会津八一に関するブログ 145
画家・中村彝(つね) 2009・6・2(火)
先日出かけた東京国立近代美術館で、結核のため37歳でこの世を去った中村彝の作品に初めて出会った。「エロシェンコ像」である。この画家の名前を知ったのは、会津八一の随筆(渾齋隨筆)の中にある「中村彝君と私」である。
2人は大正12年に一度だけ会った。八一の歌を愛唱する彝は、翌年12月20日に手紙でその歌を絶賛し4日後に亡くなる。「彝さんはこの方の歌を毎日唱ってゐるうちに、一度に喉がつまって亡くなったのだそうです」と駆け付けた八一が紹介されたと随筆にある。
その他の八一文献からも知っていた中村彝の作品との出会いは、大好きな関根正二の作品とともに美術館での喜びだった。
画家・中村彝(つね) 2009・6・2(火)
先日出かけた東京国立近代美術館で、結核のため37歳でこの世を去った中村彝の作品に初めて出会った。「エロシェンコ像」である。この画家の名前を知ったのは、会津八一の随筆(渾齋隨筆)の中にある「中村彝君と私」である。
2人は大正12年に一度だけ会った。八一の歌を愛唱する彝は、翌年12月20日に手紙でその歌を絶賛し4日後に亡くなる。「彝さんはこの方の歌を毎日唱ってゐるうちに、一度に喉がつまって亡くなったのだそうです」と駆け付けた八一が紹介されたと随筆にある。
その他の八一文献からも知っていた中村彝の作品との出会いは、大好きな関根正二の作品とともに美術館での喜びだった。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます