滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

Fukushima後のスイスの原子力利用

2011-03-28 21:23:02 | お知らせ

「問題を生じさせたのと同じ意識では、問題を解決することはできない。」
アルベルト・アインシュタイン、1879~1955、物理学者


昨日から夏時間です。スイスも、春の柔らかな空気と野鳥の声、そして可憐な花々に、通常なら心躍る季節です。しかし、日本の少なからぬ地域で、安全な水・空気・土という、生命の存続のための最も重要な前提が脅かされていることを考えると、暗澹な気持ちになります。

 ●チェルノブイリと原発建設停止のモラトリアム
スイスでも多くの先進国と同様に、70年代から、市民の間で盛んな原発建設反対運動が行なわれてきました。1986年にチェルノブイリ事故が起きたときには、遠く離れたスイスにも放射能を含む雲が飛んできて、汚染された牛乳が捨てられました。それが雨となって降ったアルプス南部では、20年以上経った今でも、時折、放射能による汚染量の高いきのこが見つかっています。

当時、チェルノブイリ事故へのスイス社会のショックは大きく、エネルギー政策に大きな転換をもたらす原因となりました。1990年に行なわれた国民投票では、原子力発電所の建設を10年間停止するモラトリアムが決定されました。

その後、国のエネルギー政策の10カ年行動計画が実施され、再生可能エネルギーや省エネルギーの推進・普及が随分と進んだのです。この10ヵ年計画は現在まで続けられています。そしてチェルノブイリ以来、スイスでは新しい原発は建てられていません。

●原発新設を希望していた大手電力3社
チェルノブイリの記憶が薄まってきた2003年。国民投票によりこの原発建設停止のモラトリアムを延長しないことが決められました。さらに、原子力ロビーの強い影響下にあるスイスの内閣は、エネルギー政策の4つの柱として2007年に、省エネ・再生可能エネルギー・国際取引のほかに、大型発電所という項目を入れます。これは電力供給において、大型ガス発電あるいは原子力発電の新設というオプションを取り込むことを意味しました。

そして、世界的な原発ルネッサンスが騒がれていた近年。スイスの3大電力会社も例外ではなく、2020年頃から廃炉となる老化原発3基の建替え(=新設)を希望して、2008年に内閣に大枠建設許可を申請しました。もしも、スイスの内閣がこれらのプロジェクトに建設許可を出せば、建設に反対する市民のレファレンダムが必ず起こるため、2013~14年ごろに国民投票で原発建替えの賛否が決定される、というのがこれまで想定されていたスケジュールでした。

Fukushima後、新設許可過程を中断
そのような状況の中で
Fukushimaが起こりました。現エネルギー大臣のドリス・ロイトハルト氏は議員時代には原発推進派だった人ですが、すぐに3つの建設許可の審査過程を一時中断することを決定しています。 そして、運転中の5基の原発については、運営者に対して3月末までにそれらが地震と洪水に耐えうるものか、報告することを要求しました。

とはいえその後は悠長です。運営会社は、具体的な安全対策の改善の提案を8月末までに連邦核監視委員に提出して、対策の実施は2012年末までで良い、という猶予期間付きなのです。ただし、連邦核監視委員は、即効性の危険がある原発については、運転を一時停止させることができます。

●高齢原発は廃炉前倒しの可能性もあり
私の住むベルン州にある高齢のミューレベルグ原発(1972年運転開始)は、この耐震試験を通過できるか怪しまれています。この原発は、原子炉の炉心シュラウドにヒビが入っているのに、無期限の運転許可を得ていることで知られています。しかも河川ダムのすぐ下流にあるため、万が一、地震でダムが決壊すれば、Fukushimaと同じような事故が起こりうるリスクもあります。

またミューレベルグ原発は、首都ベルンから西15kmのところにありますので、大事故があれば首都圏を避難させなくてはなりません。このミューレベルグ原発は2020年ごろまで運転される予定でしたが、環境団体グリーンピースは、連邦核監視委員が同原発の運転停止を要求しない場合、告訴すると発表しています。

さらに、ミューレベルグ原発の安全報告書は、運転会社のベルン州電力の企業秘密を理由としてごく1部しか公開されていません。それにも関わらず無期限の運転許可が出されていることについて、市民団体が反対運動を行なってきました。そのため連邦行政裁判所は、連邦核監視委員に今月末までに同原発の安全報告書を公開するように要請しています。その結果次第では、この高齢原発が予定前倒しで廃炉になる可能性があります。

●73.9%が原発の新設に反対
ミューレベルグ原発については、このブログでも紹介したように、建替え(=新設)を巡って、2月13日に州レベルの住民投票が行なわたばかりでした。住民の意見を問うだけの、法的拘束力がない投票だったとはいえ、51.2%という僅差で新設が可決されました。もしも今その投票が行われたならば、結果は全く違ったものになったでしょう。

実際に、3月20日付けのソンターグツァイトゥング(SonntagZeitung)に掲載されたアンケート調査によると、現在、スイスに住む人の73.9%が原発の新設に反対しています。昨年まではこの割合は54%だったそうです。新設しないということは、設備の寿命と共に原子力利用をフェードアウトしていくということ、中期的な脱原発を意味します。

また、スイス人の87%が脱原発を願い、10%がすぐにでも脱原発を支持。さらに62%は高齢原発のミューレベルグとベッツナウ1号と2号をただちに運転停止することを望んでいます。 Fukushimaによってスイスでは、少なくとも当分の間は、原発の新設が市民の過半数の賛同を得ることは不可能になったと言える
でしょう。

●転向する政治家たち
もともと、スイスの社会民主党と緑の党は脱原発型のエネルギー政策を一貫して推進してきました。社会民主党は今日、法律により脱原発を定め、2025年までに原子力のないエネルギー供給を行うロードマップを発表しました。

対して、Fukushimaを機に脱原発について声に出して考えるようになったのがキリスト教民主党とブルジョア民主党です。長期的には脱原発といいながら、つい1ヶ月前までは、熱心にミューレベルグ原発の更新を説いたひとたちです
。その彼らが、先週、揚水ダムを推進するという条件付で2020年からの脱原発を考えることを表明しました。

さらに熱烈な原発推進派だった自由民主党は、原発ではもう国民の過半数の支持を得られないと発言。唯一、スイス国民党だけが原発の新設を支持し続けます。スイスはこの秋に総選挙を控えていることが、政治家の転向の大きな理由でしょう。Fukushimaの危機が落ち着いたころに、彼らがまだ同じように考えているかは分かりません。

●原子力がないスイスのエネルギーシナリオ
スイスでは、政治的意思さえあれば、原子力なしでも安定した電力供給を行っていくことができることが、いくつものシナリオにより示されています。例えば、2004年からエネルギー庁が中立の研究所Prognosに策定させたエネルギー展望。その4シナリオのうち少なくとも2シナリオでは、原子力のない電力需給が可能です。環境団体や州や市の依頼で策定された別のシナリオでも、原子量のない電力供給が可能であることが示されています。

そもそも山国のスイスは、電力生産量の55%をも水力で担えるという恵まれた立地にあります。現在、電力生産量の40%は原子力でまかなっていますが、これを中期的には省エネルギーと再生可能エネルギーでまかなっていくことは、努力が必要とはいえ、そう難しいことではありません。例えば太陽光発電1つをとっても、スイスのソーラーエネルギー連盟(Swisssolar)によると、適した屋根面の4分3に太陽光発電を設置することにより、スイスの電力生産の30~37.8%を担えるそうです。

これらのポテンシャルを実現するには、まずはスイスのフィードインタリフ(全種類の再生可能電力の買取制度)を改良することが最重要課題です。買取予算が制限されているスイスのフィードインタリフを、ドイツ型のように買取予算の制限がないものに改善すること。それにより、現在、一万件にも上る買取希望者のウェイティングリストが解消されます。それだけでも小型の原発3基分の電力がまかなえる、とソーラーエネルギーの専門家ウルス・ムントトヴィーラー教授は新聞DerBund誌に対して述べています。

●国よりも先に脱原発を法律で決めている地方
このように国レベルでは、まだ明確かつ積極的な脱原発計画が立っていないスイスですが、新設されなければ中期的なフェードアウトに到ります。対して、連邦制、地方分権の徹底したスイスでは、地域的な脱原発が進行中です。バーゼル・シュタット州とジュネーブ市は既に脱原発し、原子力のない電力供給を行っています。首都のベルン市やサンクトガレン市、チューリッヒ市といった主要都市たちも脱原発するという内容の法律を住民投票で決定しています。


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