのコストはBIPの0.4~0.7%という概算。もちろん原子力利用や温暖化問題を巡っては、コスト以上に人の命や社会の存続がかかっているのですが。

6月8日には、この閣議決定について、国会の下院で審議されます。猛烈な原発推進派の経済連盟「エコノミースイス」は、大金を投じて議員へのロビーイングを行なっています。メディアでは、脱原発がいかに非現実的で高くつくかを訴える「エコノミースイス」の代表者を見かけない日はないほど。閣議決定が立法化され、効力ある政策ツールが具体化するまでは、まだどうなるか分からないのが現実です。

閣議決定された脱原発の戦略は、省エネと再生可能エネルギーの増産を中心として、過渡期にはガス発電や輸入電力を使う、というもの。ガス発電は大型よりも、小型の地域分散型コージェネを優先し、CO2排出量は100%相殺を義務づける、とあります。

この閣僚決定の背後にあるのが、エネルギー庁がコンサル事務所Prognosに作成させた「2050エネルギー展望」です。この中で描かれている3つのシナリオのうち、閣僚は中期的な脱原発を描くシナリオ2を選びました。展望では、エネルギー需給の全体的な動向を描いた後、電力供給については三種類の選択肢を準備しています。「化石集中型+再生可能」、「化石分散型+再生可能」、「再生可能」です。

全体としては、全分野での大幅な省エネありきによる、温暖化防止と脱原発の両立が特徴です。シナリオ2の特徴は下記の通り。特に、エネルギーへの税制中立の環境税の部分に注目です。

全般
● 2050年までのCO2排出量は-70%(家庭-87%、オフィス-58%、交通-70%、工業-35%)
● 2050年までの最終エネルギー消費量は-40%
● 最終エネルギー消費量に占める再生可能エネルギー源の割合は60%
● 2050年の最終エネルギー消費量の4割が電気(電化が進む)
● 化石燃料消費量は2035年までに-56%、2050年までに-69% (2050年灯油-80%、ガソリン-88%、天然ガス-33%)
● 2035年までのエネルギー価格の高騰:家庭用価格(カッコ内は環境税)
  灯油ℓ147円(65円)、天然ガスkWh21円(8円)、電気kWh42円(19円)、ガソリンℓ360円(120円)

電気
● 3割の節電(2050年までに電力消費量が3割増えることを前提)
● スマートグリッドが不可欠
● 2050年までに輸入電力ゼロ
● 2050年の電力生産 水力58%、再生可能28
%、火力14%
● 2050年の再生可能電力の内訳概要:新水力10TWh、太陽光10TWh、風力4TWh、地熱4.4TWh、バイオマス・バイオガス・ゴミ各1~1.4TWh、汚泥消化ガス0.3TWh

これらは下記のサイトからダウンロードできます。
http://www.bfe.admin.ch/themen/00526/00527/index.html?lang=de&dossier_id=05024

2050年エネルギー展望 このシナリオは、「2000W社会」のビジョンを目指すものです。現在のスイス人の生活に必要な一次エネルギー消費量の出力は1人頭6000W。これをまず世界平均の2000Wに下げて(3分2省エネして)、残りの75%以上を再生可能エネルギーで担うことができればサステイナブル、というものです。CO2排出量に換算すると1人頭では1t。一次エネルギー消費量では、1人頭一年17520kWhとなります。

でも、このシナリオでは、2050年には2000W社会は達成されていません。2080年頃の達成を設定しているようです。お隣のオーストリアでは、2050年までに100%再生可能エネルギーによるエネルギー供給を行うことを決めたことを考えると、エネルギー庁のシナリオは(脱原発は評価しても)、ちょっと保守的で色あせて見えます。

再生可能エネルギー増産の内訳については、エネルギー庁のシナリオと環境団体のシナリオではかなり異なるのも気になりました。2035年までの新しい水力利用について、環境団体が1TWhとしているところが、エネルギー庁は10TWh。(追記:揚水ポンプの消費量を除いた発電量は4TWh)
太陽光発電については、エネルギー庁が3TWhとするのに対して、環境団体は15.2TWhを見積もっています。また、環境団体はガス発電は不必要だと計算するのに対して、エネルギー庁のシナリオはガス発電や輸入を必用と計算しています。 

また、エネルギー庁のものに限らず、スイスのエネルギー需給シナリオでおかしいと思う点。それは、人口と経済成長が2050年まで続くことを前提として計算していることです。2050年までに人口が16%増えて900万人に、GDPは+63%成長するというのです。確かに、これまでのところスイスでは人口は増え続け、経済も成長しています。しかし、いつまでもそれが続くとは凡人には想像できません・・。

もちろんこれらは、あくまでもシナリオであり、具体化はこれから・・。脱原発の決定の次には、いつまでに100%再生可能なエネルギー供給に移行するのか、ガス・輸入VS再生可能、一極集中型VS分散型供給、それに合わせた送電網の更新方法・・等々。電力供給の未来を巡って、既得権と新勢力の間での戦いが、しばらくは続きそうです。


● オーストリアからのお土産1

来年の春に、ドイツやイタリアの仲間と共著で、エネルギー自立する自治体についての単行本を出す予定です。現在、その取材や執筆を行なっており、その関係で先週はオーストリアに行っていました。先進的な自治体の事例については本で紹介するとして、今日は旅のお土産話です。

滞在中には、原発を持たないオーストリアの内閣が、2015年までに電力供給の6%を占める原発からの輸入電力から「脱原発」。さらには、2050年までに100%再生可能エネルギーで、エネルギー供給することを決めました。これには電気だけでなく、ガソリンも産業も、熱も含まれます!!

