
(昨日の続き)
正確にはITER炉は、リチウム6というリチウムの同位体からトリチウムを生産するのですが、ITER炉のブランケットでは、核融合反応により発生した中性子をリチウムに衝突させてトリチウムを生産するとしています(注1)。トリチウムと海水から取り出した重水素が核融合炉の燃料になります。もし福島第一原発処理水からトリチウムを分離精製してITER炉に提供できれば、この一手間を省くことができます。なぜそうしないのでしょうか?QSTや原研の研究者グループが、なぜそのような声をあげないのでしょうか?余計なことを政府に言って、研究費が減らされては大変だと思っているのでしょうか。まあ「トリチウムの分離が困難」とか「トリチウムの半減期の問題」といった点が考えられますが、それらを斟酌しても、かなりおかしな話だと私は思います。なぜならリチウムという元素も、今日では希少元素になりかけているからです。その理由は読者の皆様にもお分かりいただけるだろうと思うのですが、リチウムはリチウムイオン電池の原料資源として、スマートホンからEV(電気自動車)に至るまで、バッテリーとして今やひっぱりだこの元素だからです。2030年に向けてEV化が進めば進むほど、リチウムの供給はひっ迫していく危険性があります。実際、報道によりますと「(今年)1月11日時点の電池用炭酸リチウムの平均価格は1トン当たり5万9000元(約94万6950円)と、過去1年間の最安値だった2020年8月の同3万9750元(約63万7990円)から50%近くも値上がりした」(注2)と言います。
さて、「トリチウムの分離が困難」というのは本当でしょうか?実は1997年7月に発表された日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)の棚瀬正和氏の論文「核融合炉のためのトリチウム確保(1)-核融合炉燃料トリチウムの製造施設についてー」(出典:『プラズマ・核融合学会誌』第73巻第7号669頁 1997年7月)には次のような記述があるのです。「・・・ターゲットから取り出したトリチウムは水素形であればそのままで,また,水の形であればZrスポンジで水素形に還元し,Zr-Coゲッター[7,8]に一時貯蔵する.貯蔵されたトリチウムには同位体不純物の軽水素が含まれる(H:Tニ1:9とした)ためそれを除く必要がある.そのため,熱拡散筒[9]を備えた同位体濃縮装置により1回分の50gを5日(上記17日間の中で実施可能)で処理する.99%以上に濃縮されたトリチウムガスはZr-Coゲッタ(Fig.3)に貯蔵する.ここまでの操作を1サイクル(1回)とし年間10回実施すれば500gのトリチウムを得られることになる・・・」ということで、既に24年も前に水溶性のトリチウムを抽出する実用的方法が提案されているのです。ぜひこのような研究を推進すべきでしょう。またトリチウムの半減期の問題ですが、この元素は12.32年で放射性崩壊を起こして半分に減ります。せっかく苦労して抽出しても半分に減ってしまうのではという懸念もあるでしょうが、ITER炉の試験開始は4年後なので、今から抽出方法の研究開発を進めれば、半減期を考慮しても十分な量のトリチウムをITER炉に供給することは可能でしょう。
私自身は核融合発電の未来はあまり楽観できないと考えておりますが、私たちの子供たちや孫たちの世代に、できるだけ多様な技術の選択肢を残していくことは必要だと思っていますので、実現の可能性の大小に関わらず研究開発は継続すべきだと考えます。貴重なエネルギー資源となる可能性を秘めたトリチウムを無駄に海洋投棄など絶対にすべきではありません。
※上の写真はフランス南部のカダラッシュ研究所に隣接して建設されたITERの施設です。正式にはサン・ポール・レ・デュランスという地域です(注3)。
(注1)https://www.fusion.qst.go.jp/ITER/itCEAer/page1_6.html (注2)https://toyokeizai.net/articles/-/404276 (注3)https://www.iter.org/org/ITERinFrance