SUPER FLAT 2

非ファルス的にもっこりするものを肯定せよ!(神の性的不器用あるいはその性的悪戯に由来するもの達について)

30歳までなんか生きるなと思っていた

2008年08月14日 | Weblog
>この並びの中に……私の名前をいれてしまう、それは枡野浩一の本(特に「小説」)を一冊でもちゃんと読んだことのある人のすることではないと本人は思いました。交流があるということと、お互いの作品や考えを全面的に支持しているということは、必ずしもイコールでないと普通に感じている私の実感の中からは、「つるむ」という言葉はちょっと出てこないですね……。(枡野浩一)

 枡野氏、私はあなたが、文学を現代芸術と考えどこまでも「人間と世界の関係についての思弁」を諦めない保坂和志という小説家と、はたして「交流」を超えた「男同士のつき合い」ができているのか、と尋ねているのだ。枡野氏、あなたはこれまで年長者に殴られたという経験をしたことがあるか? 私はない。だからいっぺんおもいっきり殴られてみたい。そうしないと既に虚構と現実の区別がつかなくなり始めている私は、いずれ何をしでかすか分からない。そこでどうせ殴られるのなら、保坂和志のような「30歳までなんか生きるな」と思っていた小説家にこそ殴られたいと願っているのだ。そこらの目の死んだおっさんじゃ駄目だ。

 枡野氏、これは男同士の話だ。私の目を見ろ。これが冗談を言っている人間の目か? これがふざけている人間の目か? このマジな目を見ろ。「なにしろ交流が大事だよね」とか「私はあなたの作品や考えを支持しますぞ」とか「誤解だらけだ、もっと僕を正しく理解してください」とか、くだらねえ。芸術は女子供の慰みじゃねえんだ。もっとキチガイになってみろ。キチガイになって藝大に車で突っ込んで校舎を全部爆破してみせろ。一回性がそんなに大事ならそこで死んで本望だろう。これ以上言うと「自然言語処理技術を利用した検索システム」が作動するので止めておくが、いずれにせよ「ドラえもん短歌」じゃ話にならないということだ。