★ エコキャンプ場「AlpenCamp」のオンライン暖房制御
山村のケッチャッハ・マウテン村にある、人気のエコ・快適キャンプ場。その太陽熱温水器と、ペレットボイラーを組み合わせた暖房給湯システムの制御システムの稼動状況を、下記のホームページからライブで見られます。設備マニアにはたまらない(?)サイトになっていますので、是非一度ご覧下さい。
http://www.schauheizung.com/
使い方:DEMOをクリック、
ユーザーネーム:demo
パスワード:solaranlage
で、OKをクリック。
このシステムでは、蓄積された経験データから、毎日の熱生産プランが自動的に予測されるそうです。また、アルペン・キャンプでは、建物を断熱改修し、建材には健康と環境に害のない地元の自然建材を用いています。特にオーナーの実家の森林から、伝統的な月齢に従う伐採方法で出したという、カラマツ材の内装や窓枠がとても綺麗です。
本館の屋外照明にはLEDを使用。屋外照明の電力消費量は僅か58Wと言いますから驚きです。
http://www.alpencamping.net/


★ ケッチャッハ・マウテン村の分散型発電の制御ソフトウェア
この山村で電力生産・供給を行うAEE社では、40の分散型の再生可能エネルギーの発電設備を所有しており、100%再生可能な電力供給を行っています。

基本的に同社では、供給地域内で電力の需給バランスをとり、なるべく地域外から購入する量を減らしています。それを可能にするのが、AEE社が独自に開発した制御ソフトウェア。15分ごとの需給予測に基いて、このソフトウェアが40の発電設備の運転を制御。問題なく安定供給を行っています。

発電設備は、小型水力、バイオガス、風力、太陽光発電、小型揚水発電。天候に左右される風力や太陽光を中心として、他の電源の出力を調整。蓄電機能を担うのが、環境負荷が少ない小型揚水ダム(写真)。山岳地形を利用して3段階の池を作り、風力の余壌電力を池に貯めておきます。牧草や飼料トウモロコシを利用したバイオガスも一種の蓄電装置になっています。


ヨーロッパの先進的な地方自治体では、分散型設備のネットワークによる電気や熱といったエネルギー供給の時代が既に到着しています。地方自治体のエネルギー計画と、その実行力なしには、温暖化問題も、再生可能エネルギーの増産目標も達成できません。日本でも、より多くの地域で、地域が主体になったエネルギー計画が策定されるべきだと思います。


●最近のフクシマ効果

随分時間が経ってしまいましたが、5月末の原発反対デモの写真を掲載します。雰囲気が伝わりますように・・スイスの人もフクシマのことを考えています!

5月22日のベッツナウ原発近くで行なわれたデモ行進には、2万人の老若男女が集まり、原発のない、100%再生可能エネルギーな未来への政策を求めました。参加者は昨年の4倍で、民意が変わったことを肌で感じました。全国から参加者が集まり、ドイツ、イタリア、フランス語の3ヶ国語圏でスピーチが行なわれました。近隣諸国からの応援団のほか、マリのウラン採掘地域からの市民のスピーチもありました。











5月24日には、首都ベルンで1000人の中高生たちがフェイスブックでオーガナイズした脱原発デモ行進を実施。一部、学校をサボってくる子達や教員同伴で参加するクラスも。若い世代にゴミのツケを残す「Nie Mehr AKW! (原発もうやめて)」とシュプレヒコール。チョークで壁や道路に脱原発のメッセージを描いた。スイスではフクシマにより、ティーンエイジャーが自分達の未来をかけて政治に興味を持つようになったと感じます。




「ぼくらから未来が盗まれるからここに来た」

 
ニュース
 
● ジュネーブ、メッセに4.2MWの太陽光発電
ジュネーブ市営エネルギー会社SIGは、同市にある展示会場Palexpoの屋上に4.2MWの太陽光発電設備を設置する。発電コストはkWhあたり約29.7円。スイスでは最大規模のプロジェクトで、竣工は年末の予定。一年の発電量は1200世帯分に相当する4200MWh。ジュネーブ州では、2015年までに15MWの太陽光発電を設置することを目指す。豊富な水力を有する同州は、電力の90%を再生可能エネルギーで供給する。
参照:EE-News、Anita Niederhäusern


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