SUPER FLAT 2

非ファルス的にもっこりするものを肯定せよ!(神の性的不器用あるいはその性的悪戯に由来するもの達について)

インランド・エンパイア3

2009年02月16日 | Weblog
 泣いている女の目の涙が見つめているのは、耳の立ったウサギ人間の部屋なのである。どうしたって「目と耳のあいだの空間」を予見しないわけにはいかないだろう。その点で保坂和志のアイデアは文学的レトリックにすぎないのである。その発声された言葉(文字)の置かれた空間の配置については何も考えていないのだ。というわけでマラルメの『骰子一擲』について、毎度おなじみのジャックはこう語る。

>ここではこの集成(ルキユイユ)という語を強調しておきたいと思います。書物のような書き物(エクリチュール)については、その線形性が語られることが多いものですが、『骰子一擲』は海洋と、深淵と、幻覚と、数字と、番号のあらゆる文彩を駆使して、すでにこうした線形性に打撃を与えているのです(これが初めてのことではありませんが)、私がここで、時間性の線形的な連続の順序に従って、このテクストを声を出して読みあげたならば、文字の違いのある部分と、組み版で単語と単語のあいだに置かれた空間の配置を破壊してしまうことになります。この単語の配置は、ページごとの分割とページ番号のきまった順序というものには従わないものなのです。(ジャック・デリダ著『パピエ・マシン』上巻32ページより抜粋)

 海洋、深淵、幻覚、数字、番号......これらの文彩が『インランド・エンパイア』のうちにいかに響いているか、とくに説明する必要もないだろう。